至る軌跡・其の五──持ち込む者
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ダンジョン化した坑道を横目に抜けて、さらに洞窟城との巨大な建造物正面を素通りした先の、渓谷と見紛うばかりの広い舗装路は、群れて列を成す荷馬車の侵入に混雑していた。それらは、簡素な造園が施された中央の広場をゆるゆると進み、奥に構えられた、各企業の資材保管庫を目指している。
居住区や詰所そして一般向け商業施設も配置される広大な空間である。鍾乳洞などの観光産業も内部に含んでいるから、資材保管庫は仮囲いといえど美観に配慮が求められていた。ソアダの仮囲いは藤棚の回廊を模した、厳かで繊細なものだ。
しかし所詮は倉庫である。瀟洒なオブジェで見た目を取り繕おうと、内に踏み入れば積まれた資材で段差が形作られるだけの、面白みのない光景となる。かつてあった、溢れんばかりの資材に埋め尽くされていた姿であれば、それはそれで一見の価値はあっただろう。だが今は閑散と空きが目立ち、寒々しくそして寂寞としていた。
現在、搬入が続いている荷物は多く見えるが、容積率を満たせる量などまさか、無い。荷馬車から下ろされ仮置き場に整然と積まれてゆく資材は事実、一人で充分に査収を賄える分量である。庫内には数名の社員が業務にかかっているが、受け取りに立ち会うのはソアダ代表取締役のチェスターだけであった。
さて、チェスターは続々と搬入される荷物を前に不機嫌をあらわにしていた。彼の顔つきは焦燥に強張り、仕草の端々には苛立ちが溢れる。数々の書面と納品物がなに一つ合致しないのがその理由である。準備していた発注リストは視線を斜めに走らせただけで合致が見込めないと判断、チェストテーブルの上に投げやっている。添付されてきた納品書も配送過剰が明らかに見て取れて、追記してゆこうにも記載を上回るとなればもはや検品とは言えまい。正直、送り状に署名などしたくもなかったが、配送の彼らを思えば書かざるを得ない。
証憑書類作成厳格化が関連各位に通知されてから数年が経過してのこの有様である。
曰く、
──業務工程と仕様を見れば資材の検討はつく。
──不備だらけの発注書など見るだけ無駄だろう。
──追加で短納期納品になるのだから四の五の言わずに受領しろ。
である。
チェストテーブルの上で落ちそうに揺れる発注書をしばし見つめて、次いで手元の納品書を顔の高さに持ち上げ大きく息をつく。
「だからと自分らの納品物が書面と合致していないのはどうなんだよ」
元気な声で「失礼します」と一礼し去ってゆく配送業者を見送りながら思うのは、いっそ、直近業務のサプライリストを準備して、即時持ち出しに備えるべきかという逃げの一手だ。在棚管理が崩壊しているとわかっているのだから、せめて新規納品された資材くらいは把握したいところではあるのだが──
「邪魔するよ」
耳に心地よい低音の声がチェスターを我に返らせた。呼びかけの主はルシュのイスタ社員のホアキンだった。老いてなお屈強な肉体のその肩に、自身の半分ほどはある荷物を軽々と担ぐ姿は危なげなく、さすがとしか言いようがない。
「社長自らが領収とは驚きだ」
「たまに現場に出て精神衛生の向上をはかるんだよ」
「本当にそれで気晴らしになるのか?」
「病みそう」「だろうね」
危なげなくとは言ったものの、荷を担がせたままは配慮に欠ける。足元のパレットを指し示して「そこに置いてくれたらいい。それで──それはなんだ?」と問いかけた。
「聞いていないのか?」ホアキンは荷物を下ろして肩を回しながら、呆れ成分が多分に込められた笑みを向け言った。「貴様のとこで自給できなかったらしい資材を流しに来たんだよ」
言われて、はたと気づくものはある。だが明快な記憶がどうにも出てこない。
「聞いた気もするが──駄目だな、最近めっきり記憶が」
「おいおい、しっかりしてくれよ」
などと会話を交わしていると、
「はいはいちょっとどいて。案外こいつ重いのよ」と現れるのは、長物を脇に抱えて小箱を肩に担ぐサコギだ。「てっきりレッシナから来るとばかり思ってたのに、まさかイスタから直発送されるなんてね」
「サコギは、いつここに?」とのチェスターの問いに、
「んー?」とサコギは、書面と現物を照らし合わせて検品しつつ応えた。「来たばかり。着いて早々に、台車に小物積んで引きずるホアキン見つけたものだから、お手伝いしてんの。ついでに現場に補充したい物もいくつかあったし、持ち出すつもり」
「事後承諾が過ぎるんだようちの業務は」などと社長の立場では口にできようはずもない愚痴を、赤毛を掻きむしりながら漏らしてしまう。「ホアキン、サインするから納品書と送り状出して。支払いは窓口で請求──それとも掛け払いが都合いいかな」
「いや、会計を終えてしまいたい。余剰代替え品だからイスタの管理書面をとっとと処分したいんだ」
「あ、チェスター」割り込み気味に呼びかけるのはサコギだ。「これホアキンの検収証明書。チェック済みだから確認して」
「早いな。ありがとう」チェスターは一瞥すらせず受領書と併せてサインを走らせて、クリップで挟んでまとめ、ホアキンに渡した。「今後、お願いすることが続くことになると思うよ、多分。在庫を抱えていられなくなっているからさ」
「それは、アレか」ホアキンは腰に下げていた用箋鋏を持ち上げると、受け取った検収証明書と受領書を括りつつ問いかける。「鉱業から撤退する噂は聞いているぞ」
「本決まりじゃあないが、収支が合わん以上は損切りも必要ってことだ」
「不景気な話だな」肩をすくめ、背を向けようとしたその時、
「あーっ、ちょっと待って!」とサコギが声をあげた。折り畳まれていたバケットを腕の一振りで展開させて、慣れた手つきで資材を投げ込みつつ、「ダンジョン側の正面まで乗せていってもらえない? 台車引きずって向かうには遠いのよ」
などと屈託のない眩しい笑顔を向けられては了承せざるを得ず、「承りました。お断りなどできようはずがありません」とホアキンは恭しく一礼する。
鍛えられた長身と、顔に刻まれる皺が良い味を出して見事な執事然だ。可能なら彼のように年齢を重ねたい物だなと羨みつつチェスターは「サコギ」と呼びかけた。「向かったらついでに現場作業員の勤怠管理を集めてくれるかな。超過勤務してそうなのが何人かいそうなんだ。こっちから言わないと切り上げてくれやしない」
「わかったわ。持ち出し品目ここに置いとくわよ」バケットを正面に抱えて小走りに、サコギはチェスターの正面を横切ってゆく。「お待たせホアキン、じゃあよろしく」
「ああ──チェスター、それじゃあ」
「はいはい、お疲れ様」
ゆらゆらと振られるチェスターの手は、二人の姿が消えると同時にくたんと落ちる。ふらり倉庫内に視線を巡らせれば、奥にあるのは数名の社員が、指示書を片手に資材収集する姿だ。「うん、決めた」
大きく手を振ると社員数名が首を傾げ、こちらに注意を向けてくれる。だからチェスターは声を張り上げ宣言した。
「なあ、ちょっと救援集めてくれ、庶務以外の全員だ。一旦、在棚管理するぞ」
──連中が調子に乗るわけね。
御者台にホアキンと隣席するサコギの肩には、図面ケースによく似た硬い布の筒が背負われている。半身ほども丈のある約六〇センチもの長物で、類する大きさの資材はそうそう無い。それなりに目立つそんな代物を、これ見よがしに担ぎ続けているのだが、ちらと目をやった先のホアキンの横顔には、疑問も興味もなさそうな呑気な表情があるだけだった。持ち込んだ当人であるのに呆れたものである。密輸の片棒を喝がされたと知ったら、どんな反応を見せてくれるのか多少ならず興味はあるが「……言える立場じゃあないし」と口をつぐむことにする。
「本当に入り口付近でいいんだな」微かに、言葉としては伝わらずとも発声は聞こえたのだろうホアキンが、サコギのなんとも言えぬ心境など気づきもせずに問いかける。「洞窟城ならどこまでも馬車が入っていけるが」
「大丈夫よ、ありがとう」ほら、と示した先には、行き交う人々が遠巻きに、しかし注目を向ける巨漢の仁王立ちする姿があった。「あの遠近感クラッシャーに運ばせるから」
「ああ、マヌエルか──目立つな、相変わらず」
「未だに彼の気配遮断術の仕組みがわからないのよね」
「あの体で頭脳労働者というのが、なんというか──人見知りは改善しそうかな」
ホアキンに片手に振られて気さくな挨拶を向けられても、マヌエルは丁寧な立ち振る舞いで深々と一礼を返している。「気遣いが過ぎるのよ、彼は」
肩をすくめつつサコギは、のそのそと荷台へと移動しつつ言葉を続けた。
「威圧してしまうのが怖いらしいわ。だから言葉を詰まらせちゃうみたい」
「難儀なことだな。気遣いなど無用だというのに」
言う間に荷馬車はマヌエルの正面で停車した。荷台のサコギから渡されるバケットを、軽々と受け取りながら「送迎、感謝する」ともう一度頭を下げる。
「いつぞやには世話になったからな。お互い様だ」
「いずれにでも、よろしく頼む」
ホアキンとしては、会話をもう少し続けるつもりであったが、マヌエルはあっさりと背を向け歩き去りはじめてしまった。残念なそぶりを隠そうともせず荷台へと視線を向けると、
「そっけなくてごめんね」笑いながらサコギは荷台から飛び降り、御者台に右手を伸ばした。「今日はこのくらいで勘弁してあげて。今度お礼するから」
「楽しみにしてるよ。それじゃあまた」
握手を返して屈託のない笑顔を浮かべるとホアキンは、離れるサコギを確認してから荷馬車を発進させる。
遠ざかる後ろ姿を見送りながらサコギは、腰に手を当て息を吐き首を左右に振った。仕事人としては思うところが色々とある。だが、密輸の当事者である自覚からなにか言えようはずもない。
「──ほんっと、能天気なんだから」
ようやく呟けたのは、そんな言葉だった。




