潜んでいた者・其の六──飛耳長目
──ひとりくらい、理解者がいてもよさそうなものだけどねぇ。
ゆるりと見渡した先にある、サコギに向けられる周囲の視線は、なまじ信頼が高かったがゆえの失望なのだろう、あまりに冷ややかで非難めいてすらいる。直接の抗議がダフニーとマヌエルだけなのは、これまでに培われたサコギの人徳からのものか。
ツグミは表情に出さずに内心、ため息を漏らした。一〇代半ばの日本人女性というワードによって感情を爆発させた彼女だが、それがどれほどに身勝手な言い分だか、この場においては誰よりも理解できているはずである。だから協力してやれなどとは言わないが、聞く耳くらいは持っても構わないだろうに、とは思うのだ。
──みんな、こっちの世界に慣れすぎてるかな。
この場の面々は、必要に駆られたとはいえ求められた全てを努力で掴み取った、いみじくもサコギが述べた通りに特別な者たちだ。それだけに自他を問わず『できない』は『やらない』にあっさりと結論する。うまくいかない、わからないなどの後押しを求める相談にも、続けるか諦めるかの二択を迫るのが彼らだ。しかも紛うことのない善意からである。向き不向きには寛容、焦燥には鈍感、重荷には辛辣。そうして心を折られて姿を眩ました転移者も少なくはないのだが、それはさておく。
ともかくサコギは、すでに見限られている。業務の妨げになる発言を続けていることは事実ではあるし、そもそもにして方針や変更要望をなんら提示せずに感情論ばかりを連ねているのだから聞くに堪えたものではない、といったところか。
ツグミは、彼らが集まる大きなテーブルに歩み寄りつつ、すれ違いざまに作業員の手元から書面を抜き取った。ざっと記載を斜め読みすると、ジオード発生による内壁補強が想定されるにもかかわらず救助作業が滞っている理由が、そこにあった。
「ふん」と鼻で笑うツグミの手が、書面を背後へと肩越しに回す。「ほい、チェスター」
「あ、え?」戸惑いつつも手を伸ばし、取り落としかけながら両手ではっしと捕まえた書面をチェスターは、顔を覗き込ませて文面に目を走らせる。そして怪訝な表情が驚きに変わった。「自己反応、発熱性を持つ揮発性物質の生成を確認?」
「おいそれと壁をぶち抜けなかったわけだね」
「なぜ、わかった時点で──」
「それは今、言うことじゃあないね」チェスターの言葉を遮るツグミの手が、テーブルの上の書面の束をバサバサと広げてゆく。「上司不在で都度の報告ができなかった、と言われたらそれまでなんだし。物申したい心情は理解できるけど、まあこれも仕事のうちよ」
「ツグミくんはいつもそれだよ……で、どんな状況なんだ」
「お願いよ、チェスター」
口を開くのはサコギだ。素直に嘆願する彼女など想像もしていなかった二人は、思わず顔を見合わせてしまう。マヌエルを押し退けるように──体躯の差がありすぎて回り込む形ではあるが、テーブルを跨いだ向こう側から身を乗り出して、こちらに必死な顔を向けてくる。
「洞窟城全域の封鎖を申請してほしいの。伴い、退避する全ての参加企業に資材提出の協力を要請。坑内にある希釈溶媒をできるだけ多く掻き集めて」
「ここまで状況がおおごと──」なのだろう? とツグミに問うてしまうのがチェスターの残念な部分だ。あれほど散らかされていた書面を見る間に片付けてゆくツグミが「これ以上となく」と答えるのを待って、「おおごとになるまで秘匿していなければ可能だっただろうが、後者は無理だ。封鎖申請は間違いなく通せるが」
「それに」ツグミが、書面記載を斜め読みで選り分けながら言った。「全域の封鎖は緊急退避によるものになるよ。つまり、あらゆる作業の停止だね。自治体警察に現場を奪われるのは、姐さんの望むところじゃあないんじゃない?」
ちらと目線を上げればサコギは、テーブルの上で整頓を終えようとしている書面の束の群れを、苦々しい面持ちで見つめている。
「……王室の救命資格所持者がこの場に出てくるまでは、ソアダの管轄よ」
「狙いは?」最後の一枚を山の一つに乗せ、ツグミは諦めの吐息を漏らす。「魔力鉱石の変質を確認した直後には、ソアダでは手に負えない状況だと判断できたはずでしょ。対策しようにも必要資材が無いんだから。早期対策が必ずしも好転材料にならないとはわかるけれどね、どうして今なのさ。報告を留めていた理由はなに?」
「あなたにだけは、知られたくなかったからよ」
「それは残念だったね。知っちゃったよ、今」
ふざけた態度を見せて反応をうかがってみるが、サコギに気にした様子はない。ただ睨みつけて、不満げに言う。
「あなたは、ほんのわずかな情報からでも全容を把握する。資料の全てに目を通して把握したのなら、私が黙っていた理由にも見当がついているんじゃあないの」
「そりゃあ、まあ」並んでいるソアダの作業員を見渡し、馴染みのある五名を指で招く。この場において、まさか彼ら以外に代表者を任せられているとは思えない。胡乱を隠さぬ顔で近づいてくる彼らそれぞれに、整頓した書面の束を差し出す。「姐さんの口から聞きたいかな」
背後に控えるティアハイムの社員が、意を得たとばかりに動き出した。ソアダの五名、そして集まる作業員たちとティアハイムの社員が、リビューのために円陣を組む。
「あなたは即座に、撤収を決断するわ」
サコギの言葉にチェスターが「そうなのか?」と小声で問いかけてくる。だからツグミは呆れ顔で「安全が確保されない救助だなんて、誰も許可しないでしょ」と応えた。「うちらは採鉱員の集まりでしかないよ。安定しているように見える燃焼は遅延しているだけで、いつ加速するかわからない。うちの社員は助け出したいけれど、火遊びはごめんだね」
「手はあるのよ。ただ保有資材が足りない。外部からの納品も期待できないから、洞窟城坑内にある企業に協力をお願いしたいの」




