地味令嬢、平凡ではない。
とある辺境伯の跡取り息子、ユリウスは美しい男だった。神が誂えたと思うほどの整った美貌をもち、涼やかな顔立ちは多くの人を惹きつけてやまない。ユリウスが歩くと老若男女問わずに全員が振り返る。
ユリウスは魔法の名手でもあり、彼が魔法を使うとパッと氷の花が咲く。そんな華やかな魔法は防御力も高く、堅牢な盾となる。ちょっとした威力の魔法ならば完全に防いでしまうほどだ。
性格は真面目だが、相手のユーモアを理解して笑うだけのコミュニケーション能力もある。数人ではあるが仲の良い友人もいた。
当然ながら、ユリウスはあらゆる女性の心を掴んでいる。
「ユリウス様、今日もなんて美しいのかしら」
「それなのに婚約者はどうしてあんな…」
夜会の会場にいた女性達はハァと溜息をつく。ユリウスの隣にいた女性があまりに地味だったからだ。
顔の造形そのものは悪くない。だが、飛び抜けて可愛いわけでもない。挨拶をした次の瞬間には忘れてしまいそうな、どこにでもいそうな少女だ。身につけているドレスのデザインも、流行のど真ん中すぎていっそ無個性となってしまっている。
魔法の腕もパッとしないと聞く。彼女は豆粒大の光を出すだけで、華やかさの欠片もない。
とある男爵家の次女という微妙な立場なので、そもそも身分差があって婚約できるはずもないのに。いったいどんな手段を使ってと疑いたくもなる。
「ユリウス様にはもっと相応しい方がいらっしゃるのに、なぜ頑なに婚約者を変更なさらないのでしょう?」
「まさか、脅されているとか?」
好き勝手にさえずる雀たちの声を聞きながら、ある女性がユリウスへ近付く。豊かな金髪を揺らしながら挨拶すると、ユリウスの婚約者を値踏みする時の目でねめつけた。
「随分と可愛らしい方ですわね」
オホホと笑いながら先制パンチを繰り出す。それに答えたのはユリウスのほうだった。
「自慢の婚約者です。私から婚約を申し出たのですが、何度も断られて心が折れそうでした」
冷たくも見えるかんばせに柔らかな笑みを浮かべるユリウスに、女性はなにも言えなくなって白々しい言葉とともに去っていった。
彼らのやりとりを見ていた者達は困惑するばかり。いったい彼女のなにがユリウスを惹きつけるのか不思議でならなかった。
・・・
ユリウスはどうしてアリアの素晴らしさを誰も理解しないのか不思議でならなかった。
夜会の後でユリウスがそう零すと、彼の両親は困ったような顔で笑った。
「息子の審美眼は讃えるべきだが、それを他の人間もあって然るべきと思うのは悩みの種だな」
「全くです。ユリウス、そのおかげで至宝を独占できることを喜ぶべきではないかしら?」
ユリウスはそれもそうかと納得する。アリアは本当に素晴らしい人だったので、他に取られまいと急いで婚約したのだ。婚約当時、アリアは始終不思議そうな顔で「なぜ…」と呟いていたが、ユリウスからすればそれこそが何故である。
辺境伯と男爵では圧倒的身分差があり、本来なら王室から婚約の許可が出ない。だが、それが許された理由がある。そのことに、いったい何人が気付いているだろうか。
「このまま誰もアリアの素晴らしさに気付かなければいいと思う反面、アリアは多くの人に認められるべきだとも思うのです。難しいですね」
ユリウスは深く溜息をつきながら自室に戻った。
アリアに手紙を書こうと筆をとる。
「次に会う予定を…」
手に入れた魚の大きさを考えれば、餌を与えないなんて愚策は犯さない。まるまる太らせて食べるためにも、その後も食べ続けるためにも、こまめなケアは必要だ。だが、構いすぎて嫌われるのは愚の骨頂である。
「展覧会が行われると聞いたな」
相手の興味がありそうなイベントを調べ上げ、一緒に出かけないと尋ねる。
ユリウスは努力が好きだ。がむしゃらに頑張るのではなく、どうしたら良くなるかを考えて行動するのが好きだ。欲しいものを手に入れるために思考を巡らせ、鍛錬や勉学に励むのが好きだ。最終的に望んだものが手に入るのが、なによりも好きだった。
意気揚々と手紙を書いていると、扉が強めにノックされた。この叩き方は父親かと思って中に入れると、彼はひどく焦っている様子だった。
「先ほど伝令があった。大量発生の兆候だ!」
「いつ!?」
「早ければ1週間後にでも雪崩込んでくる。だが、早めに発生した数匹が明日からでもこちらに向かってくるだろう。急ぎ準備をせねば」
この国における辺境伯とは、魔物の巣を見張る者という意味合いがある。魔物は巣から無限に発生する、生物に似て異なるものだ。巣そのものを壊すことは不可能であるため、魔物は人間にとってただの災害でしかない。
魔物は単純な物理攻撃を無効化する。魔法で倒すしかない。そして、魔法を使えるのは貴族だけだ。
「急ぎ救援を要請する。おまえも準備しろ」
「わかりました」
・・・
辺境伯の要請に、魔法に覚えがある令嬢たちや令息たちがこぞって集まった。だが、そこに婚約者の姿が見当たらなかったのでユリウスは眉間にシワを寄せる。
「父上、アリアはどうしましたか?」
「馬車に問題があったようで、遅れるそうだ」
どこかでクスクスと笑う声が聞こえ、ユリウスはギッと彼らを睨みつける。痛む頭を押さえながら彼らの前に立った。
「最初に言っておきましょう。これは遊びではありません、現実です。あなた達の誰が怪我を負っても、命を落としてもおかしくはない。それを肝に銘じますよう」
命を落とすと告げられて彼らは動揺した。箱入りで育てられた彼らは、そこまでの実感はなかったのだろう。ユリウスは苛立たしげに舌打ちをしながら、安心させるように告げた。
「相手を魔法で倒せば死ぬことはありませんので」
それならばできるだろう、言外にそう滲ませた。
ユリウスは眼の前に広がる光景に、ひどく呆れた気持ちでいた。
「全然倒れない!」
「なんで!?魔法が当たってるのに!」
一足早く、領地に着いてしまった数匹の魔物に対してもこの有り様とは。
戦場に行ったことのない者達は、どうしたって覚悟が足りていない。自分の実力も量れていない。見えてきた魔物にたいして魔法を放っているものの、魔物は意にも介さず突撃してくる。魔法が当たっても効いていないという顔をする。実際、そこまで深手だと思っていないのだろう。
「全員でかかれ!相手が起き上がれなくなるまでキッチリ攻撃を続けろ!」
敬語を使う余裕もなく、ユリウスは氷の盾で攻撃を防ぐ。反撃をしたくともお守りの数が多い。これでは救援ではなく足枷ではないかと悪態をついた時だった。
彼らを襲う魔物が突然にバタリと倒れる。いったい何がきっかけだったのか困惑する彼らをよそに、ユリウスだけは顔を輝かせて振り返った。
「アリア!」
「申し訳ございません、ユリウス様。少々遅れました」
呆然とする貴族達の間を割って堂々と歩き、アリアは右手の人差し指を未だ残っている魔物に向ける。
「全て倒してしまって構いませんね?」
豆粒大の小さな光が現れる。それは閃光のようにほとばしり、魔物の皮膚を貫く。あれほどまでに手を焼いていた魔物がたったの一撃、ただの小さな光に倒れた。
「あなた達の魔法は無駄が多すぎる」
魔物たちを一通り倒し、落ち着いた後でユリウスはそう告げた。救援として駆けつけたはずの彼らは、ただ縮こまって自分たちの行いを省みる。結局、魔物はアリアが全て倒してしまった。
「アリアは小さな光しか出せないのではありません。あれは炎を圧縮してあのサイズになっているだけなのです。本来ならば、あなた達の扱う魔法とそう変わらない大きさの炎になるでしょう」
派手というのは解りやすい。鮮やかで美しいものほど人目をひく。貴族達はそうやって目に見える形で魔法を極めてきた。
だが、派手なものが強いとは限らない。大きな炎が目の前にあれば多くの人は怯むだろうが、それが本当に熱いかどうかは別の話だ。魔物は見た目を気にしないため、そのまま炎のカーテンを突き破ってくる。ほんの僅かな時間だけ熱い程度では、彼らの侵攻を止めることはできない。
「私の氷も花のように咲くと言われますが、真実は正反対です。あれは失敗なのです。アリアのように氷を凝縮させようとして割れてしまう。割れることなく球状になることが私の求める理想です」
圧倒される彼らの前に、コツコツと石畳を踏む軽い音をたててアリアがやってくる。ユリウスの隣に立つと、ふうと溜息をついた。
「ユリウス様、そのように熱くならずに」
「そうでしたね。感情のゆらぎは魔法の精度を下げるのでした」
ふうーと長く息を吐き、ユリウスは人目も気にせずアリアを抱き寄せる。そのつむじを深く吸う様子に、その場にいた全員はなにかマズイものを見た気になった。
「ユリウス様は私を大袈裟に褒め称えますが、私はただ魔物を倒すのに最も効率が良い方法とはなにか考えただけです。狩人の方が急所を狙って穿つだけだと仰っていたのを実践しただけで」
それがいかに難しいことか、彼らはすぐに理解した。魔物の急所を瞬時に見抜いて狙撃する。止まっているならばともかく、相手は動き回っているのだ。その軌道を先回りして予測をたてて攻撃するなど、並大抵な人間ではできない。
「アリア、貴方は本当に自慢の婚約者です」
美しいかんばせを歪ませてユリウスは微笑む。
ユリウスは努力が好きだ。がむしゃらに頑張るのではなく、どうしたら良くなるかを考えて行動するのが好きだ。欲しいものを手に入れるために思考を巡らせ、鍛錬や勉学に励むのが好きだ。最終的に望んだものが手に入るのが、なによりも好きだった。
そして、それを為した人間をこの世のなによりも崇拝していた。
ユリウスの唇がアリアの髪になんども触れる。
「ご理解いただけたと思いますが、ユリウス様の美的感覚は少々変なのです。この方は、美しく彩られた飾りの剣よりも、よく切れる包丁にこそ価値を見出します。ええ、ですから、皆様もぜひ包丁となって戦っていただければ、ね?」
アリアがにこりと笑ったのを見て、彼らは悟る。包丁にならなければ戦場で散るのだと。命を落としても仕方ない場所に来てしまったのだと。
急いで魔法の精度を上げながら彼らは理解する。戦場では美しい剣などなにも価値がないことを。
「地味だなんてとんでもない。アリアは誰よりも美しいですよ、ホラ」
ユリウスはそう笑って彼らの顔をあげさせる。土埃だらけで誰もがボロボロになっていく戦場で、ただ一人だけ汚れずに立つアリアは輝いて見えた。
屍の山が築かれるこの場所で、地味で平凡とされるのは誰。
アリアのモデルは某白い死神です。
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