胎動の隘路・其の一──悪たれどもの語らい
洞窟城領主名代を努めるムーチェンが、諸官庁への環境影響申告書及び鉱業権取得申請の提出のために王都訪問中だと知ったカリルトは、急ぎ面会の約束を取り付けた。限られた滞在時間での会談であるから、場所と予約の都合で財務省の商談会議室が選ばれ、資材供給基盤整備部のカリルト及び秘書二名と役員一名は箱馬車を借りての移動である。
そして「──なぜいる」とカリルトの心底からの疑問の面持ちが向けられる先には、ティアハイムのツグミの姿があった。「ユキヒトとの会話から数時間も経っていないぞ。あまりに行動が早すぎやしないか」
「いやだなぁ。なにかしら起きてから裏を取ることほど面倒なものはないでしょ」
御者台助手席を含めずに六名収容の箱馬車である。走行方向に左右に並ぶ長椅子は、多少恰幅の良い男性でも三名が余裕を持って着ける余裕があり、一名の空きもある。なのに二人分の席をゆったりと占有するのは、参加予定が無いにもかかわらず率先して真っ先に乗り込んだツグミであった。役員に促されてしまったカリルトたちは順次に席を埋めたものの、所属による無意識の牽制が働いたのだろう、ツグミの隣を避けてカリルトの隣を埋めてしまった秘書二名は若干、居心地が悪そうに身じろぎをしている。
「お前も」若い秘書が気まずくしていると気づいたところでどうにもできず、カリルトは二人を意識から外して半身を乗り出し、ツグミに顔を近づけた。「連中の関与を疑う口か」
「そりゃあね」組んだ両手を頭の後ろに回し、ツグミの視線は車外に向かう。「これまで連中に潰された仕事がどれだけあることやら。動いた分は戴いていますけれどもね。工数が従業員の勤怠時間に満たないもんだから赤字なんですよ実際。そこに新規の支路生成だなんて疑ってかかるなというほうが無理な話じゃないですか」
「それはそうだろうが、お前の場合、他にも含むところがありそうでな」
まあ、ありますが、とツグミはカリルトに体の正面を向け、口元を笑みの形に歪めた。「王室法案にウチのコウイチを指名されましたよね」
「選出したのは私ではないがな」
「あるかないかわからないものは、あると前提して動く、とは誰のセリフでしたっけ」
「あっぷ──知らんな」
「ああ、思い出した、アップルシ──」
「どうでもいい」ピシャリと言い放ったカリルトは眉を顰めつつ、こめかみを指先でさする。ツグミとの会話は油断ならない。のらりくらりと躱されるだけならばまだしも、情報だけ抜き取られて手元になにも残らぬでは持ち出し損である。「便乗が来ると睨んでいるのだな」
さすが。とツグミの口が動くのをカリルトは忌々しげに睨んだ。その形が日本語であるから腹立たしい。「名代の前では、その態度を少しは慎んでくれ。これはお願いだ」
「心しますよ」
ツグミは恭しくもこうべを垂れた。
会議室は、中央に置かれた長テーブルが面積の大半を占めていた。手狭ではあるが盗聴対策が施された防音設備のある部屋である。席次は名代が上座であろう。役員は事業責任者として参加するのみで議題に参加しない上に、真っ先に挨拶を交わす都合から下座に位置。するとカリルトと秘書二名が上座付近に自然と追いやられる──はずが、ここでもやはりど初っ端にツグミが上座手前にどっかと腰を下ろしたものだから、デルグの面々の席取りに混乱が生じた。
やむなくカリルトがツグミの対面に移動するしかなく、役員と秘書が譲り合いに顔を見合わせる。そんななんとも言えぬ空気の最中に、洞窟城領主嫡子のムーチェンは現れた。
ノックののちに扉を開け放ったのは要人警護員である。ムーチェンは朗らかな笑みで「お待たせしたかな」と声をかけての登場──直後にさて踏み入って良いものか迷う雰囲気が漂う室内を見渡し、そのまま立ち尽くしてしまった。「……出直そうか?」
ギルド職員総勢があわてて立ち上がり、取り繕いに役員挨拶が交わされて、座ったままのツグミをカリルトが引きずり起こし、ムーチェンを上座に送るために全員がテーブルの周囲を押し出されるが如く一周する。
……などなどの波乱収束に時間を消費してようやく、会議開始と相成った。
「話は聞いている」ムーチェンの視線が一同を巡り、カリルトで留まる。「洞窟城坑道内鉱業参加企業の、日本出身者の名簿提出の嘆願だったな。イスタとの擦り合わせは、こののちにルシュに向かってからとなるが──かなりの大掛かりだぞ、これは」
すると「どうせなにか起きますよ」とツグミが片手を挙げ、緊張するどころか飄々とした態度で口を挟んだ。ムーチェンが視線を向けるのを待ってから「ティアハイムのツグミです。新規鉱床が見込まれる支路生成の発生というだけでも、諸国の注目は集まります。なのに、騒いでいないんですよね、連中」と肩をすくめて見せる。
「というと?」ムーチェンとしては、ギルドの担当者から話を聞くつもりでいた。なのにハキハキとしたツグミの物言いに釣られ、先を促してしまう。「便乗声明が後追いで出されたところで、報道による対応は可能だと判断していたが、違うのか」
「そこです」机の上に置かれた組んだ両手。その左の人差し指が名代を差した。
まさかの指差しである。やらかすツグミに、張り詰めた空気がその場を満たす。
「──どこかな?」
しかしムーチェンは若干、前のめりぎみに問いかけた。会話のやり取りに心地よさを感じたからだ。だからツグミの無礼や、周囲の緊迫感に気づいていない。
同様にツグミもニヤリと笑い、ムーチェンに顔を近づける。
「報道が逆手に取られているのが現状ですよ。連中が各地の鉱床を穴だらけにしてきたのは周知されているじゃあないですか。つまり、たとえ本件が全くの偶発であったとしても、連中は自分の手柄にできてしまう。するとどうでしょう、後追いの意味が変わりますよね」
誘導されている、と察したムーチェンは、乗った。「機会の選択そのものを、連中に与えてしまっていると、君はそう言いたいのだな」
「王室法案の話題が大々的に報道されたじゃあないですか」
肯定せずに話題を続けるツグミの話術は、それだけでも充分に失礼にあたる。なのに当事者たちが楽しそうなものだから、ハラハラし通しの面々である。
「近日中には現況調査に選ばれるのが日本人だとも流されます。そこで連中が声明のカードを切ってきたのなら」
「安全衛生の全面的な見直しはすでに終えているぞ、と。なにかが潜んでいたなら先手で封じることも可能──なるほど、了解した」姿勢を正し、ムーチェンは「カリルト」とそちらを見ずに声を掛ける。「現況調査見積の返信は、いつごろの予定となるだろうか」
「あ……っと、暫定となりますが、かまいませんか」
──どうして会話をさくさく回してくれないのかな。
ちらと見たカリルトは、どこかオドオドとしたように視線を泳がせるしかめ面だ。不機嫌にも取れるその表情は、どうもツグミに向けられているようである。「かまわない。デルグとイスタの合同会議の段取りをつけるにも、まずは期限を切らねばなるまい」
「一〇営業日をいただけますか。それまでには工程計画を提出します」
「プラス二日で」と、ツグミの言葉がカリルトの語尾に被せられた。「ティアハイムにも準備期間を。あと名代にはこちらをお渡しします」
ツグミの手が、背後に控える警護員に差し出すのは書面だった。警護員は指先で魔力記号を宙に描き、書面全体に滑らせる。毒物などの有無の確認だ。そののちムーチェンに手渡した。
「これは、ティアハイムの信用調査だね」
「私を含む、ティアハイム所属の日本出身者三名の開示も含みます。使用はご随意に。イスタも素直になりましょうから」
これまた無礼千万な物言いである。しかしムーチェンは「助かる」と笑みを返した。悪代官的な笑みに見えなければ良いがと願いつつ。
「では、カリルト」と呼びかけるが返事がなく、見ればひどく怪訝な面持ちがある。「いつの間に」と呟いたように聞こえたが、声をかけたのだから意識はこちらに向けたらどうか。「カリルト」と名を呼びなおし「合同会議に参加してもらうが、良いな」と確認する。
「承りました」
当然そのつもりのはずのカリルトではあるが、会話の流れがどうにも納得いかなかった。
ムーチェンがお付きともどもに離席すると同時に、会議室の空気は一気に緩んだ。
洞窟城領主と御子息は、もとより庶民に理解のある温厚な人柄ではある。だからと油断などできるはずもないのだが、ムーチェンとの会話を終始続けるツグミの態度には、緊張するなというほうがまず無理な話だった。
足は組む、テーブルの上に肘をつく、身を乗り出して指を差し、あまつさえ会話のテンポはノリ任せとなれば、危ういことこの上ない。
「お前、怖いもの無しか」くらいは言いたくもなる。
「さてなんの話だか」とツグミは嘯く。「ああ、ところで、ティアハイムに依頼するのはユキヒト?」
「ベネディクトだ。業務そのものは基本に準じた内容とのことだから、経験を積んでもらう」
「じゃあ、ユキヒトは補佐なんだ」
「ダリオに任せる」
「えー……」ツグミは不満げに両腕を真上に振り上げ、半身を椅子ごと背後に傾ける。「だったら、ダリオ一人に任せりゃいいじゃん。どうせ仕様をまとめるのウチなんだしさ」
「それができれば」と言いかけてあわてて口をつぐむ。ダリオは実は安全講習修了証を失効したまま業務を続けていた。などとは言えるはずもない。名を出す業務に参加できるのは修了証の受領後だ。「ダリオに委ねたところで」カリルトはゆっくりと、抑えた声音で言った。「ベネディクトに下ろされるだけだ。本件に関しては私の監視が行き届く配置が望ましいから──」
「ああ、ユキヒトは役員さんたちの覚えがいいですものね」
「その役員を前にして軽口を叩くなと言うに。というかギルドの配分に口を挟むな」
察した上でからかっているのではあるまいなと睨みつけるが、ツグミはへらと笑い「かしこまりました」と、そこだけは姿勢を正し一礼するのだった。




