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P3Cの空1

 人の背丈よりもはるかに大きなプロペラが、地の底に響くような轟音を伴って回りだした。ターボプロップエンジンから排気がもうもうと吹き上がって、その熱で歪んだ機影は、まるで夏の蜃気楼のようであった。


 P3Cは巨人機である。操縦席など横一列に3人も乗れるほど幅広であるし、機内は立って歩けるほどのスペースがあった。これは軍用機としては破格のサイズである。その巨体を引っ張るエンジンは4つ。それらが順番どおりに点火され、すさまじい爆音をあたりに撒き散らしていた。機体は、今ゆっくりとブレーキを解除して1番滑走路の方へと機首を向ける。126番機の受けた指令は極秘だった。ゆえに、滑走路左手前の管制塔からは、いつもどおりの管制指示が飛んでいた。


「ランディングゾーンクリア。南よりの風2メートル」

「了解。我、これより離陸する」


 パイロットとコパイロットが操縦席にて、片手で操縦桿を、片手でエンジンスロットルを器用に操作し、一段とエンジンの音が大きくなると、強風にあおられるようにして機体がわずかに動いた。ブレーキをいっぱいにかけてエンジン出力を上げ、最終確認として計器の読み上げが始まった。

 P3Cは現在主力となったデジタルの盤ではなく、アナログの針の旧式盤をつんでいる。それが所狭しと並んだコックピットは今まさに戦場だった。跳ね上がる針はどれも正常値である。


 飛行機にとって最も危険なのは離陸と着陸の時だ。飛行機の機体は飛び立とうとする4800馬力のエンジンと、飛び出すまいとする専用設計のブレーキによってわずかにフレームに歪みが出るほど力をためて走り出す。

 ブレーキを解放された機体は、滑るようにして滑走路を南に向かって加速を始めた。

 巨大な機体を支える大きなタイヤは機体全体に滑走路の凹凸を伝えてガタガタと振動し続けている。

 いっぱいまで下げられた翼は少しでも風を受けようとフラップが伸びていた。重い。あまりにも重い。


「離陸可能速度!離陸!」

 窓から後方へ流れていった管制塔の姿が残像だけ残る。風を受けて軽くなった機体は空へと持ち上がった。


 地上に覆い被さるような巨大な翼に、白くたなびくような雲が一瞬写った。

 空からは地上の建物はごく小さな米粒のように見える。空港を囲むように立ち並んだ建物は多くが民間の建物と商業施設だ。基地の周りを擂り鉢のように旋回してその瞬間を待った。


 ふと、その景色が変わる。

 飛行場は土色に変わり、周りの家は深い緑へと変わっていった。折り重なるように茂った木々が、うっそうとしたジャングルのような景色を作る。その森の近くに点在する家屋は茅葺き屋根の家が目立つ。道路には車ではなく、荷車を引く人の方がはるかに多くなった。

 もともと飛行場のあった場所には、地面を平らにして砂利をまいただけのような、まっすぐな道が一本走っている。そこにポツリポツリと建物と深緑色の飛行機らしきものがみえた。


「なんだ……こりゃ」

 隊員達の動揺は無理もなく、そこにあったのは確かに飛行場であった。

 しかし、持ち主が違う。そこは帝国日本陸軍の飛行場であった。もともとP3Cの飛び立った自衛隊基地は、日本軍の基地あとに立てられていたのである。


 P3Cは時代を越えて今、第二次世界大戦真っ只中の日本上空を飛んでいた。


 当時の日本人からすれば、突然目の前に巨人機が現れたわけである。それは日本のどの飛行機とも似ていない。何故ならばP3Cの開発設計は、アメリカで行われたため、むしろその機影は米英の物に酷似した。

 日本のスリムで軽量軽快な航空機とは違い、ずんぐりとして、重く、しかも翼下に魚雷を吊るした姿を見た帝国陸軍は、敵、あるいはそれに属する所属不明機と認識した。すぐに直援をあげ始める。


 上がってきたのは零戦に良く似た機体の日本陸軍所属、5式戦闘機であった。

 日本軍の飛行機は大砲を装備している、と言わしめた20mm機関砲を備えた悠々たる飛行姿は、P3Cのコックピットからはかなり優秀な戦闘機乗りが操縦していると見てとれた。それもそのはず、上がってきたのは、本日より訓練を行うはずであった曙教導師団の教官その人である。

 5式戦は戦闘機としては小柄で、推進力は星形エンジンと呼ばれるピストンエンジンを採用。史実では、あのB29の撃墜記録も持つ優れた戦闘機だった。

 機長はそれを見て、すぐに命令を下す。


「拡声器準備!」


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