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勤労の転移者ども ~努力すれども頑張れども、さりとて暮らしは楽にならず~  作者: ぺるでらほにてん
エールデランドへいらっしゃい──転移とジオード、そしてダンジョン
93/96

零地点・其の五──定まらぬ立脚

文字数(空白・改行含む):12471字

文字数(空白・改行含まない):11958字

「コウイチの役割は終わったんじゃあなかったのっ?」

 カルラに表情も険しく詰め寄られても、アルヴォとしては視線を逸らすしかない。

 見下ろせば喉元の高さにあるカルラの顔は近い。背にある感触は壁だ。問いはそのままこちらの疑問である。逃れようもない立ち位置は全くもって解せない。

「私に文句を言われても困るよ」声が若干にうわずるのはもはや必然的だろう。なにせ(おのれ)からして納得していないのだ。「コウイチくんは外すようにと説得したんだ、これでもね」

「まったく──ツグミの目的はなんなの」

 幸いにして彼女が訊くのはあらぬ側にある虚空で、どうやらぼやきに位置する自問らしい。問われたところでツグミの保護者ならぬ身の知る由も無い。責任所在であればティアハイムのザーシャ社長が相応しかろう──都合良くひょいと顔を覗かせるザーシャはまだか。

「ザーシャなら跳んで回っていたわよ。ツグミとコウイチのフォローで」

「表情を読まれたかな」まかり間違って現れたところで、関わりを全力否定する態度のザーシャのお披露目と相なるだけだろう。言えばツグミが事後以外で承諾を得るとも思えない。「まあ、彼が現れたところで愚痴を漏らす立場がひとり、この場に加わるだけだろうな──ツグミには、コウイチくんを洞窟城に配置する理由があるらしい」

 腕組みをしたのは、彼女との間に敷居を設ける心理的な意図だ。すると察してくれたのか、彼女は体を半歩ほど下げてくれた。

「コウイチの登場で引き起こされるなにか、を期待して?」

「は、いないだろう。()()()の協力者とも思えない」

 離れてくれたことで抱く安堵が顔に現れているだろうか、との懸念は無用らしい。カルラは感情を感じさせない顔のまま背後の机に腰を凭れて、こちらの言葉を待っている。

「売国奴の貴族たち、ロクホウをはじめとした思想犯ども、現場をうろつく実行犯に、便乗する愉快犯、それら全ては外部に協力を求めずとも、()()()をもはや必要としていない。むしろ」束ねた長髪をいちどほどいて頭を掻きながら、話すうちに気づいた可能性に失笑も漏れる。「いずれかに向けての嫌がらせが目的かもしれないな」

「それこそ無いでしょ。得るもののない労力からは全力で逃げるのがツグミだもの」

「なにをもって()としているのか読めないところがなぁ……」

 ツグミのあの胡散臭い笑みを思い浮かべつつ、後頭部の、少し高い位置で髪を束ねる。保身に走るようなわかりやすい性格であってくれたなら、まだ仮定も成り立つのだが。

「ダリオほどに読みやすければ苦労はない、か」

「なんにせよ」机に尻をかけるカルラは、あぐらを組むように片足を逆の腿に乗せて、折った膝の上に頬杖をつく。困り顔には若干の居直りの感情が含まれている。「コウイチにはガルデ(双王国)に留まっていて欲しかったわね。都市イアンタをどうやり過ごすつもり?」

「臨港地区のコクネセを使う。ギルドのユキヒトくんに無茶振りをされていてね。大量の資材搬送に河川を使う計画があるんだ。それに便乗するよ」元より主幹道路を堂々と両手を振りつつ縦断する選択肢などありはしない。「非該当証明(輸出許可申請)がさて間に合うか──イアンタの段取りが整ってしまったんだな」

「メッゼリ領とアリュヤ領に生活経済……えっと、なんたらって「生活経済事犯対策推進要項改正法」そう、それが通ったからね。誘導の終えた世論も手伝って連中、思惑通り燻り出されて洞窟城領(イアンタ)移動(潜伏)したのを確認したわ。あとは頃合い」

「自立支援制度対象の就労促進を建前に、本命の大規模粛清を決行か」王弟殿下には、住所不定無職へと向けた就労支援補助を軽減したい思惑がある。路上生活(対象)者が多数確認されているのが洞窟城領だ。「殿下は有能ゆえに機会を逃すと踏んでいたのだが」

「ユキヒトの思惑に、タカシ経由で王弟殿下が乗ったのよ」カルラの、それまでも抑えられていた声が、さらに音量を落とす。「あなたが(そそのか)したんじゃあないわね?」

「どうせ唆すのなら、コウイチくんを向かわせないよう誘導するさ」直接の接触は無いが、かの三名はいざ自分達のこととなれば、躊躇なく独断専行に走る節が見える。思い切りが良いだけならば、可愛いものだと見過ごすこともできるが、悪いことに彼らは非凡だ。「自治体警察から統制権を移譲させ(ぶんど)るネタでも持ちかけたのだろうな。在籍出向先のイスタから発注書を回覧する曲芸まで持ち出して、よくぞ描いたものだよ。いっそ感心する」

連邦(隣国)が開戦したこのタイミングで背面に物資を大量搬送って──帝国との両面作戦と受け止められかねないわね。先に洞窟城で騒動があればいいけれど」

「本命を叩く直前に退避先を炎上させるのは定石だ。そのための兵站と誰もに思わせられたら十分に価値がある。連邦からは深く憂慮とくらいは嫌味も飛んでくるだろうが、情勢不安に向ける対応と押し切れば、仕込みの張本人は黙るしか無いだろうな──とはいえ現場が緊張するのは間違いない。だからコウイチを現況調査要員名簿から外したかったんだが」

「なにか、起こるの?」カルラの鋭い視線が、こちらの双眸を射抜く。「洞窟城のセキュリティはずぶずぶよ。潜んでいる人数も定かじゃあ無い。そんなところにコウイチを上がり込ませたりしたら──」

「ロクホウの連中程度なら、自治体警察に注目させてしまえば身を潜めるだろうさ。むしろ問題は自治体警察そのものだな。統制権移譲を冷静に対処いただけるかどうか」

国家地方警察(あたしら)とは犬猿の仲だものね、歴史的に」

 情報交換はこのくらいか、とコウイチたちに顔を向けることで会話の切り上げを促す。洞窟城でなにが起こるのか開示できたなら、話は早かったのだろうが。

「殿下はともかく、国家地方警察の騎士たちは、自分達を上に置くきらいがある」

「知ってる──王弟殿下に念押ししておくわ」

「なら、釣りが必要だな……追っているのはベネディクトくんか」カルラは頷きすらしなかったが、腰掛けていた机から離れても顔を背けない。「タケルが所在をくらましたようだ。いくつかの神具も消えているらしい」

「トヨフツが──そう、ありがと。アルヴォも現地入りするのよね?」

()()()にも立場があるものでね」ふと見ればコウイチがこちらを手招きしている。肩をすくめ、壁から背を離した。「選択の余地が無いのは辛いな」

「手放した、の間違いでしょ」

 カルラの応えはすげないものだった。


 カステヘルミは、不快さに顔を(しか)めていた。

 まったくもって面白くない。

 見つめる先にはコウイチが、アルヴォとカルラを手招きしている。「話が終わったなら、現況調査要員名簿を出してもらえますか」などと、こちらの心配などつゆとも記憶に残さぬ振る舞いである。

 なにをどうしたら歯牙にもかけぬ態度を選択などできるのだろう。

 これほどの美少女がすぐ横に、肩を擦り合い腰を据えるに関わらず、だ。

 初邂逅時には見惚れていたことを見過ごしてはいないぞ。

 引き攣る頬を、それぞれの手で揉みほぐしていると「まあ、解釈次第では──」聞こえてくるのは歩み寄るアルヴォの渋い声だ。

 並ぶカルラに向けているためか声音は言い訳めいている。名簿だろう書面を肩のあたりで振りつつ、気落ちを肩を落として大仰に見せている。

「──現場に連れ出してしまえば、業務から引き剥がせるよ。無理にでもね」

「どうだか」しかし応えるカルラの表情と口調は冷ややかに過ぎた。「そもそも初っ端に名を明記したのはどこのどちらさまでしたっけ?」

「それを言われると辛いところだが」返しつつアルヴォは笑みをこちらに向ける。「庇いきれなかった以上は気を配るつもりだよ──お待たせしたね、レッシナのアルヴォだ」

 一刻も早く会話を打ち切りたいのだろう感情が隠しきれぬままに、アルヴォは後半の言葉をコウイチに投げかけ、左手は名簿の束を、右手は握手に差し出した。

「ティアハイムのコウイチです。初めまして」コウイチも立ち上がり、名簿を受け取りつつ握手を返す。「お名前をちょくちょく耳にしているからか、初対面という気がしませんね」

「まあ、だいたいツグミ関係だろうね──力及ばず申し訳ない。王室法案など手頃な業務で消化したらどうだと嘆願してはみたのだが」

 なんだろう。柔和な人当たりから受ける印象は父性であるのだが、どうにも期待とは真逆の父親像に見えてくる。家庭内での独善を嗜められて、しかし改めるそぶりも見せずに場を誤魔化すような雑な性根、と言ってはさすがに失礼だろうか。

「頑張ったことだけは、どうか理解してもらえるとありがたいよ」

 ──気のせい、じゃあない気がする。なんか苦手だな、このひと。

 実を結ばなかったのは仕方ないとして、だからと費やした労力を誇られても困る。

 しかしコウイチは「面倒な()()をさせてしまい申し訳ないですよ」と意に介した様子もなく言った。「下手に動いて、あの人の想定から外れようものなら、もっと怖いことになりますからね。逆らわないのが結局は無難だと諦めていますから、お気になさらず」

「苦労しているんだな、君も」

 穿ち過ぎだろうか──決めつけるのは早計かもしれない。

 そう思いつつコウイチの手元を見れば、名簿に簡易プロフィール記載の書面が添えられていると気づく。ふとした違和感に座り直す彼の横から覗き込み──信じられない代物に身を乗り出して肩を勢いよくぶつけてしまった。

 そこにある写真が、いつ撮られたのだか覚えのない自分の正面顔だったからだ。

「え、と、待っ……これ、どういう──隠し撮り、にしては……え?」

「ああ、俺らも撮られた記憶は無いなぁ」

 ヤミが宥めるように応えてくれるが、答えにはなっていない。だいたいにして自己評は当人が記載するものじゃあないだろうか。準備したのだろうアルヴォに目をやれど、絡んだ視線には疑問符が浮かんでいる。首も傾げられる始末だ。

 なにか問題でも?

 彼の態度は、明らかにそう語っていた。

「驚くよね」コウイチは、取り出した機能限定端末を机の上に転がすと、経歴書面を丁寧に広げてゆく。指先で描く表意認識動作(ジェスチャー)は複写開始の合図だ。「この世界じゃあ顔写真は個人情報保護の対象じゃあないんだと。で、レッシナは生成ツールの保有が認可されている数少ないクランで──ヤミの講師資格任用根拠は安全衛生管理士免許か。管理者に任命するからよろしく」

 複写映像が書面から浮かび上がる()()から、手のひらで滑らせて宙に立ててゆく。器用にも左手で注記を描けば、離すと同時に清書化した文字列が映像に合成された。

「それ、使いこなしてるの見るの初めてだわ。拝命しますよっと──アルヴォさん、ソアダ立ち会いは継続中で合ってる?」

「ああそうか、元方事業代表はコウイチくんか」アルヴォは複写作業を手伝いながら、ヤミの経歴画像を指で弾いて目の前に跳ね上げる。「現場の巡視照合表は私が連名署名するよ。産業医はビルギッタ女史が明るい。補佐はカステヘルミさんで決まりね」

「ぴきゃぅっ?」唐突な名指しに、喉もとんでもない音を奏でる。会議開催とまでは言わずとも、打ち合わせの場だとの意思確認を経た、その上で決める内容ではなかろうか。情報の整理と何より覚悟を決めるだけの時間を没取されたばかりか、承諾する心構えも問われず役職を指示されるのは、脅迫と同義だろうに。「こ、この場で決めちゃうんですか、いろいろ、せめてこれからなにを決める、のか先に、おし、教えてくれたりなんて、してくれたり、は」

 ただでさえ苦手な発言が、さらに収拾のつかないものに成り果てるではないか。

「この会話が前情報だよ」応えるのはやはりコウイチだ。「提案や修正が出てくるのは前提だから、ざっくりと決めておかないと」

「で、でも、その機会を設けてもらえ、ますかね、ほんとうに」

「無かったら直接、俺に言ってくれたらいいよ──アルヴォさん、これ」そっぽを向いてしまったコウイチは、どこから取り出したのやらわからぬ用箋挟(クリップボード)から書面を外しつつ「レッシナの発注書と在庫確認」と打ち合わせを再開してしまう。「明日の昼までに回答なければ、明後日には連絡票回しますんで、最悪、どこかから支給してもらってください」

「お、おう……コウイチくんは、すごいな」突きつけられた書面を受け取り目を通すアルヴォの笑みは、若干ならず引き気味だ。「改訂(リビジョン)がとんでもないね──簡易通信機を見積に追加計上しておくよ。先日、安全対策基準の更新があって、会社保有資材の持ち込みが許されなくなった。依頼側が保有資産を貸し出すかたちになる。勘定科目は借受金だから振替処理を忘れないように」

「それ、受領書発行で帳尻合わせの常習レッシナさんが言いますかね──基準変更の通達書面の写しの準備お願いします。会議にサコ姐さんかチェスター社長は来ますか」

「ソアダさんは新規支路の支保工計画が継続中だから不参加。議事録回覧で終えるとの話だよ」

「……これまでほんとうに仕事回せてたのか、あの人らは」

 どうやら役割配分の話は終わってしまったらしい。こちらはなにも応えていないのだが。

 ──本番の会議なんて、きっと、ないんだろうなぁ。

 ため息を漏らし肩を落として周囲を見渡せば、ヤミは発注書の束を前にうんざりと頭をかきむしり、コウイチとアルヴォは持ち込み資材の確認に熱が入りつつあり、カルラはなにやら思うところがあるのか、ウロウロと同じ場所を回遊している。

「ソアダさんはね、納品してくれるのはいいけど、リストが後追いか、あっても一致しなくて困るんですよ。文句のひとつは言ってやりたいんですが」

「鉱業撤退するそうだからね。腑抜けていることはまあ、否定できないな」

「納品が過剰なことをいっそ祈るか──検収合わせは避けたいんだけど」

 ──うん。なに言ってるのか、ちんぷんかんぷん。

 コウイチの、冷静な声音とは裏腹に強張る表情が怖い。依頼されて参加するだけの立場では見えてこない苦労があるのだろう。

 さて手持ち無沙汰だ。いっそ顔合わせが始まるまで、時間潰しに外に出てしまおうかとも考えるが、こちとら美少女である、ひとりうろつけば然程の間も無く男性から言い寄られることうけあいだ。ならばコウイチの隣に鎮座するのが最適解だろう。邪魔には思われていないようだから、このまま居座ることにする。

「ところで」ヤミが挙手と共に声をあげた。「イアンタ入りは大丈夫っスかね。メッゼリとアリュヤが情勢不安の渡航警告出してたでしょ。査証(ビザ)発行できます?」

 ぎょっとした目でヤミを見つめてしまった。メッゼリとアリュヤそして洞窟城領は隣国とはいえ双王国の支配域内である。越境制限など経験はおろか聞いたことすらない。「内乱、とか暴動とかです、か?」

「ああ、心配することはないよ」アルヴォが、複写を終えた画像に注記と修正を入れながら応える。その背後のカルラが足を止め、小首をかしげてこちらを見つめているのはなぜだろう。「河川移動で洞窟城領の臨港地区コクネセに直行するから」

 ──それ、情勢不安の答えになってませんよね。

 全ての経歴書面の複写は終えたらしく、今や全ての記載は宙に浮かべられている。その様相はまるで展示会のようだ。ヤミとアルヴォの追記が次々と画像に埋め込まれてゆくのだが、さてなにが書き加えられているのだろう。

「コクネセに到着したら陸路移動になる。イアンタにはかすりもしないから安心していい」

 言いつつ両手の拡大操作(ピンチアウト)で正面に展開したのは地図だ。

「洞窟城正面まで行けないのはどうして?」近づくカルラが地図の裏側から人差し指で、双王国中央を横切る川を差し「コクネセを超えてからも洞窟城まで続いてるじゃん。直行しちゃえば楽だと思うんだけど」となぞってゆく。

 するとアルヴォは画像を挟んだカルラの真向かいから、コクネセと洞窟城をつなぐ川に赤色の線を二本書き入れ、コクネセ正面から洞窟城正面までの川に網掛け処理(ハッチング)を施した。

「随分と昔に起きた自治体警察と国家地方警察の一触即発、などという馬鹿げた騒動を発端に王室が、法を超えて移送(超実定法的)制限を課す措置を強行したんだ。以降、コクネセから洞窟城間の河川侵入は領民船舶に限られている──なんだ、知らなかったのか?」

「使ってないもん」正面からの視線にカルラの頬が膨れる。「直接運搬できるよう解除しちゃえばいいのに」

「カルラは」コウイチが口を挟んだ。「最近、タカシと会っていたりする?」

 ころころと主題が切り替わる会話に混乱するのは、問われたカルラも同様のようだった。しかし慣れがあるのか、彼女はわずかな躊躇を見せただけで「別行動が続いているから」と肩をすくめ視線を一周させる。「最近は知らないけど──どうして?」

「警察機関どうしの諍い、と連動して気がかりがね、ちょっと。現況調査の話が出たあたりから連絡を取れずにいたなと気づいちゃって。まさか暗躍していないかな」

「あー……」カルラの笑みは引き攣っていた。なにかを知っていて、触れないようにしていることがバレバレだ。コウイチも気づいているのだろうが、回答を待っているところを見ると、問い詰めるつもりはないらしい。「最後に話したのは二〇日ほど以前。タカシとヴェンデルが王弟殿下の付き添いで、高級料理のご相伴に預かったって聞いたから忘れようがないわ。双王国それぞれの王太子お二方との相席とかで、味なんてろくにわからなかったそうだけど」

 とたん、コウイチ含めたカルラ以外の顔色が蒼白に染まった。アルヴォですら息を呑んでいる。()くいうこちらも、頭を抱えうめくコウイチに、つい先ほどまでの気安さで接して、はたして良いものなのだか急にわからなくなった。

「ギゼルヘア殿下にクロエ殿下って──なんてとこまで手を伸ばしてんだ、あいつら」

「俺らにしたら、エーデルトラウト王弟殿下もたいがいだけどね」ヤミが、伸ばした手でコウイチの肩を叩き宥める。「式典で遠巻きにしか見たことないわ、そんな殿上人」

「なんていうか」カルラも、コウイチの正面、ヤミと並んで机を挟んだ向かい側に移動すると屈み、机の上に組んだ腕を顎を乗せる台代わりにして、同情の上目遣いを彼に繰り出す。「コウイチも大変よね……一番、自重を頑張ってるのに」

 ヤミが「自重は頑張るものなのかな」と虚空を見上げるが、そこは口を噤むところだろう。

「こりゃあなにか……」抱えたままの頭をわずかに上げたコウイチは、目の前のカルラと視線を交わした。「……やらかしてるだろ。なにを話した?」

「特になにも話していないわ」話してはいないのだろうな、とは伝わる回答である。このひと本当に騎士なのだろうか。素直に過ぎるのだが。「ただ、タカシもユキヒトも、あんたには過保護だものね、なにかと──ツグミが一枚噛んでるって線は?」

「「ない」」

 コウイチとアルヴォが抑揚も同じく言葉をかぶせた。うんざりとした表情と態度までが揃うあたり、ふたりは同じ苦労を背負っているに違いない。

「アレは搦手でしか参戦しないだろう。タカシくんたちの動きに便乗することはあっても協調は──ありえないと言い切ってもいいかな」

 ──ん?

 はたと眉根を寄せたのは、不穏な想定がカチリと音を立てて組み上がりそうな悪寒が背筋をよぎったからだ。

 ツグミとは、コウイチの上司か類する立場のひとだろう。共有する業務の遂行に協力を得られにくそうな相手なのだろう、聞いているとそう思う。

 そしてコウイチの親友ふたりは、どうやら状況を誘導できる立場にあるらしい。それを活用してコウイチに、役割分担を半ば強制的に押し付けようとしている。

 加えてのコウイチ自身の社畜めいた行動だ。説得するだけ無駄なのだろうから、もはやなにも言うまい。ぶっちゃけ会社はなにをしているんだと労基にタレコミたい衝動はあるが、それはいざという時のために取っておこう──

「それに」コウイチがアルヴォの言葉を継いだ。「あのふたりがツグさんに協力するはずがない。まして助力を仰ごうだなんてありえない。足場を崩されるのがオチだし」

「そっ──」

 つい声をあげてしまったのは、頭にある諸々の思考がとうとう組み上がったからだ。

 すると必然、四対の視線が群がってきた。注目されることは忌避の対象だ。だから早く説明しなければと気は急くのだが、さてなにを言おうとしたのだか、頭が真っ白にそまり言葉が出てこない。フリーズとはよく言ったものだ。

「緊張しなくていいから」コウイチの優しい声が向けられる。どんな顔をしての発言なのかは勇気が出ず、確認できない。「なにか気づいたのなら言ってくれるかな。ほら姿勢を正して」

 すい、と近づかれたことになんら反応しなかったのは、コウイチがこちらを意識などしないとの油断からか、それとも肩を擦るほどに接近を続けた慣れがそうさせたか。

 襟周りと袖ぐりをされるがままに直され、腰に手を伸ばされてようやく我に返った。

「だ──だめ!」

 裾を引かれると、ぐいと胸元に圧迫感が与えられる。精一杯隠そうとしていた双丘ではあるが、絞るにも限度はある。慌てて椅子から滑り落ちるように床にしゃがみ込みしばし、おずおずと見上げた先には、きょとんとしたコウイチの様子があった。

 胸元を隠しつつ視線を巡らせると、ひとり女性のカルラが「中身、詰まってたんだ」と配慮もなく言い放ってくれる。その言葉にコウイチを除く男性陣が顔を背けるのがわかった。

 ──だから必死に潰して、ぶかぶかな格好で隠してたのに!

 一五でエールデ(こちら)喚ばれ()た頃はまだ、周囲と比べ大きくはあったものの不均衡までの存在感は無かったのだ。その頃はまだ成長を見せていた背丈に、スラリとした体躯のお姉さんの姿に夢馳せて、無邪気に期待してもいた。見目麗しい自覚はある。言い寄られるなど日常だ。だから慣れと共に意識も定まる。

 ところが裏切られた。華奢な手足に肉はつかず、背丈の追加は打ち切られ、なぜだか肥大をそれだけは続ける乳。膨れる都度に比例して口説きの男性の数は増大する。

 手を出せる年齢と知る男性に近づかれるのは、あの必死さは、ドン引く以前に気が触れたのかと思わんばかりで、それだけで恐怖なのだ。なれば自衛のためにも鍛えはするが、目に見えての実りは成果に乏しい。だからいつでも、体を隠し俯いて早足移動、声をかけられる前に高速移動(逃げ去る)よりほか無いのである。

 怯える日々にさよならをと、とっとと庇護下に落ち着く覚悟で一念発起したこともある。だが、そうしたらしたで、なぜだろう、男性たちから距離を置かれるようになった。手を出すからには長い付き合いの末にいずれ家庭を持つ、そのつもりくらいはあると見込んでいたのだがなんなのだそれは。顔と乳に興味があるだけかお前らは。

 まあ、それはそれで危機回避できているわけだから構わないし良いとして。

「お気づきになっちゃい、まし……たよね、あはは」

 まさか衣類を正してくるような異性にエンカウントなどと誰が想像できよう。この人は異性の目を向けていないばかりか、まさかの保護者視点ではあるまいか。

「いや──」しかしコウイチは困り果てた様子で後ろ頭を掻きつつ言った。「──気づくもなにも君、そうとう大きいよね。隠せてはいなかった、と思うよ……いや、そんな驚いた顔されても困るというか、その胸にコンプレックス抱えていたことは理解したけど」

 狼狽を隠せないコウイチの脇で、カルラが机の下をくぐり抜け彼の背後に立ち「そんなの隠そうってのが無理な話じゃない?」などと呆れ顔でトドメを刺してくる。

 ──長身美人のカルラさんは黙っててくださいっ、言いがかりっぽいから言わないけど!

 危うく睨みつけそうになる感情を深呼吸で散らして、なんとか笑みを浮かべようとするものの、うつむき気味になってしまうのは如何ともし難い。

「その、みなさん、こっちに目をとられちゃって、申し訳なさそうにするのが、なんというか気まずいん、です……よね──お見苦しくて申し訳ない、です」

「視線が向かってしまうのは、ごめん、謝るよ」おたつくコウイチの救いを求める視線は、完全に背中を向けて我関せずと離脱する二名の男性に据え置かれている。無縁を味わい尽くしたのだろう頃合いで、こちらを覗き込んでくるのはそこはかとなく、聞き分けのない子供に言い聞かせるような雰囲気を纏わせていた。「だから、いっそ居直ってくれた方が俺としては──ってなに言ってんだろ、カルラなにかフォローない?」

「助け求められても」

()()ほうじゃん、カルラも。男からの目線をどう処理してるのかなと」

 それは気になる問いかけではあるが、姉御肌な印象は言いよる男性の品質も高いだろうから参考にならないはず──とはいえ気にはなるから、おずおずと顔を上げて回答を待つ。

「あら、コウイチは意外と、そゆとこ見るひと?」

 さすがはカルラである。いたずらっぽい笑みで優位に立つなど真似はできない。

「見ないわけないでしょ、おっぱいだもの」

「そりゃそうよね──でも同性()だって見ちゃうから立場は同じよ」

「見ちゃうって──ズボンの右に流れた逸物(ちんちん)を?」

「そりゃあ目を奪われないほうがどうかしてるわ──じゃなくて今はおっぱいの」吹き出し笑いかけたカルラは、はたと強張り、半眼に細めた目線でコウイチを睨め付ける。「──うすうす察してはいたけど、あんた、あたしに女って意識持ってないわね、さては」

「それでカステヘルミさん、なんだった?」

「うぇへっ?」「こっち片付けてからにしなさいよコラ」

 これまた唐突な話題切り替えだ。驚きはしたが、おっぱいの話をいつまでも引きずられるのも困るわけで、話を切り上げてくれるのならば、それはそれでありがたい。カルラがコウイチを背後から羽交い締めにするのを見つめながら──残念なことに、なにを話していたのだかすっぽ抜けていた。

「えと──えと、なんの話、でしたっけ」

「ツグさんは人を利用はしても協力を求めることはしないし、タカシとユキヒトは、そんな人に手を貸すはずもない。それを聞いて、なにか気付いたんでしょ」

「そうでした、その、あの」「完スルーか」「協力しあっているのなら一件で済むけれど、別個だと当然、それぞれで介入してきます、よね。それって、むしろ状況を悪化、させちゃわないかなー……って」

 するとコウイチは顔を上げ、背後から抱きついているカルラに視線を送る。カルラもコウイチの頭上から視線を受け止め──無言の語り合いののちに「「正解」」とふたり、こちらに人差し指を向けた。

「そのうえカルラさんが動いてるってことは、王弟殿下の思惑もあるのかな」

「答えられると思う?」

 言いつつカルラは、もたれかかるコウイチの頭に顎を乗せて鼻息を吹き付ける。受け止めるコウイチに気にする様子はない。わずかなみじろぎで、背にある彼女の位置を正すくらいか。

 ──なんか、このふたり、距離感いいな。

 などと浮かぶ思いは傍に追いやり、コウイチに注意を向ける。

 ダンジョン内に新たに生成された支路、伴う鉱床調査は、稀有ではあっても段取りの整う通常業務の範囲に収まる。自然環境で形成する地質とは異なり、ダンジョンの鉱物資源予測は()()不可能であるから、本件の現況調査はいわば大雑把に分布を把握するだけの地質調査が主要となる。資源調査は総当たり(上っ面)の経常研究にとどまり、鉱種別詳細調査は別途に研究費用が計上されることで行われる。

 本件は、重要ではあっても積極的開発には至らない前段階だ。マニュアル手順をなぞり、得られた情報を報告する、それだけの業務のはずなのだ。

 だのに聞いているとどうにも()()()()。明らかに重要とされる資源の大量確保ともなれば、多国籍の企業が参加する洞窟城であるから、政治的な横槍でうだうだ遅延するだろうとは、ふんわりとではあっても理解できる。だが、なにもわからぬそれ以前の状況で、なぜこれほどに部外者が関わってくるのだか理解が及ばない。

「思惑がたくさん、だから、もしかしてコウイチさん、の、業務もぎちぎちになってるんじゃあない、ですか?」

「それはそれ、って感じだけどね……」とコウイチは彼方を見やる。

「意外な方向から踏み込んできたわね、この子」引き攣る笑みを向けてくるカルラ。

「そして──」モヤモヤする感情がとうとう優先されてしまった。「──カルラさんは、いつからコウイチさんとお知り合い、なんですか?」

 口をついて出てしまった関心は、問うつもりなどなかったものだから、自身でも内心穏やかでない。どう返されようと困ることを訊いてしまったのではなかろうか。

 だがコウイチとカルラは気にする様子もなかった。それぞれの方向へと顔を上げ「今年初めには違いないかな」「そうそう、タカシの騎士叙勲の席が初対面」と、互いに向けて応える。

「あんたたちはね、遠目に正直、近づきたくない三人だなって思ったのよ。なんか怖かった。だから話してみたら礼儀正しくてびっくりしたわ」

「遠巻きにされるんだよね、三人で並んでると。なんでだろ」

「で、あたしのことはどうなのよ、ね、どう思った?」

「第一印象は覚えてないな──今は、頼りになる姉みたいに思ってる」

「こんの正直者ぉっ!」きゃあ、と悲鳴に似た声をあげながらカルラは、コウイチの頭に全力の頬擦りを始めた。「あんたってばどうしてそうも小っ恥ずかしいセリフ真顔で言ってくださいますかねっくのくのくのっ!」

「──過去形にしていいかな」

「んーもぉ照れなくてもいいのに──あ、ごめんなさい、その冷たい目やめて、傷つく」

「アルヴォさん、顔合わせがこのあとあるって言ってませんでした?」

「ごーめーんーなーさーいーってばーっ!」

 ──訊いたの、あたしよね。

 こちらをそっちのけに、ふたりはなにやら盛り上がりを見せている。

 まったくもって面白くなかった。

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