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いち

昔書いた同タイトル作品の大幅リメイクです。予定ではまぁまぁ長いので、第一章まで書き溜めて毎日投稿予定です。ホラー要素はそこまで強くはないと思いますが、苦手な方はご注意ください。


世は推し活戦国時代。

神々しくも蠱惑的な輝きを放つ「推し」に、愛と財布を捧げ、時には汗と涙も流し、一部の人間は推し活に励む。人々は推しを求め、探し、推される方もあの手この手のプロモーション、グッズ展開を続ける。ただのゴミでも推しが捨てたゴミならば考察するし、再現するし、なんなら欲しい。たかが趣味。されど狂ってなんぼの本気の趣味。

そんな推し活戦国時代において、私は十年以上同じキャラを推す化石と化していた。

新しいアニメとか、漫画とか、ドラマとか、それなりに色んなものにはハマったけれど、やっぱり一番好きなのは彼だった。

結婚式で久々に会った学生時代の友達に「まだあのキャラ好きなんでしょ~?」とからかわれて、恥ずかしいような悔しいような思いをしたこともあるし、オタクに理解のありすぎる母からは「アンタが好きなキャラに似たキャラ出てたよ」と新作アニメを指さされるなどなど。お母さん、見た目が似ているからって好きになるわけじゃあないんだよ……。でもありがとう。

そんなこんなで思春期からの推しへの想いを拗らせ、気づけば三十路も見えてきたころ。

社会人として貯蓄ができ、余裕もできた私は、貴重な休日を布団の上で某動画サイトにてぼけ~と見て浪費していたわけだが、おすすめに現れた動画「人気アニメ聖地まとめ」というタイトルを見て天啓に打たれたのである。

「私、聖地巡礼、まだしてない!」

思えばハマったころは、お小遣いとお年玉しか軍資金を持たない学生だった。ランダムグッズなんてとても何個も買えないし、設定資料集だってオタクに理解のありすぎる母に頼み込んで買ってもらった。

聖地巡礼を考えたことはあっただろうけれど、すっかり忘れたまま生きてきた。

けれど私ももう大人!

これは有給使って、行くしかない!

思い立ったが吉日。

こうして私は、思い出深すぎる推しの聖地(作品が参考にしていると噂されている)へ飛び立ったのであった。

「待っててね、久羅(くら)くん!」

しかし、南無三!引っ張り出した年季物のキャリーバックの車輪が、横断歩道を渡り切った直後粉々に!立往生していると何故か頭上から人が降ってきて、ブラックアウト!


で、今に至る。

「いや、どゆこと」

気がついたら全然知らないけど、妙に落ち着く部屋に立っていた。

いや、本当に知らないだけど、妙に落ち着く。まるで実家のような安心感。

体のどこも痛くないし、血も出てない。

とりあえず荷物や携帯を探して、部屋の中をうろうろしていると、姿見に映った自分の姿が目に入った。

「えっ」

知らない少女がそこには映っていた。

黒に赤い線が入ったセーラーはパリッとしていて、まだ新しい。

肩のあたりで切りそろえた髪は色素が薄いのか茶色がかっており、化粧なんてしらないまだ幼い顔をしていた。

「え、これ私!?」

なになになに!?どうなってるのこれ!?

よく知っている自分の慌てる動作を、鏡の中の少女もする。

何故か上から人が降ってきて、意識がなくなって、気づいたら知らない部屋で知らない女の子になっている。つまり。

「まさか、転生ってこと?」

そういえばこの制服、見覚えがある。

何故だろうとじっくり見つめていると、胸元に刺繍された校章が「黒塚高校」と読めることに気が付いた。

「嘘……黒塚って」

一等の宝くじが当たったことが信じられない人のように、目の前の少女、いや私はぽかんと口を開けた。

そう、黒塚高校とは、生前私が思春期にドはまりし、その後の十数年を捧げるほどに至った最推しが登場する作品「君待ち月」に登場する架空の高校の名前だったのだ。


ここで一旦、私の推しについて説明させて欲しい。

彼の名前は久羅(くら)スガネ。

和風伝奇学園乙女ゲーム「君待ち月」というジャンル渋滞気味な作品に登場するキャラである。

一分の隙もなくきっちりと着込まれた学ラン。

切れ長の目に、薄い唇、非の打ちどころもなく整った顔はどこか酷薄な印象。

長めの白髪を片耳だけにかけ、ほんのりと儚く微笑む様は、まさに至宝級の美しさ。マーベラス。アメージング。生まれてきてくれてありがとう。

学生時代に彼と出会ってから、私は他のどんな作品のキャラにも心ときめかなくなり、ひたすらに彼だけを推し続けた。大人になって、自分で稼げるようになって、いまこそ我が宝物庫を開く時!と発売うん周年ごとのグッズを買い込み、祭壇を作り、同じキャラを一途に想い続けることに時に悩み、葛藤し、最終的に開き直り、そしてまた散財し……。

とにかく、久羅スガネというキャラを推していた。

もはや人生といっても過言ではなかろう。

いや、人生だったのだ。

久羅スガネは、私の人生だった。


鏡の前で声も出せずに呆然としていると、初めて会うのになぜかとても親しみを感じる両親らしき男女に車に乗せられ、気が付くと私は「黒塚高校」の校門に立っていた。

「ねぇ、本当に大丈夫?」

オタクに理解のありすぎる母にどことなく似ている女性、おそらく母が、心配げに顔を覗き込んでくる。

いやだって、このザ・日本の高校って感じの校門とか、三月なのに桜が咲いてる感じとか、めちゃくちゃゲームで見た黒塚高校の校門だよ?え、待って、本当に?本当にここって「君待つ月」の世界ってこと?

ああだかうんだかよくわからない返事をする私の背を、おそらく母はしゃっきりしなさい!と強めに叩いてくる。その隣でオタクは正直理解できない父にどことなく似ている男性、おそらく父が、デジカメでパシャパシャ私たちの姿を撮っていた。え、デジカメ!?懐かし!

「あんた、この高校、本当に入りたがってたものね。緊張してるんでしょ?」

「うん」

たぶん違う理由で緊張はしてるので、頷いておいた。

「受かった時も飛び跳ねて捻挫したものね」

何それ、知らん。我ながらアホだ。でも私だったらやりそうで、それ私じゃないですとも言えない。いや私なのか。転生する前の私って何?そもそも本当に存在するのかその事実は。駄目だ、考えだしたら哲学始まってしまう。

暫定両親と別れ、新入生の流れらしきものに乗って体育館へ入る。

体育館なんてどこも似たりよったりだろうに、やっぱりスチルで見た光景そのままだった。


体育館特有の少しかび臭い空気。

真新しい制服が肌をチクチクと刺す。

上履きのゴム底が床とキュッキュッと鳴く。

大勢が囁きあう声は池に降る雨のように広がり、聞き取る前に消えてしまう。

五感から伝わるものはリアルなのに、目の前の光景はあまりにゲームそのものだった。


好奇心と緊張からキョロキョロあたりを見回していると、入学式が始まる。

これがもしも異世界転生だとして、私はヒロインと同じ新入生なのだろうか。

その疑問は在校生代表として登壇した生徒会長を見て、すぐに解決した。

ゲームの攻略対象だった。

現実にはあり得ない紫色の髪に、ちょっとびっくりするくらいの美形の顔。完全に攻略対象キャラの伊豆那兄弟の兄の報だった。いや生徒会長なのに髪の毛、紫でいいんかい。そんなことは置いといて。


手が勝手に震えた。

だって、本当に、本当に「君待ち月」の世界に転生したのだとしたら。

あの人に会える。

私の人生だった人。

どんなに好きで追いかけても、絶対に触れることができないはずの人。


「新入生、起立!」


いつの間にか全ての催しが終わったらしい。

前列の生徒から順番に体育館を出ていく。

全身の血が逆流しているみたい。

人間って興奮しすぎると冷や汗が出るのだろうか。

心臓は忙しない鼓動を刻んでいるのに、体は妙に寒かった。


ぞろぞろと歩いていく新しい同級生たちは、当たり前だけど見分けなんてつかない。

だけど彼だけはすぐにわかった。


一分の隙もなく着込まれた学ラン。

黒い制服とは対照的な白い肌と髪。

灰色の瞳も相まって、彼の周囲だけ色を失ったようだった。

ツンと正面を見つめる横顔は、水墨画のような静謐さをたたえている。

明り取りのために設けられた二階の窓から差し込む光に、彼の輪郭はうっすらと発光しているように見え、周囲を舞う埃のきらめきの一つ一つまで彼のために光っているようだった。


久羅くんだ。

久羅くんが、いる。

同じ世界に、いる。生きてる。


コツ、とつま先が何かに叩かれたような感覚に、感極まっていた私は現実に引き戻された。

何だろう。隣の人のつま先が当たったのかな。

少し不思議に思いながら視線を下ろすと、白く細長いものが私のつま先、上履きに乗ろうとしていた。

「は?」

どうしてこんなところにデッカイ芋虫が。と、思ったが、どうも違う。

芋虫の頭にあたる部分は硬質な小さな貝を乗せたようで、柄もなく、のっぺりと全体が肌色で……。

いや、これ、指やん。

指だけが動いてる。

手もなければ、その先の体もない。

本当に指だけが落ちていて、もぞもぞと動いていた。

どこから私の上履きによじ登れるか、爪をひっかけ、指の腹で押して確かめている。

私が見つめていることに気が付いたみたいに、指は動きをとめた。そして挨拶でもするみたいに、よっと指先だけを器用に軽くあげた。


興奮で最高潮まで高まっていた血圧が、ジェットコースターもびっくりな勢いで急降下するのがわかる。

すぅーっと血の気が引いて、手足の感覚がない。

意識が遠のく。

脚に力が入らず、私は椅子を巻き込みながら後ろへ倒れた。

「きゃあ!」

横から可愛い悲鳴が聞こえた気がしたが、分厚い膜を通したようにひどくうっすらとしている。

そうして意識が途切れる瞬間、私は思い出した。


そういえばこのゲーム、和風伝奇という名の血みどろガッツリめホラー要素のある乙女ゲームだった、と。

そう、私は怪異、幽霊、妖怪、怨念、祟り、なんでもござれのホラー乙女ゲームに転生してしまったのだ。



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