零地点・其の九──足らない言葉
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「肘を下げないで」
「ひ、ひゃい!」
ダフニーの言葉はあまりに素気ない。ほぼ背を向けたまま、宙に浮かぶ記憶構造体表記から目を離しもせずに、レッシナのランヴァルドと共に操作するのを見るに、こちらの挙動は全て数値に表れているのだろうとはわかる。だが、値だけを確認するのではなく、必死な、この姿もぜひ見ていただけないものだろうか。
現場に出ることも多い森林保護官であるから、基礎体力を維持するためにも、軽い運動を習慣にしては、いる。しかしである。こちとら木刀を構えて姿勢を保持するなど、全くの初体験なのだ。固定した肘を下げるな、などと叱られても反感しか抱けない。そも、肉量に乏しい四肢では酷使の先にあるのは筋肉痛ではなく脱力である。どうしろと。
「あ、あのですねっ!」だから訴えは半ば悲鳴だ。「いいいいつまで、これ、構え続けてなきゃだ、だめなんです、かっ!」
「まだ──ランヴァルドくん、そこの式を短絡したら再起動短縮にならない?」
「なんないっすね。オリヴェルが頑張ってましたが、触れるなって結論に至りましたよ」
──せめて会話内容は木剣構えてる理由にしてくださいませんかね!
より適した体躯の男性たちが周囲に、よりどりみどりにたむろしているではないか。にもかかわらず、彼らをさておきなぜ選ばれたのだか、腑に落ちよう説明はあるのだろうか。
もう投げ出してしまおうか、などと気が抜けたのがいけなかった。両手の中から木剣がするりと滑り落ちてしまった。そのつもりもないのに柄を握る力が緩んだのだ。慌てて捕まえようとする木剣は手の甲に弾かれ、空中を回り──
「もういいだろ」
との声と共に真横から伸びてきた腕が、ひょいと捕まえた。
「──はれ?」
などと間抜けな声を上げつつ見た先で、コウイチが慣れた挙動で木剣を回し、とん、と肩に担ぐ。その顔はダフニーに向けられているから、どんな表情をしているのかはわからない。
「代わるよ。これはとっくにイジメだ」
だが語気には強く責める響きがある。彼を見るダフニーも明らかに怯んでいた。
「──コウイチさん、だぁ……」とうとう脱力してへたり込みつつ見上げる視界が、潤む双眸に歪んでしまう。呼びかけが甘える響きと捉えられても構うものか。仕方ないではないか、本当に、安堵したのだから。「ありがとう、ございま、す……」
「向こうで休んでて。助けるのが遅れてごめん──」
「業務は終えたのですよね」
油断したところに投げ込まれたダフニーの声音は、思わず喉を悲鳴に鳴らさせた。コウイチに向けた言葉であるとはわかるのだが、その響きには怒気が込められている。
「だから呼びかけに応じたんだけどね──予測帯の衝撃吸収は確認した?」
コウイチの口調にはまだ、幾分かの荒さが滲んでいる。こちらに味方しての態度だとわかりはする。だができることなら温和な彼に戻ってくれないものだろうか。凄みのある、しかも男性の声は向けられずとも怖いのだ。
「これからです」それを受けて、だろう。ダフニーの口調は一段と冷え込む。「話が早いのはありがたいのですが、木剣を握るのはあなたの役割ですか?」
──ダフニーさんは、どんな顔で言ってるんだろ……?
おずおずと視線を上げ覗き見れば、即座に顔を俯かせるほどの、固く凍りついた真顔だ。何か躊躇っているような、気まずさを隠そうとするような、どうにか平静を取り繕っているような──
──え、なに、こわ……むっちゃ、怖い。どゆこと、どんな感情なの、それ。
ダフニーの不機嫌なため息が、こちらに向けて吐きつけられた気がした。思えば、出会って以来ずっと彼女は、不満げな姿しか見せてくれていない。
「構えが、随分と甘いようです」
刺々しい指摘にどう返すのかと、ちらとコウイチに視線を移せば、もうひとりの開発者オリヴェルに「走査を俺に移動して」と何食わぬ顔で指示を伝えている。するとコウイチの周囲に球形の防護壁が生成された。同時に浮かぶのは『危険』との単語で、ふわりと防護壁に貼り付けば滑り、複数に分かれて列を成してゆるゆると周回を始める。
「鈍っていることは、自覚があるよ」
「それなら──」とダフニーが言い返すのと同時に、
「表示の詳しい説明もらえる?」チェスターが遮ってしまった。「随分派手だけど」
不承不承に顎を引いて黙ってしまったダフニーを確認したのだろう、ランヴァルドがひとつ咳払いののち「生成される球体防護壁はですね」と弾む口調で回答を始めた。「走査対象の正中線腰部から両腕指先までを半径にしてるんすよ。危険表示は複数の探針が対象の動作可能範囲を計測中──ほら今、文字が『警告』に変わったじゃないですか。活動領域予測の学習中なんで触んないでくださいね」
「すると完了時には『注意』かな?」
「コウイチさんの意見を汲んで『傾注』っす。腕を振るとかの大きい挙動で消えますし、三秒動かなければフェードインで再表示なんすけど──コウイチさんどっすか?」
「動くものが視界を横切るのは邪魔が過ぎるね」コウイチの手首が木剣を回せば、表示が傾注に切り替わると同時にじわりと消えた。「連続運転時間を丸々使っての乱取り稽古は無いし、攻防どちらも気を削ぐだろうから、傾注は一周したら再表示無しにしよう──ところで」
すい、とコウイチがこちらを見下ろしたから、首を傾げてしまった。
なんだろうとしばし待てば、
「カステヘルミさん、腕上がる?」
などと、座り込んだままのこちらに、新たに準備された木剣をずいと差し出してくる。もうなにもせずとも良いだろうと気を抜いていたものだから、つい受け取ってしまった。混乱はすれど、庇ってくれたコウイチのやることだから、と疑心を払い立ち上がると同時に、
「その木剣を、俺の首めがけて思い切り振り抜いてみて」
「やですよっ!」
言われた言葉への否定の絶叫を、誰が責められようか。
「衝撃吸収の確認なんだけど……じゃあ、別に首じゃあなくていい。体のどこでも構わないから野球のバットみたいにえいやと──」
「人に向けて振り回すのが嫌だってんですっ、絶対、やですっ、バカぁっ!」
「危険は無かったはずだよ」
などと話しかけてくるチェスターに、膨れ面を返しても仕方ないとはわかっている。ただ、宥めるにしてもタイミング、というか多少の時間を空ける気遣いは欲しいなと思うわけで。
「……そういうことじゃあ、ないです」
持ち出してきた簡易椅子を並べてふたり、腰を下ろし眺める先には、コウイチとダフニーが向かい合う姿がある。彼と同じく実践者の防護壁を纏い木剣を携えるその姿は、構えもないのに威圧されるものがあった。対峙するコウイチも素人ではないと、構える姿勢に見てとれる。だがこうして比較できてしまうと、どちらが挑戦者だかは瞭然だ。
「実践者が起動していたわけだし、ね?」
「だから、そういうことじゃあ──」どうにも通じない会話に顔を向けてはみるが、諦めに頬杖に戻る。認識が根底から違う相手なのだ。相互理解に至れる訳も無い。「──初めからダフニーさん自身がやればよかったんです」
ダフニーの佇みは、その一帯が凍りついたかのように微動だにしない。コウイチの姿が無ければ静止画と見紛うばかりだ。
「……なんであたしに頼んじゃったんだか」
「カステヘルミさんには、確かに酷だよね。人選ミスもいいとこ」
「わかってたなら、止めてください」他企業の経営者を相手にしているのに気安すぎる、などと今更気づいてしまっても吐いた唾は飲めない。苛立ってるところに話しかけられたのだ。感情を即時に切り替えられるようなお気楽な性格ではないし、隠し果せるほどの器用さもない。「ていうか、チェスターさん、コウイチさんと交代してくださいよ」
「僕が?」チェスターの驚きの顔は、明確にわざとらしい。「無理無理。体力も反射神経もたぶん、君の方が幾分もマシだよ」
「──じゃあ、代わってきます」
「待った待った、ごめんて、怒んないでよ」腰を上げようとするのを止められ見れば、チェスターが咳払いひとつで表情を整え、次いでコウイチたちを見るように指先で促した。「ダフニーは加減のわかる娘だからさ」
──どうなんだか。
それは、コウイチ以外の誰かであれば、という前提ありきだと思うのだ。なにせダフニーがコウイチに向ける視線は、異性に向けるソレなのだから。
加えて、こちらに向ける顔には明確に厄介者、邪魔者と描かれる。幼い頃からことあるごとに投げつけられ続けてきた感情であるゆえ、見紛うなどあろうはずもない。気になる異性に近づくのが、この可憐な美少女となれば、機嫌が悪くなるのも道理だ。
一方で、イジメを目的に木剣を構えさせたのではないともわかる。ちょっとした意地悪のつもりはあったとしても、旺盛な知識欲と探究心が優っていた。場にいる中で最も体力の劣るサンプルを選んだ、だから、おそらくは間も無くして解放されたに違いないのだ。
コウイチを呼んだ目的は、たぶん疲労困憊した走査体から得られた値の確認、そのつもりだったのではないだろうか。呼ばれた先に、息も絶え絶えに木剣を構え続ける女子があれば、真っ先に助けに向かうだろうとは想像もせずに。
そのつもりはなくともイジメの現場を前に叱責され、否定材料も無い、となれば──
──面白くないよね、たぶん。
訝しげに向ける視線はチェスターの、観念したようなくたびれた笑みに迎えられる。
「コウイチくんの前だと、あんな感じになっちゃうんだよ彼女。困ったことに」
「……面倒くさいひと」
などと同意を返しはしたが、失望のため息はチェスターに向けたものだ。そも把握できていたなら、コウイチより先に向かい、手近な訓練員をあてがったことだろう。
だから、口調から抑揚が失せた。
「構えが甘い、なんて言葉じゃあ伝わんないって、気付けないものですかね」
「無理しちゃあダメ、と言いたかったんだろうけどねぇ」
そこは理解しているんだなと、冷めた感情で感心だけはしておく。
ダフニーと短時間ではあるが共に行動してわかったのは、気遣いのできない人間では決してないということだ。ただどうにも、自身の行動や言動がどう受け止められるかを、客観視できてないように思えた──人のことを言えた立場ではないとの自覚は、ある。
「あのコウイチさんが、意図を拾ってくれるわけないんですから。はっきり伝えてすら言うこと聞いてくれないんだもの」
「あー、そうだねぇ彼は確かに──お、動くかな」
チェスターの言葉に注意を戻せば、ダフニーの左手が握る木剣の先が、腰を落とすコウイチの顔を追っていた。彼が木剣を両手で支え真横に向ければ、同時に、ダフニーを覆う防護壁の右半球が黄色に染め上げられる。
遠目に眺めるだけのこちらをも緊張させるのだから、まして対峙するコウイチの疲弊は想像に難くない。
ふたりが木剣を回した──直後にはコウイチの膝が地に落ちていた。頽れる彼のうなじに、無造作に降ろされたダフニーの木剣が押し当てられている。
「あれなに?」チェスターの問いかけは、呑気な声音だった。「防護壁という割には、防護の役割なさそうに見えるんだけど」
彼が振り向き見上げる先に立つのはオリヴェルだ。彼は「剣撃予測帯が担います」と応えつつ表示窓に流れる文字列をなぞる。するとチェスターの正面に膝丈程度のふたつの球体が結像した。それぞれの内側には、ダフニーとコウイチを模した立体映像がある。
「リザルトとリプレイを始めます。ダフニーさんの手首を貫く扇型の面が確認できますね。対象武具の軌道予測を、色彩変化の拡張と収縮で視覚に伝えるようデザインしました。ここでは有効打に至らないため淡い黄色。挙動が進むにつれ表れるコウイチの脇から内腿にかけてを切断する朱色の帯、こちらは有効打を表しています」
スロー再生されるのは、コウイチを一方的に打ちのめすダフニーの映像だ。これがあの一瞬の出来事だとは信じられなかった。ゆっくりな動きを見てもなにがどうなっているのだかよくわからない。
「予測補正値が少なくなるほどに色合いを濃くしているのか」
割り込んできた声は、背後にいつの間にかずらりと並ぶ、検査係や役員たちの、うち誰かのものらしい。疑問に即座に回答できる開発者がここに揃っていれば、集うのも当然ではある。
ただ、後ろから複数名に見下ろされるのはすこぶる居心地が悪い。集まってこられたからには散らすこともできないだろう。さて、移動のタイミングはあるのだろうか──
「えと──」無いな。と見切りをつけ椅子を抱えてジワリと、細やかな距離を空けつつ、疑問を抱いた箇所を訊くことにした。「これ、ぷらくてなんとか、は、働いて、まし、た?」
「口調、戻っちゃったね」
──黙っててチェスターさん。わざわざ余計な指摘しなくてよろしい。
「いいえ、その──」ランヴァルドの声に視線を向ければ、彼はオリヴェルとは別の画面で長大な文字列を指で追いつつ、顔を顰めている。「ダフニーさんが剣技だけでコウイチさんの攻撃逸らしちゃったもんだから──安全機構が働いて無いっすよっ、ふたりとも!」
いきなり大声を張り上げるものだから何事かと身構えれば、仕切り直しに対峙するコウイチとダフニーへの指示だった。
「もう一度お願いしますっ、特にダフニーさんっ、見たいのは予測帯の衝撃吸収なんスから、ちょっとは考えて動いてもらえますっ?」
──動作確認のための撃ち合い、って、わかってなかった……はずないよね。
誰よりも開発にのめり込んでいたと、誰もの口端に掛かっていたから、ならば程よい雛形を提示するのも難しくはないはずである。見ればダフニーは舌打ちののち、不満気に木剣を回しながら表情で了承を返していた。
そしてコウイチに向けなにかしらを言う。
かろうじて聞き取れたのは「凌ぎなさい」との言葉だ。
「……当の本人、が、目的なんて、どうでも良くなってたり、しませ、ん?」
「ダフニーさんがっスか?」ランヴァルドが肩をすくめながら軽薄に笑う。「無いっしょ。あの人が誰よりもプラクティカスの有用性を証明したがってんですから──」
「げ」との声は、誰が放ったものだったのか。
ダフニーは、木剣の柄頭を正面に突き出し、腰に降りる峯に逆の手を添えている。その正面に立つコウイチの防護壁内側に現れたのは、複数方向から彼を切断する剣撃予測帯の群れ。
ダフニーの体がコウイチの胸元にするりと入り込んだ。
コウイチは、木剣の先が喉を貫かんと突き上げられるのを、刃渡り全てを使い切ることで滑らせ逸らしきる──が、即時に再表示される予測帯は、先の倍ほどの数で彼を八方から細切れにした。
「──あれ、予測になってるんですかっ?」
思わず腰を浮かして挙げた声に返されたのは、背後に並ぶ面々のため息だ。呆れの響きを持つ「手加減なしだな」との言葉も聞こえた。
その間も容赦のかけらもなく攻め立ててくる攻撃を、全て払ってのけたコウイチは、しかしよろめき腰を沈めてしまう。
その首を切り落とす軌道を描く予測帯が、ダフニーの木剣によってなぞられた。
彼の首の皮一枚手前で、そして木剣はぴたりと止まる。
「あ、すごい」とはチェスターの感嘆だ。「あれ、システム的に止めてる?」
「頑張ったんスよ」との得意気なランヴァルド。
裏腹にオリヴェルは「そういうのは狙って組んで言うものだろ」と不本意そうに顔を歪めている。「プラクティカスが目指していたのは、互いの幻影を相手に稽古を行う仕組みでした。手元に打撃をフィードバックさせる機構の開発を進めていたのですが──なにがどうなったのだか、打ち込まれる側の防御機能などという副次効果が生じてしまいまして」
「正しく機能してるんだから誇っていいじゃん──で、直撃が確定するとですね!」嬉々とランヴァルドが、再びコウイチたちの打ち合いを虚空に再生する。「こうして予測帯そのものが対象を取り込んで衝撃吸収しちゃうわけですよっ、すごくないですかっ。思い切りぶつかり合うことを想定して、変位が大きいほどに制動を強く働かせる設定でして、剣技の速度をだいたい秒速一五くらいに想定して、一〇で完全に停止させるんです。ですからダフニーさんのこの勢いの攻撃ではまず届きやしませんっ、絶対ですっ!」
ランヴァルドは、この機能を随分と推しているのだな、とはわかるのだが圧が強いと距離を置きたくなる。加えて、聞こえた値にどうにも引っかかるものがあった。
「秒速一五──メートルだよね……?」
なにかないかと視線を巡らせれば、向こうの見える椅子が起点にちょうど良さそうだ。伸ばした腕の先で人差し指と親指を使い、三角測量で一五の位置を探る。
「それのなにがダメ?」背から聞こえてくるのはチェスターの問いかけだ。
問われたのはどうやらオリヴェルのようで「あんなもの、いらんでしょう」と見ずとも仏頂面が目に浮かぶ不満声が返される。
「いえ、オリヴェルはですね」取り繕う声はランヴァルドだ。「どうにかして防御機能を殺そうってしてんですよ。プラクティカスでの対峙乱取りを頑なに否定するんで困ってまして」
そんな会話を背に、平手打ちの素振りを何度か繰り返し──しかめ面で手のひらを見つめてしまった。
「あの──」声をかければ、三対の視線が一斉に向けられた。怯んでしまうのはご容赦いただくとして、さてこの質問はオリヴェルが適任か。「あたしの平手打ち程度じゃ、衝撃吸収が働かない、っぽい、んです、けど……制動のかからない、最大値は幾つに、設定され、ているん、です?」
するとオリヴェルの隣でランヴァルドが、笑みを引き攣らせて視線を逸らすものだから、首を傾げてしまった。どうしたのだろうとオリヴェルを見れば、彼は薄ら笑いをランヴァルドに向けつつ「答えたらどうなんだ?」と彼の脇を肘で小突いている。
「ええと──その」意を決したのだろうが、しかしランヴァルドの口調は弱い。「……フェザー級ボクサーのストレートより、ちょっと弱いくらいだと、当たっちゃうかな、なんて」
あはは、と笑うのは誤魔化しが目的だろうが、全くの逆効果である。しばし頭が理解を拒んでなにを言われたのだかわからなかったのだが、把握は瞬きの後に来た。
「ふつーに大怪我するじゃあないですかそれっ!」
「いやいやいや違うんですってばっ、これ以上に制動範囲を絞ったら訓練になりゃしませんからねっ、乱取り前提の安全器具なんすよっ?」
「迷えば相手が痛いぞとしておきたいんだそうですよ」
オリヴェルの静かな口調は、ランヴァルドの荒げ喚く声とは対照的だ。
「カステヘルミさんが危惧なさる通り、この仕組みは躊躇が大惨事を招きます。人によっては本気で振り回してすら働かないかもしれません。事故回避の目的と役割を果たさせるために全力で殴り合え、なんて、本末転倒もいいところでしょう」
「そのあたりは学習アルゴリズムの見直しで──」
「ところでさぁ」チェスターは、飽きたのだか興味を無くした様子でコウイチたちへと注意を戻していた。「あれ、なにしようとしてんの。距離空けて」
見ればダフニーとコウイチは、先ほどよりも離れて向き合っている。ふたりをそれぞれ包む防護壁の球体が触れ合うかどうかの距離だ。素人目には、踏み出しても木剣が届かないくらいかなと思うのだが──それこそ素人目なのだろう。
「あれはですねっ!」今こそが挽回の場とばかりに、ランヴァルドの声は精一杯に明るい。底を打った印象へのとどめとならなければいいね、と他人事ゆえ口出しはしない。「緑と紫の楕円がふたつ、防護壁の外で互いに届いているでしょ。緑が水平で紫が起点、これらを組み合わせて目視を補佐するんすよ」
「……近接稽古で?」チェスターの口調は、かたわら懐疑的である。「そんなん確認する余裕なんてあるのかな。振り回せば当たるんだよ?」
「いやこれが意外と頼れたりするんで「もとより理想モーションのトレース合致判定と体軸変化で切り替える攻防指示の視覚化でしかありません」オリヴェルくんさぁ、相手は発注主なんだから、きちんと売り込もうよ」
「見た目が派手だから表示させたいのはわかるが、リプレイのゴースト結像用に収集した値を可視化してるだけで、それ自体に目的はなかっただろう。機能のでっち上げは良くない」
危うく剣呑な空気を醸し出すふたりを横に、だがチェスターは宥めるでもなく「ふうん」と鼻を鳴らした。「いやまあ赤裸々なのは逆に信頼できるからいいんだけど──」
「お話中、悪いんだけど、いい?」とはダフニーの声高な呼びかけだ。「剣撃予測があまりに出鱈目すぎるわ。学習情報累積で、どうにかなるものなの、これ」
──あ、やっぱり当事者でも思うんだ、それ。
ダフニーの声に体が縮こまるのは、もはやどうにもならない。おずおずそちらを見れば彼女の、軸足に体重を乗せて構える姿がある。するとそれだけでコウイチの周囲には無数の予測帯がバラバラと結像した。選択されるだろう蓋然性の高さを色彩や表示の厚みで示しているのだろうが、見る限り誤差でしかなさそうだ。
「最頻値で収集してますけど!」
すぐ真後ろでランヴァルドにがなられたものだから、悲鳴が喉から漏れてしまう。チェスターとオリヴェルには気づかれたようだが、驚かせた当人には届かなかったらしい。
「手入力補正は必須ですよっ、レッシナに戻れば構内運用環境で個人技量照らし合わせ収率できますけどねっ、この場じゃあ無理っす!」
「あ、そう」諦めに首を振るダフニーは、右手にある木剣を左右に回転させる。「将来に期待ってことね。実践値は後日に回して今は、機能をなめて終わりましょうか──構えたまま動かないで」
その言葉に、誰もが軽い立ち合いを想像した。だから場はじわりと雑談を交わす空気に変化してゆく。対峙するコウイチも油断したに違いない。
なのにコウイチの防護壁前面半球が朱一色に染め上げられたから、総勢が言葉を失った。軌道を示すはずの濃淡は見定められるはずもなく、予測の体など成していない。
「うっ──そだろ!」
コウイチの叫びは、彼の持つ木剣を叩き、そして擦る音に掻き消される。
遠目のこちらからですら彼女の姿を見失ったのだ。コウイチが攻撃を回避できたのは半ば偶然だったのだろう。あたふたとした挙動で腰から身を引いてしまい、足元がおぼつかなくなる彼の胸元に、とん、とダフニーの背が預けられる。
「なぜ──いえ、抵抗するのであれば合わせましょう」
「冗談は──」コウイチの肘が外に巻かれ、柄尻はダフニーの脇に叩き込まれる。しかし届く前に木剣は、ふわりと浮かばされて虚空を回った。「──通るわけないか!」
「わかっているなら──」とダフニーの手のひらがコウイチの胸元を押す。それだけで彼の重心はあっさり崩れた。「なぜ受けようとしましたか」
口調こそ静かだが聞き取れる感情は憤りだ。語尾の発声と同時にダフニーは上げた足裏でコウイチの膝を踏み抜く──挙動を止めた安全機構に彼は苦痛の呻きをあげ、その場に頽れる。
「い、いまっ、武器以外でこ、攻撃っ、ダフニーさん、がっ!」
ゾッとするままにランヴァルドを見れば「まさか、いきなりのヤクザ蹴りで試すかな」と、青褪めた顔で表示板の値を確認している。「──きちんと打撃判定されたからよかったけれども……てか今のが、なんで判定扱いされたんだ?」
「検証できてなかったんですかっ?」
「えっと……まったくできてないわけじゃあなくて」
詰め寄れば両手を挙げて身を逸らすランヴァルドに、隣に並ぶオリヴェルが「だから対人してもらいたくなかったんですよね」とこめかみを押さえ大きく息をついた。「武器だけで稽古するお上品な訓練してないだろうに、ソアダさんは──無機物有機物の判別もつけられない走査が、防御機構を有効打撃ごとに切り替えられるわけなどありませんので、安全対策は速度と圧力の両面、ほか複数で備えておきました。衝撃を面に広げて緩和するだけではありますが、功を奏してなによりです」
「見てると……剣撃予測、邪魔だね」とはチェスターの言葉だ。「前、見えないでしょ、あれじゃあ」
転がり、身構えるコウイチの、舌打ちしたとわかる強ばる表情が、再びの全周警戒表示に隠された。木剣を振り回しダフニーの攻撃を外へ外へと払ってはいるが、先手に繋がらず体軸も見る間にブレてゆく。
もはや稽古で済まない熱の入りではないかと、平静でいられずにいると──
「あ、バグった」などとランヴァルドが不穏な単語を口にする。
「はぁっ?」抗議に声を上げれば、
「吸収されない」
ダン、と響く重い衝撃音が、ランヴァルドの言葉にかぶさった。
弾かれたようにそちらへと顔を向ければ、コウイチが床に転がり苦しげに身を捩っている。大きく口を開き喘いでいるのは、息を吸い込めないからか。周囲にいた指導員たちがわらわらと、容体を確認に飛びついてゆくのが見えたが、足が彼の元へと駆け出していた。
──なにやってんのよ、あの人は!
ずっと言い続けてきたのだ、昨日から、ずっと。
今日を乗り切ればとか、ここは必要な場面だからなどと、のらりくらりと場しのぎに誤魔化すものだから、だったらやりたいようにしたらと半ば癇癪でなおざりに口を噤んでしまった。
その結果がこの有様か。
木剣を振り回すだけでは飽き足らず、実戦さながらの打ち込み合いをやらかすだなどと、そこまで聞く耳を持たないのはなぜなのか。
「どいてっ!」
応急に触診確認している指導員たちを押し退け、コウイチに取り縋る。痛みに悶絶している様子に周囲へと情報を問えば、胸椎と腰椎の間あたりの強打、手足に痺れは無いとのことだが要精査、と報告される。露わにされた背には痣が浮かび初めていた。
「保冷の式を走らせます。一歩ずつ下がってください」
打身で済んでいたら良いが、背から受け身も取れずに落とされたらしいことが気がかりだ。後日の現場出向は、できることなら辞退させたい。だがどうせ聞いちゃあくれない。ならば、幸いにして同行するのだから、合流後に道程にでも経過を診察──
とまで思考を走らせて、ふと視線に気づき見上た先に、立ち尽くすダフニーがあった。
焦点がこちらと絡んだから、しばし視線を受け止め続けてみたが、意志がなにひとつ伝わってこない。感情を思わせる表情がないのだ。
だから言ってしまった。
「──なにをしたか、わかってますよね」
彼は疲労困憊していて、加えての睡眠不足でもある。それはダフニーこそがより理解できていたのではなかったか。
「あなたが率先して無理させたんですよ」
嫌な言い方をしている自覚はある。責めるべき相手は、自身の不調をおしてまで木剣を振り回したコウイチだ。だがあれだけの実力差を持つダフニーだ。どうとでもできたはずだ。
「そんなに、その実践者を優先させたかったんですか」
するとダフニーの目の端が、ピクリと動いたように見えた。
彼女は、ついと目を逸らし、側にあった樽へと木剣を投げ込むと、
「──そうかもね」
そう小さく返して背を向けてしまった。
「カステヘルミさんは、さ」
コウイチの呼びかけだ。
床で膝を抱えたまま、チラと横目で覗き見れば、床に広げられたシートに横になる彼の姿がある。顔を冷やすために与えたタオルで首元を拭っていたから、そっと取り上げ傍らの、水を張った洗面器で濯ぎ、絞り直して返す。
「──なんですか」
あらためて眺める彼の顔はやつれ、ひどいものだった。目元は落ち窪み、肌は荒れ、微かに口臭も漂ってくる。伸ばす手で触れた喉の体温は低く、以前と変わらぬ期外収縮も指先に伝わる。
心底からの呆れに、息も盛大に吐き出された。
「帰宅する気になってくれましたか」
「さっき、みんなになにを説明してたの」
──あー……無視しますか、そーですか。
応える気が無いんだ、この人は。頭に血が昇る感覚に、そっぽを向いてしまう。
「……あのねぇ、コウイチくん」チェスターが、見るに見かねたのだろう、口を挟んできた。椅子からコウイチの隣の床に腰を移動させてあぐらをかくと、手にあった用箋挟を団扇代わりに彼を扇ぐ。「会話しようよ。そういうところがまずいなぁ」
「話しかけたからには先に要件を──」それが言い訳に聞こえるとでも考えたのか、言葉を切ったコウイチの視線がこちらを向いた。「──少し休んだら動くよ。ありがとう」
質問したことがまるで悪いことのように言われた。そこまで考えていないだろうが、腹立たしく感じてしまったのだから、仕方ない。
だから礼には応えず、問いを返すことにした。
「……一般環境とされる気温や湿度、そして浮遊粉塵の粒度と粒子密度、あと低周波電磁界の補足説明を求められて、応えていました。あの、ぷらくて、なんとかの誘導起力の人体への影響を値化したい、だとかで」
話すうちに喉が、泣き声のように震えかけてしまう。膝を抱える腕に力を込めて、どうにか平静を装えた。
──なんだか今日、ここに来てからずっと、怒っちゃってる。
自身への嫌悪感に俯きかけた。そこへの、
「森林保護官は、そんなことまで頭に入ってるのか……すごいな」
「──そうですね」
コウイチの、へつらいにしか聞こえない言葉は、なぜだか悔しさを感じた。
「……もしかして、不機嫌だったりするかな」
──訊いちゃうかな、それ。
ゆるりと見たチェスターは呆れ顔で、首を横に振っている。
コウイチは依然として平然を装うが、痛むのだろう背中に、呼吸する胸が時折跳ねている。その様子に憤りの感情が抑えられてしまいそうになったから、そっぽを向いた。
「気づいてくれてるなら、その理由まで理解したらどうですか」抱いた膝に膝を当て顔を隠したのは、きっと無細工な顔になっているだろうと自覚できたからだ。「どうせ──あたしの心配なんてどうでもいいくせに」
少しでも困らせることができたらいい、そう思っての言葉だった。
ところが待てども反応がない。
耳をすませば、笑いを堪える気配が感じ取れて、がばとそちらを見ればコウイチは、口元にタオルを当て目元を笑みで細めていた。
「──なに笑ってんですか」
「いや、ごめん──淀みなく話す君が新鮮で、なんだかホッとしちゃって」
「怒りますよ」
半身を起こすコウイチを睨みつけてやりたかった。だが、頬の暑さを自覚してしまったから彼方へと顔を向けるしかない。
「隙あらば口説くのが君の平常運転か」
「そのつもりは微塵もないですけど」
背後で交わされる会話には耳を貸さず、なんとはなしに、視線の先にある一団をぼんやり眺めれば、ダフニーがレッシナの開発陣と共に記録を確認しつつ、なにかしら揉め始めている。まあ、どうでもいいか、と息を吐くのと彼女とぱちと目が合うのは同時だった。焦点を合わせれば、確かにダフニーはこちらを見ていた。
「……えと──あ、あたしっ?」
慌てて背を伸ばし身構えれば、ダフニーがずかずかと大股で歩み寄ってくる。あたふたと慌てふためいていると、彼女はこちらをそのまま素通りして、あぐらをかくコウイチに「制動定格はいくつでしたか」と、問いかけた。「コウイチさんが知ってるという話でしたから」
押し退けられたわけではないが、目もくれずに、素通りとはいえほぼすぐ真横に無遠慮に立たれるのは、正直、不快だ。
しかも先のことなど無かったかのように、コウイチへの距離を詰めている。
──切り替えの早いことで。
「三〇まで試しても落ちなかったな」
平然とした態度を返すコウイチを、今度こそ睨みつけてしまった。ダフニーに多少は自身を顧みる機会を与えてあげてはいかがだろうか。彼女の振る舞いは、思うところだの性分だのと言い訳をかます以前の問題だろうに。痛めつけられた当人が何故そうも飄々としてられる。
「なにそれっ!」
素っ頓狂ながら愛らしい声は、驚いたことにダフニーだ。
コウイチが腰のポーチから取り出しているのは、数珠繋ぎしたキートップに見えた。ダフニーはコウイチの隣にとすんと内股座りで陣取れば、彼の頬に髪を押しつける形になるのも構わず、そのよくわからない器具をキラキラとした双眸で凝視する。片手が彼の腿の上に乗せられているのが甚だしくあざとい。
「またなにか新しいの作ってるっ!」
振り向き見上げた勢いで頬が擦れ合ったように見えたのは気のせいではなかろう。鼻や唇も掠めたに違いない。
「空中結像のブラインドタッチは無理だとわかったからね」コウイチは、にもかかわらず動じる様子もなく、空いた手で宙に憑依認識記号を描いた。すると耳に心地よい音を立てながら浮かぶキーボードが組み上がる。「指先に追従する仕組みを模索中ではあるんだけど、これは場繋ぎにでっち上げた物理キー。そんな注目するものでもないよ──ランヴァルドちょっと」
呼びつけるまでもなく歩み寄っていたランヴァルドが「復活できた?」とコウイチの正面に腰を下ろしつつ画面を操作する。「サーバ繋ぐっすか?」
「レッシナの証明書取りたいから認証キーくれる?」
「あ、いっすよ」
「「不正競争防止法違反っ!」」
チェスターは当然、いつの間にか側に立つオリヴェルも声を合わせ、各々に詰め寄るのは然もありなん。社外から非正規ルートでデータベースに侵入するのは、素人目線でもダメだろうとわかる──その辺りがグズグズなのは身内同士だからだろうか。
「あ、わかったこれ」ダフニーが少女のような声音で、空気も読まずに割り込んだ。コウイチの体を背もたれに、開く複数の窓を操作確認しながら問いかけ続ける。「プラクティカスの衝撃回生だ。打鍵感は物理に委ねて空間軸の保持に使ってるのね。底打ち感は……あ、指のほうに働きかけてるの?」
「すごいよダフニーさんは──ランヴァルド、開発のソフトウェアサーバに俺の名でフォルダ作ってあるから、覗きに向かって」
「パスは?」
「こっちで入力する」
ダフニーといいカルラといい、コウイチには異性の距離感をバグらせるなにかが纏いついてでもいるのだろうか。いちおう「──ダフニーさんって、集中しちゃうとこんな感じ?」などとオリヴェルに問いかけてみるが、
「まさか」と呆れに首を振る態度が返されてしまった。「はしゃぎはしますけどね──開発の面々が何名か、そのいじらしさにすっかりやられて骨抜きにされているのが、悩みの種で……さておき、ここまでべったりなのはコウイチだけかと思いますよ」
「意識しちゃうとダメなタイプか」
「ああ、やっぱりそういうことなんですか」
「そういうこと──」
「コウイチさん、解除キーよろです」
ランヴァルドの声に顔を向ければ、虚空に引き出された文字列の束が、魚の群れのように泳ぎ回り、絡んで広がり、面心立方格子のような図形を結像する様が見えた。コウイチの正面にも──おそらくはエイリアスなのだろう──同図形がひと回り小さく表れている。浮かぶキーボードで文字入力すると、どうやらそれが解除キーだったのか、面が解れ複数の結晶体を模して再結像した。
「定格の覚書は、それ。コピって持ってってくれるかな」
「感謝です。あ、今回のログ解析を適当に保存しときますね」
「あ、それ、あたしにもください」
ダフニーは、キーボードへの興味をどうやら解消したらしく、腰を上げるとランヴァルドが覗くフォルダとやらに小走りで向かった。そこから始まる会話は、力率制御や定格詳細の話題なのだろうなと断片的な単語から聞き取れはしたが、理解など及ぶはずもないので、聞く耳は自然と離脱する。
「カステヘルミさん、これ」チェスターが、そこへ声をかけつつ半紙を差し出してきたから、なんの疑問もなく受け取ってしまった。手元を見てそれが在籍出向申請書であると気づき、驚きに顔を向ければ「出向業務扱いで工数計上するから書いといてね。環境省に向かうついでに処理しとくからさ」と笑顔が返された。
「え?──あ……ありがとう、ございま、す?」
まさか業務扱いになるとは考えもしていなかった。つい先ほどまでコウイチと残務処理をこなしていて、よくこちらの工数にまで気を回せるものだ。思えばソアダのチェスターは、なにかと忙しなくしているとの周囲の評を耳にしていた。この気遣いがその一端だろうか。
「他社の大事な社員を預かってるんだから、ソアダが責任の所在を握っておかないとさ。環境省の残業手当相当金額に調整するから、もし不足するようなら教えてね」
「……感謝します」
傍らのテーブルに膝立ちで近づき両肘を乗せれば、ちょうどいい高さだ。筆記具を取り出し記載を始めるその背後でチェスターが、
「ところでプラクティカスが周辺環境と、そこにいる人たち全員の位置情報を収集し続けてるっぽいのはなんで?」
とコウイチに問いかけている。
聞いていてもわからないのだろうなと心中で諦めつつも、耳をそばだててしまうのは、会話の相手がコウイチだから、だろうか。
「移動する物体かそうでないかを、都度に論理演算子に投げ込んでるという話で──なんて、わかった体で喋りましたが、ぶっちゃけ理解できていませんよ。境界要素だか積分だか──公式見せられてもなにがなんやらで、説明は右から左でした。そこはダフニーさんたち専門の人に丸投げです」
「つまりは……足場かそうでないかを確認するためってことだね」
「御明察。前提が対人試合だから、範囲を限定する予定はあります」
「……お稽古用とか、訓練のための、ツールでしかないんだ」書き終えた申請書を手に、口を挟んでしまった。理解できないツールを盲信して、よく武器を振り回せるものだとの呆れがあったが、思えばテクノロジーなどそんなものなのかもしれない。「てっきり兵隊さんたち用の武装みたいなもの、なのかな……って、なんですか」
顔を上げればコウイチとチェスターの見合わせる様子があった。そして、しまった、とも思った。たしか自分は怒っていたはずで、普通に話しかけてしまえばダフニーのことなど言えやしないではないか。
「そうか」ところが、こちらの葛藤などそっちのけのコウイチである。ここまで気にされていないとなれば、いっそ馬鹿馬鹿しくもなる。「ソアダさんに卸すにあたっては、法解釈と規制を検討しないと」
「大丈夫──あ、書けたのちょうだい」チェスターの手が伸ばされたから、書面を素直に渡してしまったが、同時に、怒り直す機会も手放したような心持ちだ。「確かに受け取ったよ。じゃあ処理しとくね。これ控え──ソアダの法務には準備してもらってあるから、今は安心して好きに進めてもらって構わないよ。最悪、ワンオフにするからさ。オリヴェルくん、ちょっといい?」
返された控えを受け取る間にも、チェスターの会話先がずんずんと移行してゆく。見ればオリヴェルもコウイチと、技術的な話をしていたようだ。
「ああ、試作品承認と開発継続許可申請書ですね、確かに受け取りました。ありがとうございます──先のカステヘルミさんの疑問ですが、許容管理幅に制限を設けてませんからね、理論上なら銃弾でも停止させられますよ」
「転用は考えてなかったな──」コウイチが、きまりが悪そうに頬を掻きつつ言った。「どうとでも流用できるよな言われてみれば……うっわ、なんで思い至らなかったんだ俺」
「気づいてなかったん、ですね……」
さすがに呆れ、口をついて出てしまった言葉を、
「そゆとこあるよね、コウイチくんは」とチェスターが拾った。「そこはやっぱ、ツグさんの薫陶の賜物だったりするのかな──」
「──なんつったアンタ」
「あ、ごめん、やめて、その目こわい、ごめんて」
チェスターに迫るコウイチの顔は、さてどのようなものなのだか、幸いなことにこちらからは見えなかった。




