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勤労の転移者ども ~努力すれども頑張れども、さりとて暮らしは楽にならず~  作者: ぺるでらほにてん
エールデランドへいらっしゃい──転移とジオード、そしてダンジョン
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胎動の隘路・其の三──望まぬ成就の行き先

 デルグを正面に望む広い公園は夜半を過ぎても、治安を考慮してのものだろう、足元に点在する間接照明が散策路をはじめ広場や花壇、緑地を明るく照らし浮かび上がらせていた。彼方に並ぶ商店街は飲食店すら店仕舞いを終えていたが、まばらな人通りが見てとることができる。もうしばらくは、ひとり男性がベンチでくつろいでいても見咎められはしないだろう。

 ベネディクトはタバコをやや強く吸い、吸い口近くまで灰にすると携帯灰皿で揉み消した。視線をつと移動させると、座るすぐ横、ベンチの上に紙挟みで綴じた書面の束がある。ロクホウから返却された、マヌエルの観測結果数値の検証結果だ。

 記載は日本の、なにやらアニメのキャラクターだか舞台だかで数値と単語を変換する多重音字換字(同数暗字変換)で記されていて、お陰様で随分とその作品に詳しく成り果てていた。残念ながら、物語を教えてくれる者がいなかったから、面白いのかどうかはわからない。思いのほかよく知られる作品であるようだから、暗号強度はそれほども無いのだろう。なんとなくではあるが、脆弱性など意に介してすらいないようにも思えた。

「……漏洩を意図しているのかもしれない、か」

 現時点では、ダンジョン内に支路を穿ち路床を生成する程度ではあるが、それにしたところで基礎工事もどきと思えば大変な技術であるのだ。このまま改良を進めれば、地耐力改良を人の手によらず行なえるとベネディクトですら想像できるのだから、切望する技術者も当然いるだろう。

 だから自分達の有用性を示すために、あえて情報を漏らしているのかもしれない──連中にそこまでの計画性が、みくびりすぎかもしれないが、果たしてあるのか疑問だが。

 さておき、今回それらは下地造りの脇役でしかない。目的は転移現象の誘起だ。

 ──向かうことはできないが、呼ぶことは可能。

 あの日、パーテーション越しに聞いたアルヴォの言葉を思い出すと、憤りが募る。サコギに向けて、帰りたいとの思いをバッサリと否定した上で、手段は拉致誘拐(転移)しかないのだと言い放った、そうとしか受け止められなかった。

 サコギがどう捉えたのかはわからない。だが彼女は迷っていた。()()()失敗するように働きかけるべきであったのだ。()()()、できなかった。理由はたぶん、彼女を説得しきれなかった負い目から、なのだろう。サコギのために協力して力になる。彼女を誑かしたフェリクスやマヌエル、そんな二人を胸中で誹り咎めながら。

「……どの口が、ってやつだな。俺も片棒を担いでいるも同然なのに」

 支路生成が小康状態となり、以降、目ぼしい変化は見当たらない。転移誘導は失敗したと思われる。それがマヌエルの見解だった。それを受けたサコギも、隠蔽工作の実行可否をフェリクス宛てに問い合わせている。

 今、真横にあるロクホウからの回答は、()()()()()()()の【重量約五〇キログラムの転移兆候が確認された】との好結果を伝える内容である。

 撤収要望に関する手順も添付されてはいた。退かせるのであれば、迷うことはない、こちらだけを伝えたらいい。実験の成否が問われないとわかっている以上、現場はいつ切り捨てられてもおかしくないのだ。結果が出るまで現場に留まるだろうサコギは、人身御供にうってつけの立場にある。であれば、順調だなどと馬鹿正直に教える必要など無い。

 迷いが決意に変わろうとした、その時だ。

「順調な滑り出しか。嬉しい知らせじゃあないか」

 頭上から降ってきた野太い声に、はっとベンチの上に目をやる。書面が消えていた。背もたれに体重を預け頭を上に向ければ、書面を手にこちらを見下ろすアルヴォの姿があった。

「──驚かせないでくださいよ。いつからそこに」

「ついさっき、さ」ベンチを回り込んで隣に腰を下ろしたアルヴォは、書面を目線の高さに上げて文面に目を滑らせながら「これ」と持つ側と逆の手で指差す。「洗浄を終えたと、君が連絡をくれたんじゃあないか。受け取りに来たのにひどいな」

「当人を呼んだ覚えはありませんよ。ご足労、お疲れ様です」せいぜい皮肉っぽく聞こえてくれたいいと期待しつつ、ベネディクトは皮肉に歪めた笑みを彼に向けた。「今後は、これまでのようにはいかなくなりますよ。数日中にはダリオさんが復帰します。修了証書を発行事務所で差し止め続けるのも限界でしたからね」

「それは困ったな」アルヴォの左手が、上に向けられた自身の顔を覆う。「あれでいて彼、目敏(めざと)いからね。不在中にティアハイムに依頼でき(まわせ)ないかな。洞窟城からは先行回覧されていると聞いているが」

「うちにはユキヒト(有能)がいますからね。彼が書面不備を見つけて指摘したことで、業務保留。即日、カリルト部長が洞窟城名代と面会して、資料の修正と追加を依頼して返却待ち。返却が先になろうが業務開始はダリオさん(課長)の復帰を待てと念押しされました。中間にひとり入る今後は事後承諾や()()()()も困難になるでしょうね」

「逆だね」アルヴォは顔から外した手のひらを空に向け、手の甲を眺めたまま言う。「チェックの項目と経由する人間が増えればミスも素通りしやすくなる──とはいえ、これまで通りにいかないだろうことは了解したよ。当のユキヒトくんは?」

「王室法案による出身国人数制限を理由に業務を返却しています」

「それは救いだな。安心したよ」

 ベネディクトも同感だった。ユキヒトには即時に行動する度胸、曖昧な部分を浮き彫りにできる頭の回転、不明瞭な部分を明確にするまで食い下がる図太さ、それらの全てが備わっている。共に仕事をする分には彼ほどに頼もしい相手はいないが、やらかそうとしている今は、煙たいことこの上ない存在である。加えて──

「まだツグさんがいますよ。ユキヒトの上位互換でしょう、あの人」すでに参戦しているも同然のツグミは、なにかしら勘付いているに違いないのだ。「どこから聞きつけたんだか、部長の名代面会に付き従ったそうです。その当日に、資材と機器の先行手配用にと雛形資料を渡されました。怖いんですよね、あの人」

「ティアハイムのツグミか──」途端、アルヴォの気配から余裕が失せた。「あの人の在り方こそロクホウっぽいんだよね。なにに引っ掛かって食いついてきたんだ」

 さあ。とタバコをふかして吸い口を弾き灰を飛ばす。「フェリクスさんからは、何かをしでかそうとした痕跡が洞窟城に残れば、それで目標はほぼ達成されたとのことだから、今更あの人がどう動こうと状況に変化は無いわけだし──」

「フェリクスで思い出した」

 言葉を遮られたベネディクトの鼻先に、丸められた封蝋済みの便箋が突きつけられた。怪訝に受け取り、懐から取り出したフォールディングナイフで蝋を剥がす。

「これは?」

「フェリクスからのラブレターだよ──いや、すまん、面白くなかったな」

 趣味も気色も悪いジョークに顔を(しか)めつつベネディクトは、便箋の内容に目を通す。いつぞやに言われた書面だ。「注意喚起(マニュアル)ですか」

「ああ。()()()はまだ手元にあるんだろう?」

 記載内容を大まかに要約すれば、周辺にある素性を無作為に特定鉱石に強制変化させる、といった内容だ。だから思わず目を剥いてしまう。「トリウムやウラン──石英化?」

「花崗岩化と聞いたよ。一部触媒の活性回復も含まれるようだ」

「それが事実なら有用どころじゃあ無い。画期的も過ぎる」

「予算を割いてでも研究室を設けたいところだな。環境変化によらない鉱物変化、その発生を意図して適時に指定できるなどと、しれっととんでもないことをやっているよ」

「それをなぜ失敗作だと」

「目的だった転移誘導に結びつかない、だから失敗作なのだと」

 思わず、ポカンと口を開けてしまう。

 その顔を見たアルヴォは、さもあらんとばかりに残念そうな顔を横に振った。

泥男(スワンプマン)は、わかるかな。我々は、元いた世界のオリジナルを元に複製された複製品だと、その仮説を前提にした研究過程が、その失敗作の原型らしい」

「……その仮説と、この結果が結びつかないんですが」

「じゃあまずは分解だ、と。再構成先の指定とジオード生成ができず頓挫したそうだが」

「馬鹿だろ」

 呆れつつもベネディクトの目は文面を追ってゆく。言えば基礎研究段階で初期構想から乖離したから投げ出したということなのだろう。記載を見る限り水準が開発の域にあるのは、現に試作が完成していることからも──コンセプト決定前に試作するなと思いはするが──明らかだ。いっそ好きにやらせようとの趣意もそこには垣間見える。

「ひとつ、お願いが」ベネディクトは思案しつつ、タバコを足下で踏み消し言った。「余剰転用扱いで現場に流したい部材情報があるんで、ティアハイムに現況調査内部と外部の通信機を発注するよう促してもらえます?」

レッシナ(うち)からの購入品じゃあ駄目かな」

現況補佐(ソアダ)が持つだろう納品書に空きを作りたいんですよ」

「──ああ了解した。口座貸しだな。実際の物の移動はどうする」

「明日にでも俺の席に来てもらえますか。お渡しする部材を洞窟城のソアダ詰所に混ぜ込んでもらえたなら、書面上で現況調査用納品部材にでっちあげます」

「しかし、ツグミに勘付かれないか?」

「発注書上はレッシナからの購入品で計上、デルグ(ギルド)の先行手配で余剰代替品処理して現地納品なら、少なくとも現地入りした時点では、調べようと思わない限り気づきもしませんよ。ことが終えて検収まで上がってしまえば掘り返されることもない」

 見ればアルヴォは乾いた笑みを浮かべていた。「慣れたもんだな」と言われたところで、なんら感傷は無い。正直なところ、あるのは罪状に対する法定刑のみで、道義に叶った行動を誰もがとることを前提としているのだから、不正を防ぐ仕組みなど存在しないも同然なのだ。

「じゃあ、また明日」

 どちらからともなく立ち上がり、それぞれ別の方向へと足を向ける。

 ──スワンプマン、ねぇ。

 タバコを取り出しくわえると同時に火を点け、ベネディクトは便箋を腰のツールポーチに捩じ込んだ。

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