じゅうろく
いつかの夜のように私は久羅くんにおんぶされて帰宅した。
帰りが遅いことを心配していた両親は、泥まみれでボロボロな状態な私を見て、さぞかし肝を冷やしたことだろう。
ちなみに私は帰宅中に学校付近のドブに誤って落ち、なんとか携帯で久羅くんに助けを求め救助されたということになった。さすがに少し苦しい言い訳だったけれど、私の疲弊具合を見かねてかあまり追及はされなかった。
私を救助して送り届けたことになっている久羅くんは、またもや我が家に泊まることになり、両親と三人でずいぶん遅くまで何かを話し合っていた。体のあちこちが痛くて、何度も目覚めるたびに階下から話し声が聞こえた。内容までは聞こえなかったけれど。
翌朝、目覚めると久羅くんはもう帰った後だった。
目立った外傷は爪が割れたくらいだったけれど、念のため学校は休み、病院にも連れていかれた。
足首に細い紐が絡まったような痕がくっきり残っていたので、お医者さんに事件性を疑われたが、ドブの中で紐が絡まったことにしておいた。高校生にもなってドブに落ちた人を必死に演じるのは、正直かなり恥ずかしかった。
付き添いの母にも、最近二回も気絶してるから頭の検査をした方がいいのではと真剣に心配され、いたたまれなさこのうえなしである。
要経過観察ということで帰宅後、その日の残りもほとんどベッドの上で過ごした。
自分で思うよりも、体も精神も消耗していたらしい。
あと割れた爪がめちゃくちゃ痛い。
包帯を巻いてもらったけれど、物を掴んだり、ちょっとぶつけるだけで激痛だった。地味に利き手なのがつらい。
よくアクション映画とかホラー映画でお腹を刺されても戦うシーンがあるけど、私には絶対無理だ。爪の一本でギャーギャー言ってるもん。
ただ気になることもあって、一階からガタゴトすごい物音がずっと聞こえたいた。
正直昨日の今日でまた恐ろしい目にあうのではと身構えたが、物置がわりにされている部屋を母が猛烈に片付けているらしかった。
最近久羅くんという娘の友達が来るようになったから、家を綺麗にしようとしているのか。
まぁ、今後久羅くんがうちに来ることがあったとしても、私が倒れたり、怪我したときなのだろうが。
そう、久羅くんだ。
幻覚でなければ、私、久羅くんにキスされたんだが。
キ、キス……!?
時間差でパニックが押し寄せ、布団の上でもだえたのは言うまでもない。
あとなんか責任とれって言われたんだけど、責任って、なに!?
なんもわからん。
わからんが、とにかく私は死ななかったし、久羅くんは黒塚の母に背いたことになったらしかった。
昨日の裏山の怪異も、廃神社の怪異も、久羅くんも、もとを辿れば黒塚の祟り、その本山である黒塚の母から産まれたものだ。久羅くんが黒塚の母の産んだ怪異のうち、最も長く生きて力をつけた存在であることは、ゲーム内でも語られている。同じように黒塚の母から産まれた怪異たちとヒロインは対峙していくことになるのだが、裏山の怪異も、廃神社の怪異もゲームでは出てこなかったと思う。だから頭の中で結びついていなかった。
そしてたぶん、その怪異たちは私を黒塚の母への生贄にしようとしていた。
黒塚の母が新しい子供を産むための養分として。
だから久羅くんも女子生徒Aを殺したし、ヒロインたちと敵対していくはずだった。
けれど久羅くんは私を助けた。
それはつまり黒塚の母への背信行為だ。
ゲーム内では何よりも黒塚の母へ献身的だった久羅スガネというキャラクターからは、予想もできなかった事態だ。
自分という存在が久羅くんの根本を変えてしまうなんて思いもしていなかったけれど、いや自意識過剰かもしれないんですけれども、私は久羅くんを変えてしまったらしい。
久羅くんは、ずっと尽くしてきた母ではなく、私を選んだ。
それってつまり。
「いやいやいや!自意識過剰!」
思わず叫んで浮かんだ考えを掻き消すように、空中で激しく手を振る。指が痛くてすぐにやめたし、後悔した。
いやでも、助けてくれたし……キス、されましたし……やっぱり責任ってそういう感じ、なんですかね……。
騒ぐとどっと疲れて、私はぐったりと布団の上で脱力した。
「なんもわからん」
結局はそれに尽きる。
明日からはちょうど休みに入るし、週明けに久羅くんに直接聞いてみよう。もう、それが絶対いい。あの久羅くんが素直に教えてくれるとも思えないけれど。
というわけでお得意の思考放棄、現実逃避を決めたのであった。
次の日は、さすがに寝ているのも飽きて、というかこれ以上寝られないという感じになり、私はぼへーっとテレビを見ていた。寝すぎた体がむしろ怠く感じる。
母は依然として物置部屋の整理整頓に燃えていた。
手伝おうかといちおう言ってはみたが、怪我人は寝てなさいとなぜか怒られた。だからもう寝れないんだって、とは心配をかけた身ゆえ言えない。
チャンネルをぽちぽち変えていると、地元のニュースに黒塚高校が映った。
何事だろうかと指を止めて見入ると、何か事件が起こったらしい。
神妙な声でアナウンサーが事件の詳細を話し始めた。
「本日未明、黒塚高校裏手の山で同高校に通う生徒の死体が発見されました」
「……は?」
目が点になるとはまさにこのことだろう。
アナウンサーはもはや機械的にニュースを読み上げていく。
「被害者は二年生の女子生徒……」
え、だって、え?
どういうこと?
私たちの後にまた誰かが山に入って、死んだ、ということ?
「死亡推定時刻は一昨日の深夜と見られており、女子生徒は一昨日下校後、行方不明となっていました」
一昨日の深夜。
ということは、少なくとも久羅くんがやったわけじゃない。夜遅くまで私の両親と話していたし、そのまま泊っていったのだから。もしかしたら抜け出して犯行に及んだ可能性もあるが、その可能性は考えたくないし、信じたくもない。
でも、黒塚高校の生徒が殺されたのは事実だ。
一体、どういうこと?
久羅くんが消滅させた怪異以外にも、脅威となる怪異がいたということか。
それとも、偶然不審者による殺人が重なったか。いや、それはそれで怖いな。
身を乗り出しさらなる情報が出てこないか待ったが、ニュースは黒塚市で過去起こった事件との比較に入ってしまった。
チャンネルを回して他のニュース番組を見るが、それ以上の情報は手に入らなかった。
わけのわからないことが、また増えてしまった。
しかも人の命が奪われたという恐ろしい事実とともに。
混乱の極みに至り、私はソファの上で膝を抱えてしまった。
ピンポーン、と間延びしたインターホンの音で、私は日常に引き戻された。
廊下の奥から母の「え、もう!?」という叫びが聞こえる。
「イツカ!代わりに出てくれる?」
「……はーい!」
届け物だろうか。
もしや物置部屋を整理しているのは、何か届くからだったりして。
渦巻く混乱をいったん頭の外に押しやり、私は玄関を開けた。
「よっ」
片手を軽くあげて、インターホンを押した人物は親し気な挨拶をする。
「思ったより、元気そうでよかった」
久羅くんは灰色の瞳をほんのり和らげ、笑う。
学校帰りでもあるまいに、彼は学ランを着ており、片手には大きな鞄を一つ下げていた。
「お、おかげさまで」
ペコリと頭を下げると、なんだそれと笑われた。
えらく上機嫌な久羅くんは玄関に上がり込み、鞄を上がり框に置く。
「え、久羅くん、どうしたの?」
まさかお見舞いなどとは言わないだろう。
全然関係ないのにキスしたこととか思い出して顔を赤くしながら、私は問いかけた。
奥から母が顔だけ出して、久羅くんにいらっしゃいと声をかける。
「ごめんね、まだ掃除終わってないのよ」
「手伝います」
「ごめんね」
「なんで久羅くんがうちの掃除を手伝うの?」
というか、母よ、そんなことを久羅くんに頼むでないよ。
眉をひそめる私に久羅くんは妙に楽しそうな、でもどこか意地悪い顔で答えた。
「今日から、俺もここに住むから」
「なんて……?す、住む?はい?」
「よろしく、イツカ」
物が崩れる盛大な音がして、母が久羅くーん!と叫ぶ。
「今行きます!じゃ、そういうことだから」
そう胡散臭く爽やかに言って、久羅くんは物置部屋に向かっていった。
え、まさか、物置部屋整理してるのって、久羅くんが住むため?
久羅くんが置いていった鞄とともに玄関に取り残され、私は思わず呟いた。
「うっそだぁ」
その呟きを否定するかのように、栄家には母と久羅くんが奇妙なほどにほのぼのと交わす会話が響いていた。
一旦、また書き溜めて、第二章を投稿できたらいいなと思います。やる気と体力があれば、たぶん、おそらく。




