表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勤労の転移者ども ~努力すれども頑張れども、さりとて暮らしは楽にならず~  作者: ぺるでらほにてん
エールデランドへいらっしゃい──転移とジオード、そしてダンジョン
73/96

至る軌跡・其の二──唆される者

 サコギの舌打ちは、苛立ちからのものだ。遺品とわかっていてぞんざいに扱う態度は、意図したものなのだろうか。手段としては不快極まるが、感情を荒立てたいのなら大成功だ。だが真意はなんなのか。なんの底意も無いのなら救いようは無いが。

「マヌエル」サコギはストラップを取り、マヌエルに突きつけた。「これ。この馬鹿に触れさせないで。あんたが責任持って預かりなさい。ハシヅメの埋葬先はどこだか知ってる?」

「遺体が返却されているのであれば、場所はひとつしかない」

「お願いね──それで?」

 サコギが言葉を促すと、フェリクスは立てたままの人差し指を、マヌエルの手に渡ったストラップに向けた。「転移の条件には、立ち会う人物だか環境だかの、なにかしら深い縁が絡むのではないかと、以前から想定されてはいたのですよ。ソレは代表例のひとつとなる」

「まさか、人をひとり呼びつけるつもり?」

「その想定で計画を進めているようですよ」

「残念ね」サコギは声が震えるのを抑えられずにいた。これほどに怒りが込み上げたのは、いつ以来だろうか。「知っているのでしょう。あたしの娘は、この世界では生きていけないわ。そんな話にあたしが乗るとでも──」

「脊髄後根障害の解消」

 フェリクスの手がテーブルの上に書面を投げ出した。

 言葉を遮られたサコギは、表紙に箔押しされた図柄に息を呑んだ。

王室紋章(ロイヤルサイファ)──!」

「本物ですよ。これが情報開示のふたつめ」宙で拍子を描いたフェリクスの人差し指が、トン、と書類の束の上に置かれた。「魔力を用いた移動補助具の開発、実用化の話に興味がおありでしょう。あなたがたの世界では、脊髄の一部を選択遮断することで麻痺や痙攣を解消する、との技術があると聞いています。そこに記載されるのは類似した治療ではないかと」

「誰もが受けられるわけではないわ」書面を取り上げて、内容を斜め読みする。内容は眉唾とも思える情報の羅列であるが、荒唐無稽と一蹴もできない。記載にある医師の何名かとは対面したことがあるからだ。「脊髄反射の求心路遮断──対処者は二五歳?」

「彼は運良く、発声発語器官の協調運動障害を解消できていますからね、意思疎通をまず可能としたからこその、ここまでの順調な進捗状況なのだろうと思われます」

「言語障害の解消なんて、そんなのどうやって」

「私は専門ではありませんのでなんとも。ただ、医療機関を紹介することはできますね。ウーゾでは医療専門職支援人材の確保が急務でして、教育訓練に注力していますから」

「お構いなく。直接、何人かに裏を取るから」

「では」サコギから書面を返されたフェリクスが、姿勢正しく立ち上がり一礼する。「快い返事をお待ちしていますよ」

「ひとつ、最後に教えてもらえるかしら」

 質問は予想していたのだろう。「なんなりと」と返すフェリクスにサコギは、降参とばかりにため息を漏らし、言った。

「人ひとりを移動させるだけのエネルギー資材を、ダンジョン内で励起させるつもり?」

「坑内で大量の質量欠損などと、私も疑問に感じましたが──どうやら不運にも条件が揃ってしまったようです。まあ、その辺りはお返事を待って詳細をお話しするとしましょう」


「──それで、どうする」

 フェリクスが去るのを見送ったマヌエルが、ぼそりと問いかける。

「そうね」サコギは、組んだ両手に額を乗せて俯いたまま返した。「とにかく、さっきの治療法を問い合わせてみる。臨床試験は進んでいるようだから、治験までどのくらいを目標にしているのか、そのくらいは教えてもらえるはず」

「訊いているのは、その先のことだ」

「わからないわよ」みじろぎもできずに、感情的にならないよう、呼吸を整えながら、サコギの言葉が続く。「──四年よ。向こうに置き去りにして、こんなに経ってしまった」

「聞く限りでは、サコギの娘は、サコギがいなければ駄目だろうと言える。そして戻る手段は無い。やるべきだと、考える」

 彼にとっては、情報を開示した、ただそれだけのことなのだろう。

 帰ることができないのなら呼び寄せる、それを考えなかったわけではない。

 だが、その手段が準備されるだなどと、どうして想像できる。

「……仕事に戻るわ」


「──こんなことなら、路上販売の軽食で済ませるんだった」

 ほぼ真後ろの席で頭を抱えるのは、イスタ(ギルド)傘下はダナーリーに勤務するサレハだ。どこかネズミっぽいと評される顔立ちが、今は歪んでいる。その表情は、苦悶だ。

「人避けで座っとくだけじゃあなかったのかよ、マヌエルさんよ」

「話は、わかったな」

「あぁ、はい、ろくでもない話でしたよ、まったく」

 ちらと目線を上げて、テーブルを挟んだ向かいにあるベネディクトの様子を伺う。伸び晒しの黒髪は頬に垂れて、グラスを口に当てたまま、茶色の瞳を彼方に向け続けている。

 待てどもなんら反応を返さないことにため息をつき「あのな」とサレハはベネディクトに向かい身を乗り出した。「忠告しておくぞ。関わるんじゃない。俺は手伝わないからな」

「構わん」言葉を返すのはマヌエルだった。「邪魔をしなければそれでいい。なにも知らなければ意図せず妨害する懸念があった。だから聞かせた」

「つまりルシュ(双王国全域)にまたがる厄ネタってことかよ」サレハの鼻が鳴り、半身は背もたれに倒れ込む。片手をひらひらと振り「わかった。ダナーリーにそれっぽいの来たらやり過ご──」

「あんたは」黙っていたベネディクトが、かくんと首を傾げてマヌエルに顔を向けた。「姐さんの味方だと思っていたんだがな」「ベネディクト、やめとけ」

「そのつもりだが。なにか問題か」

「残酷だとは、思わなかったわけだ」テーブルにグラスを置いた。手にあると投げつけたくなる衝動が抑えられなくなる。「あんた、最低だよ」

「聞いていなかったのか。手段は、終えた後で聞かされてもなんの価値も無い」

「あのな」本心からの言葉なのだろうか。ベネディクトは笑うしかない。「やる、やらないの決断を当人に強いるのは、無責任以上にタチが悪いんだよ」

 立ち上がるマヌエルは、ベネディクトを一瞥するとしばし目線をぶつけ合い、足を踏み出すと同時についと顔を背ける。

「肝に銘じておこう」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ