おおよそ気の迷い、または衝動・ 其の六──崩落に閉じ込められたら
転移の只中にあり、成長を続ける魔力結晶の球面が、見る間にエルノの腰の高さにまで組み上がってゆく。
その壁を乗り越え、彼はジオード内に飛び込んだ。球欠内を、結晶の草原を踏み砕きながら滑り降りてゆく。その先には、人の形を取ろうと揺らめく物体がある。女性だ。長い黒髪をまとわりつかせて、ゆるゆると回転している。
アルヴォもジオード内に飛び込んだ。結晶を破壊しながらエルノに腕を伸ばす。そのまま抱えて反対側に抜けるつもりだった。だが、人の形をしたものを目にした彼は、躊躇した。
空間の歪みが消えて、転移者の女性がくっきりと影を結んだ。重力に捕まる。すとんと、落ちる。頭から。
「こなく、そっ!」
真下に滑り込んだエルノがしゃにむに女性を受け止め、もろともに転がった。遅れてアルヴォが二人をひとまとめに抱き抱え、背中からジオード内の結晶の針山に背中から倒れ込む。
ジオード形成がその挙動に呼応した。彼らの動きとは真逆の、コウイチたちが立つ側に向けて、魔力鉱石の変化がゆらりと滑る。思わず身を庇うコウイチたちをすり抜けた魔力が、触れた一帯を結晶化する。直後、支路の天井に大きなヒビが穿たれた。
「ダメだ」ビルギッタがカステヘルミを背から捕まえて小脇に抱え、コウイチとヤミの背を順に叩く。「こちら側に向けて形成効果範囲が損壊した。ジオードを抜けて奥に向かうよ」
言葉を合図にしたかのように、入り口付近の天井が落ち、壁が雪崩れ込み始める。
球体を描くはずだったジオードが歪に支路の床を刮いでいたから、全員が結晶群を踏み砕きながら奥へと急いだ。ビルギッタの補佐で形成範囲を順に抜けてゆく中、コウイチはつま先に現れた大きな結晶につまづく。
突如、間欠泉のように伸び上がった床面に突き上げられ、視界がぐるりと回る。
天井に背を打ち付けた。息を詰まらせながらも落下位置を確認する。壁面、床、そして天井の岩肌がこれまでにない速度で鉱石に転化、自重で崩れ、砕けて落ちてゆく。床の一部から生じた大きなヒビが八方に走り、螺旋を描く。天井が岩盤もろとも大きく外れた。
まずい。
まともに着地できるとは考えない。手足のいずれかを捨てる覚悟を決めたコウイチは、体を丸めて両手で頭を庇った。
「まかせろっ!」「コウイチさん!」
ヤミとカステヘルミの声が聞こえた。背中と腰に衝撃が来た。目をひらけば両脇から二人が覗き込んでくる。背中はヤミ、腰と膝をカステヘルミが受け止め、支えてくれたのだ。
「ありがとう」言いつつ体を捻り着地すると、三人で支路の奥に移動する。
支路の奥はまさに自然洞窟といった体で、人二人が並べる程度の隙間が巨岩をよじのぼった先に口を開いている。上からアルヴォとビルギッタが腕を伸ばして三人を、順に隙間に引き摺り込む。
その間も魔力の結晶が所構わず形を成し続けて、次々に転げ、砕け、支路内部に降り積もってゆく。
それらが響き渡らせる爆音が、一際大きな轟音を最後に静まり返った。
頭を両腕で保護していたコウイチは、ゆっくりと顔を上げて出口があったあたりを見つめる。
ばら撒いてあった灯具は大半が、崩れた土砂に埋もれてしまった。薄暗い中を砂埃が濛々と舞う。細かな破片がパラパラと降り続ける。そして魔力結晶の壁が煌めいて聳え、支路と本道を隔て立ち塞がっている。
コウイチは、おそるおそる体を起こす。関節を指先から順に折れていないか確認しながら立ち上がる、それだけのゆとりがありながら視線は、こちらを閉じ込めた壁から離せなかった。
魔力結晶から微かに聞こえる音は、チリチリと耳に涼しげな響きではあったが、かつて閉じ込められていた記憶を抉り掘り起こしてくる。それは不快だった。たぶん、この場の全員がそうであっただろう。
「……二度と、お目にかかりたくはなかったな」
呟き、じわりと込み上げてきた衝動に怖気を抱く、そんな自覚にコウイチは足元を力任せに蹴り付けた。