至る軌跡・其の二──唆される者
サコギの舌打ちは、苛立ちからのものだ。遺品とわかっていてぞんざいに扱う態度は、意図したものなのだろうか。手段としては不快極まるが、感情を荒立てたいのなら大成功だ。だが真意はなんなのか。なんの底意も無いのなら救いようは無いが。
「マヌエル」サコギはストラップを取り、マヌエルに突きつけた。「これ。この馬鹿に触れさせないで。あんたが責任持って預かりなさい。ハシヅメの埋葬先はどこだか知ってる?」
「遺体が返却されているのであれば、場所はひとつしかない」
「お願いね──それで?」
サコギが言葉を促すと、フェリクスは立てたままの人差し指を、マヌエルの手に渡ったストラップに向けた。「転移の条件には、立ち会う人物だか環境だかの、なにかしら深い縁が絡むのではないかと、以前から想定されてはいたのですよ。ソレは代表例のひとつとなる」
「まさか、人をひとり呼びつけるつもり?」
「その想定で計画を進めているようですよ」
「残念ね」サコギは声が震えるのを抑えられずにいた。これほどに怒りが込み上げたのは、いつ以来だろうか。「知っているのでしょう。あたしの娘は、この世界では生きていけないわ。そんな話にあたしが乗るとでも──」
「脊髄後根障害の解消」
フェリクスの手がテーブルの上に書面を投げ出した。
言葉を遮られたサコギは、表紙に箔押しされた図柄に息を呑んだ。
「王室紋章──!」
「本物ですよ。これが情報開示のふたつめ」宙で拍子を描いたフェリクスの人差し指が、トン、と書類の束の上に置かれた。「魔力を用いた移動補助具の開発、実用化の話に興味がおありでしょう。あなたがたの世界では、脊髄の一部を選択遮断することで麻痺や痙攣を解消する、との技術があると聞いています。そこに記載されるのは類似した治療ではないかと」
「誰もが受けられるわけではないわ」書面を取り上げて、内容を斜め読みする。内容は眉唾とも思える情報の羅列であるが、荒唐無稽と一蹴もできない。記載にある医師の何名かとは対面したことがあるからだ。「脊髄反射の求心路遮断──対処者は二五歳?」
「彼は運良く、発声発語器官の協調運動障害を解消できていますからね、意思疎通をまず可能としたからこその、ここまでの順調な進捗状況なのだろうと思われます」
「言語障害の解消なんて、そんなのどうやって」
「私は専門ではありませんのでなんとも。ただ、医療機関を紹介することはできますね。ウーゾでは医療専門職支援人材の確保が急務でして、教育訓練に注力していますから」
「お構いなく。直接、何人かに裏を取るから」
「では」サコギから書面を返されたフェリクスが、姿勢正しく立ち上がり一礼する。「快い返事をお待ちしていますよ」
「ひとつ、最後に教えてもらえるかしら」
質問は予想していたのだろう。「なんなりと」と返すフェリクスにサコギは、降参とばかりにため息を漏らし、言った。
「人ひとりを移動させるだけのエネルギー資材を、ダンジョン内で励起させるつもり?」
「坑内で大量の質量欠損などと、私も疑問に感じましたが──どうやら不運にも条件が揃ってしまったようです。まあ、その辺りはお返事を待って詳細をお話しするとしましょう」
「──それで、どうする」
フェリクスが去るのを見送ったマヌエルが、ぼそりと問いかける。
「そうね」サコギは、組んだ両手に額を乗せて俯いたまま返した。「とにかく、さっきの治療法を問い合わせてみる。臨床試験は進んでいるようだから、治験までどのくらいを目標にしているのか、そのくらいは教えてもらえるはず」
「訊いているのは、その先のことだ」
「わからないわよ」みじろぎもできずに、感情的にならないよう、呼吸を整えながら、サコギの言葉が続く。「──四年よ。向こうに置き去りにして、こんなに経ってしまった」
「聞く限りでは、サコギの娘は、サコギがいなければ駄目だろうと言える。そして戻る手段は無い。やるべきだと、考える」
彼にとっては、情報を開示した、ただそれだけのことなのだろう。
帰ることができないのなら呼び寄せる、それを考えなかったわけではない。
だが、その手段が準備されるだなどと、どうして想像できる。
「……仕事に戻るわ」
「──こんなことなら、路上販売の軽食で済ませるんだった」
ほぼ真後ろの席で頭を抱えるのは、イスタ傘下はダナーリーに勤務するサレハだ。どこかネズミっぽいと評される顔立ちが、今は歪んでいる。その表情は、苦悶だ。
「人避けで座っとくだけじゃあなかったのかよ、マヌエルさんよ」
「話は、わかったな」
「あぁ、はい、ろくでもない話でしたよ、まったく」
ちらと目線を上げて、テーブルを挟んだ向かいにあるベネディクトの様子を伺う。伸び晒しの黒髪は頬に垂れて、グラスを口に当てたまま、茶色の瞳を彼方に向け続けている。
待てどもなんら反応を返さないことにため息をつき「あのな」とサレハはベネディクトに向かい身を乗り出した。「忠告しておくぞ。関わるんじゃない。俺は手伝わないからな」
「構わん」言葉を返すのはマヌエルだった。「邪魔をしなければそれでいい。なにも知らなければ意図せず妨害する懸念があった。だから聞かせた」
「つまりルシュにまたがる厄ネタってことかよ」サレハの鼻が鳴り、半身は背もたれに倒れ込む。片手をひらひらと振り「わかった。ダナーリーにそれっぽいの来たらやり過ご──」
「あんたは」黙っていたベネディクトが、かくんと首を傾げてマヌエルに顔を向けた。「姐さんの味方だと思っていたんだがな」「ベネディクト、やめとけ」
「そのつもりだが。なにか問題か」
「残酷だとは、思わなかったわけだ」テーブルにグラスを置いた。手にあると投げつけたくなる衝動が抑えられなくなる。「あんた、最低だよ」
「聞いていなかったのか。手段は、終えた後で聞かされてもなんの価値も無い」
「あのな」本心からの言葉なのだろうか。ベネディクトは笑うしかない。「やる、やらないの決断を当人に強いるのは、無責任以上にタチが悪いんだよ」
立ち上がるマヌエルは、ベネディクトを一瞥するとしばし目線をぶつけ合い、足を踏み出すと同時についと顔を背ける。
「肝に銘じておこう」




