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P3Cの空2

 拡声器が飛行機に積まれていることは実に珍しいことであった。

 

 それはP3C独特の装備と言って差し違いなかった。

 本来ならば、領海を侵犯しようとする不審船に向けて行われる拡声器の声かけは、今日は大空に響き渡る大音響で声が発せられた。


『こちらは日本海軍所属、特務試験機である!!これより非常通信に答えるため南方に向かう!!』

 全くの嘘であった。だが、誰が未来から来た自衛隊だと言って信じるだろう。

 5式戦闘機からは応答はなかった。P3Cの後方へとゆっくりと滑るようにして飛ぶ様は、まるで獲物に食らいつこうとする蛇のようである。傷だらけの機体は歴戦だった。腕利きのパイロットだ。

 間違いない。日本が空襲されるその最中に命がけで戦っているパイロットだ。


 当時の航空無線は、軽量、小型だったが、ほとんど電波が届かない。そもそも積んですらいない機体すらあった。


 ゆえに、5式戦闘機は威嚇射撃を行った。

 真っ赤なアイスキャンディーのような曳光弾が鼻っ面を掠める。

 P3Cの機内無線で全速力航行を宣言した機長は、エンジンスロットルを計器に当たりそうなほど押し込んで加速した。


 4機のエンジンは急な加速にともない、うまく燃焼できなかった燃料が真っ黒な煙となってエンジンから吹き出た。


 それを見た5式戦は弾が当たったのだと思って、機体を横に滑らせた。粉々になった機体の破片を受ければ自身も落ちる心配があったからだ。同時にそれは推力を失う結果となった。


 P3Cが積むエンジンは、令和でこそ旧式となったターボプロップエンジンである。しかしそれは、第二次世界大戦時からすれば、宇宙から飛来したUFOその物だった。


 5式戦闘機のコックピットのなかで教官は唸った。黒煙を吐いている筈の飛行機に追従するどころか、距離を離され、置いていかれようとしているのだった。

 まるで短距離選手の大人と子供が駆けっこをするように、その差はどんどんはなれていく。

「なんだ貴様!!待たんか!!!」


 操縦者は計器を殴ったが、全く意味をなさなかった。その速力差は300km。とても追い付けるスピードではなかった。


 空をあれだけのスピードで飛行できることに歯噛みした。

 そして何よりその機体性能に嫉妬した。


 

 5式戦闘機を余裕をもって振り切ったP3Cは、洋上約3000mの高度で燃料節約飛行を開始した。


 飛行場のある関東上空から該船が航行中の鹿児島沖までは約1000キロあまり。乗員全員と武装をたっぷりと積んだP3Cの重量ではかなり厳しい物があった。


 そのため、燃料を節約して飛行するP3Cはかなり奇妙な姿となる。

 4つあるエンジンのうち、故意にそのうちの2つを停止し、燃料消費を抑える飛び方を行っていた。

実のところ、エンジン一基でも飛行できるように設計されているが、安全面から自衛隊では許可されていない。

 飛行速度を犠牲にはするが、それでも新幹線並みの速度で目的地を目指して飛行した。


 そうして数時間も飛んでいるうちに、真っ青な海上に灰色の小さな船影が見えてきた。

 機長の指示で高度を25mまで降下させたP3Cのコクピットでは、国産の一眼レフカメラを構えた隊員が船影確認のため船体を撮影し始めた。


 間違いなかった。該船は、甲板上にすし詰め状態で児童を満載していた。その子供たちの目は驚愕に見開かれ、皆食い入るようにP3Cを見上げていた。

 ただでさえ大きな飛行機が海面すれすれを飛ぶと、それはまるで、巨大な鷹が獲物を狙い、海面ぎりぎりを旋回しているように見えた。また、そのあまりの大きさから、海面には大きな影が落ち、その中に入ると夕方のように暗くなった。怖がり、泣き出す子もいたが、機体に大きく描かれた日の丸が子供たちの目に飛び込むと、大きく手を振ってきた。


 該船は北東方向に機首を向けている。護衛の日本軍機はついていなかった。


 海には既に油が流れていて、太陽を反射して虹色に光って見えた。


 史実では避難船を撃沈する潜水艦がこの海域にいる。この時代の潜水艦は工作精度が低く、エンジンや船体から常に少量の油が漏れ、海に漂って輝いて見えるのだった。


 P3Cは尾翼の後ろに長く伸びる磁気探知機を用いて捜索を始めた。


 磁気探知機を使用すると、空を飛びながら海中の金属を探知することがでる。海中を可視化することが可能だった。P3Cの前には、既に海中全てが手に取るようにわかったと言ってもいいだろう。そこには、はっきりと目標とする潜水艦の姿が浮かび上がっていた。


 かつて潜水艦は狩る側だった。しかし、それはかつてという前置きが必要な時代となっていた。


 敵潜水艦は速力を落とし、輸送船に追従する形で少し離れた位置を航行していた。おそらく、P3Cの存在に気が付いていただろう。バカでかいエンジンを4つも搭載する飛行機の音が聞こえないはずがない。それでも逃げないのは、浮上さえしなければ見つからないと考えているからに違いなかった。


 第二次世界大戦当時、航空機が潜水艦を撃沈するのはとても稀なことであった。海を見通す目も、獲物を探す耳もなく、航空機は潜水艦に対して無力に等しかった。


 が、時代は変わった。


「ソノブイ投下用意」


 P3Cの腹側の穴が開いて、水筒ほどの筒が空中に放り出された。


 白い落下傘が空中で開いて、海面に着水する。


 その音を聞いた敵潜水艦は大急ぎで逃走を開始した。

爆雷投下だと思ったのだろう。

速力を増したモーターが、騒音を伴って海を蹴る。


「音紋収集よし」


 設定値が短魚雷に送られ、機械のような正確さで

隊員たちは用意を進めた。

 この間、敵潜水艦は何もできなかった。第二次世界大戦時の潜水艦に載せられている対空火器は機銃がせいぜいであった。それも船外に取り付けてある。当然、使用するためには浮上しなければならない。

 また足も遅く、20ノットがせいぜいだった。

 空を飛ぶ飛行機からは逃げられない。

 

 磁気探知機を目とするならば、ソノブイは耳。それは収音マイクであった。

 そのマイクには、エンジンの雑音の中、金属の擦れる音と、わずかに漏れる泡の音がかすかに響いていた。


「魚雷発射管注水!」


 隊員は悲痛に叫んだ。

 P3Cには魚雷は届かない。ではどこを狙うつもりか。一つしかなかった。浮かんでいる船はたった一隻だった。


「魚雷投下!!急げ!!」


 機体がふわりと軽くなる。着水まで衝撃を和らげるための落下傘が嫌にゆっくりと空を下る。


 早く、早く!!



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