至る軌跡・其の一──選ばれた者
クランは本社所在地を、基本的に双王国はガルデもしくはルシュとしている。ギルドを含む転移者就労機関の前身が国家の行政機構であることを鑑みれば、ごく自然のことである。
すると社屋も古くより使用される建造物が継続利用し続ける企業が多くなる。傍目には重厚で威厳を感じさせる作りではあるが、老朽化により耐久面で難が出始めている。
双王国のガルデ側、デルグ傘下企業のウーゾに所属するフェリクスは、天頂に聳えるそんな寺院建築もどきを見上げ、生真面目そうな表情を若干の笑みで染めた。
「生まれ育った身としては、古臭いだけと思うだけなんですがね」
一見すると営業職を思わせる小綺麗な身なりの彼に並ぶのは、色合いも素気ないシャツとズボンに巨漢を包むマヌエルだ。「働く者と、しては、不満など無い」
先に足を進め正面玄関に向かうマヌエルを、フェリクスは首を横に振り、ゆっくりとした足取りで追う。マヌエルはその巨体に見合わず、かなりの人見知りである。知り合ってから一年は経つ間柄にもかかわらず、いまだに言葉選びに苦労する様子にはやや不満なものを抱いてしまう。仕事となればその語りは流暢なのだから、いっそ割り切ってもらえないだろうか。
ふと向かう先が事務室でないことに気づき「そちらは食堂では?」と問う。
「今時は昼だろう。彼女はいつも遅れて食事を摂る」
「ああ、でしたら我々も食いっぱぐれていることですし、なにか食べましょうか」
返事はなかった。親密度を上げるのも、なかなかに多難のようだ。
サコギが所属するソアダは、食材流通業を主な営みとしている。かつては掛け払いの卸売が売上の大半を占めていたのだが、近年の依頼減少に伴って、一般向けの小売や飲食店経営比率がじわじわと上昇、実質的な主業に置き換わる状況にあった。それゆえに国民がソアダと聞いて抱くのは、複数の銘柄で飲食店を展開させている企業との印象である。
その背景からソアダの社食は、品揃えと味に関して他企業と比ぶべくもない。サコギの生活において唯一、手放しで楽しみと言える時間が、ここでの食事だった。昼食には遅い時刻ではあるが、社外にも解放されている食堂だから注文に支障は無い。
四角い盆に食事を乗せ、ひとけもまばらな座席を見渡すサコギは、離れた一角に腰を据える先客が手を振っていることに気づいて怪訝に片眉を上げ、それが誰だかわかると「げ」と露骨に表情を顰めてしまった。
底意がなさそうに見える笑顔を向けてくるのはフェリクスだった。なにかとゴリ押しの過ぎる人物であるから、良い印象はあまり無い。しかし彼は、補助支援人材の教育や実地訓練の提供、国家資格取得扶助を行うウーゾの窓口の立場にある。無碍にできるわけがなかった。
「ちょっと、かんべんしてほしいわ」
なにより、である。彼の副業を思えば関わり合いにならざるを得ない。その隣におとなしく鎮座するのがマヌエルであるから、表の用件では、まず無いだろう。
「わざわざのご来訪ご苦労様。で、ソアダに営業に来たってわけじゃあなさそうね」同じテーブルではあるが向かい合わせを避けて、ひと席ずらして座るのはせめてもの抵抗である。「食事は美味しくいただく主義ですので、終えるまで待っていただけます?」
マヌエルに非難めいた視線を送るが、もとより感情表現の薄いマヌエルである、いくらかも損傷を与えられたか判断がつかない。
「ええ、まったく構いませんよ」フェリクスが食事を、満足げに口に運びながら人好きのする表情で応えた。「奇遇にも、私も食事は集中して摂る主義ですから」
──だったら食事を終えるまで隠れていたらいいじゃないの。
席を移動しようかとも思ったが、いまさらである。味気なくなってしまった料理に色彩が戻るわけでもない。ご飯が不味くなったとの皮肉にも応えない様子がまた憎たらしい。
しかし料理に罪はなく、サコギはせめてゆっくり食べようと丁寧な咀嚼を心がけた。
「あっちこっちで連中、バカやらかしているそうじゃない」
空になった皿をサコギは、盆の上に積み上げながら言った。声が届くだろう席に、食事中の客の姿があるが知ったことではない。
「人様の職場に爆竹投げ込んで無事に済む、なんてお気楽な頭がちょっと羨ましいわ」
「話が早そうでなによりですよ」フェリクスはハンカチで口元を拭いつつ、ちらとマヌエルに視線を送る。「はっちゃけてみないか、などと促すつもりはありませんが、紹介を受けましたからね。なのでこれは提案です、善意とまでは言えませんが」
どういうこと、とサコギが向ける目線を、マヌエルは涼しい顔で受け止める。
「内容の貴賤はさておき、判断は委ねるべきと考えたのだ」臆する様子も無く、自身を含む三つのカップに白湯を注ぎながら言う。「いずれは知ることになっただろう。のちに話は聞いていた、などと知ればサコギは不満を抱くのではないか」
「お気遣いどうも──それが善意だろうと厚意だろうと」マヌエルからカップを受け取り、口に運びながらサコギはフェリクスを横目で睨んだ。「愉快犯に協力する理由になんてなるものですか。あたしに話を振るってことは、現場は洞窟城よね。聞いているだろうけれど、ソアダは鉱業部門を解体して飲食に舵を向けるつもりよ。洞窟城が最後の仕事になるのはほぼほぼ確定。参加する全員が有終の美を飾ろうと真剣なの。そこでやんちゃをしようって?」
一息に吐き出すサコギに返される、フェリクスの不本意そうな笑みはひどく胡散臭い。彼は優秀なのだ。どれだけ正論をぶつけたところで、まず日和ることは無いだろう。
「なんなら領主殿に正式な嘆願書を送ってみたらどうかしら。案外、乗り気になってくれるかもね」
「まあ、そうもできない事情が生じまして」言いながらフェリクスが胸元から取り出すのは、サコギもよく知る子供向けアニメのストラップだ。「あなたがた転移者の、特に日本ではよく知られる人気のキャラクターだとか」
テーブルの上に置かれるストラップに、サコギは目を細めた。「娘に買い与えたことがあるわ。これがどうかしたの」
「ふたつ、情報を開示しますね」ストラップを前にフェリクスは組んだ両手を起き、右手の指を二本立てて見せ、うち中指を折った。「連中の、アリュヤ領での支路生成実験中に予期せぬ事態が起きました。コレが呼ばれたのですよ。簡易な転移現象です」
転移、と聞いた途端にサコギは顔つきを険しくした。
だから、なのだろう。フェリクスの笑みが頬の皺を深く刻む。
「裏に、ほら」ストラップを返して裏を向け、貼られた小さな名札シールを指し示す。「ひらがな、というのでしたか」
細かい文字はさすがに読み取れず、サコギは手に取り目を凝らした。
「《はしづめ、ひな》……?」
「ウーゾのハシヅメはご存じでしょう。彼がグローブに残してきた、娘さんの私物だと」
とたん、素手で持つことが憚られて、サコギはそっとテーブルに置いた。ハシヅメと聞いて思い出すのは、寡黙で喧嘩腰な中年男性だ。仕事を真面目にこなそうとするのだが、失敗が多く指示されたことをちょくちょく忘れて叱られていた印象がある。
「なぜ彼の娘の私物が呼ばれたの」
「その場にいたからでしょう」白湯で喉を潤したフェリクスは、テーブルの上に身を乗り出すと、抑えた声で続けた。「順を追って説明しますね。勤怠態度でウーゾを解雇されたのち、彼はロクホウに身を寄せていたようです。各地で騒動を起こしては嬉々とはしゃぐ姿が目撃されていますから、仕事によほど不満があったのかなと──まあ、それはさておき、支路生成実験が成功して、いつものように騒ぎながら遁走しようとした矢先の皆が注視する中、小規模ながらジオード生成が始まったそうです。講習教本など知らずとも退避するのが普通ですが」
「──ハシヅメは逃げなかった」
「ええ、転移は場を整えるのと同時に始まりますから、彼は現れた──」コツとフェリクスの指先がストラップを叩いた。「コレを先に見たのでしょうね。ジオードが生成されるのも待たずに掴み取り、その場に泣き崩れたと聞いています」
「フェリクス」フェリクスの指がストラップを叩き続けていることに、サコギは声に険をこもらせる。「やめな」
「おっと、これは失礼。ともかくその場から動かなかったために、ハシヅメは自治体警察が身柄を確保して、すぐに国家地方警察に送致された。そのあとしばらくして勾留先で死亡。死因は公開されていません。そしてコレは返却された遺品のうちひとつ、というわけです」




