潜んでいた者・其の三──魔法少女
改造は手間では無い。水晶膜上に記載されている回路を指でなぞり、水転写シールのように浮かび上がらせて目的の場所に移植する。ただそれだけのことだ。
だが現場判断で、はたして改造を施して構わないものなのだろうか。
現場のいち担当に過ぎないのがダフニーとアルヴォである。意思決定をリーダーに仰ぎ委ねたいところなのに、当のチェスターは姿を眩ませて久しい。となればサコギであるのだが、視線を巡らせどこちらも見当たらない。
「……どうしてこのタイミングで言っちゃうかなぁ」
持ったままの筆記具を指の股でくるくると回し、通信機の水晶膜をじとと見つめる。未使用箇所から必要回路を探して選択するのは、半ば無意識だ。半歩近づき、周囲に誰もいないことを確認。うず、と身じろいだのちに、指先を回路の上に乗せる。
「やることは決定事項、なんだろうけれどもさ」言いつつ、回路記号を優しく弾いて空中に浮かべてゆく。筆記具の先を小さく回すと、浮かぶ回路が意志持つように整列した。「アルヴォさんじゃあ駄目なわけよ。ソアダの上司かギルドが依頼発注してくれないと」
【ティアハイムのコウイチが、ソアダのダフニーへ回路改造を依頼します】
「聞かれっ!」飛び上がって後ずさると、回路記号たちも共に動き、ダフニーの背後にくるりと回り込む。「改造していませんてば、まだ!」などと取り繕いつつ通信機に向き直り、はたと声の主が誰なのか気づいた。
「……コウイチ、さん?」一歩、二歩と回路記号を引き連れ歩を進めて表情を喜色に染め「いるんじゃん、コウイチさんが!」と跳ねた。
思えば支路の現況調査はコウイチ名義の仕様書で発行されている。曲芸めいた依頼経路ではあるが、彼が名を貸してくれるのなら名分が立つではないか。
【依頼票は後追い発行させますから、誰かしらからのいちゃもんにはコウイチの名を出してください。ティアハイムのツグミに本人確認を問われたら次の言葉でお願いします。『赤い守護神に隠された水着エレナ』以上です。通信終了】
高い「く〜」との声がダフニーの喉から漏れる。体を丸めて握り拳を顔の前に上げ、溜めに溜めた末に「おっしゃぁあっ!」と背を伸ばして拳を腰に勢いよく引く。
来たくもなかった異世界で、唯一、前向きになれた要素が魔法の存在だった。なのに、それこそ全てを可能にするだろう魔法は、人に理解できるようにだかなんだか知らないが、既存の回路表記にわざわざ降格されていた。ダフニーには我慢ならない実情である。
その上、どれだけ学んで実力を備え知識を蓄えようと、開発はおろか改造すらそうそう認められないとなれば、不満も募る一方である。
ところが既存回路とは異なる仕組みを形成しろと、しかも名指しで依頼されたのだ。
これを喜ばずしてなんとするか。
通信機の接続を憂なく遮断。再接続回路は当然、三局目以降。未使用部分の穴あきとなった回路表記を全て分解、ふわりと虚空に舞い上がるそれらに魔法の陣を描かせる。筆記具を指揮棒のように振れば、体の周囲にぴょこぴょこ跳ねていた記号たちが、目線の高さで床と水平に寝そべる積層型立体魔法陣にするりと参加。直後、魔法陣がぬるっと立ち上がる。
「さあ、頼んだわよっ、記号たち!」
びしっと筆記具で指し示された魔法陣が、内円は縮小、外円が拡大、それぞれをつなぐ記号たちが複雑に回転や移動を繰り返し、バラけた。外開きの渦を描く挙動は魔力の灯の帯を引いて、美しい幾何学模様を大きく虚空に描く。
が、ぶっちゃけ気分の問題であってこれらの動きには意味などなんら無い。
収まるべき箇所にするすると滑り降りてゆく記号たちを見つめながらダフニーは、足音も高くカツカツと歩み寄り、誤りや不備がないか確認する。無電圧を有電圧に切り替えるのだから逆流防止対策も当然、実装済みだ。
「うん、完璧──きっと覚えていてくれたんだよね、コウイチさん」
随分と以前、ダフニーはコウイチに愚痴をこぼす機会があった。熱くなりすぎて感情的に捲し立てたことは、顔から火が出る思いと共に後悔している。だが、あのときの彼は、適当にあしらわず馬鹿にすることもなく、親身に応えてくれた。その上、褒めてもくれたのだ。
以来、コウイチはダフニーの尊崇の対象となった。
ふと、水晶膜上に魔力光が糸を引き始めたことに気づく。向こうからの魔力でこちらの送信回路の接点が入ったのだ。これでこちらから通信を送ることができる。こちらの受信電源は順調に向こうの送信回路に通電しているはずだ。改造がうまくいったのだ。
「あーっ、もうっ、コウイチさん大好【よしっ、ループ回避成功だ!】わっきゃあぁっ!」
まさか音声が返ってくるだなどと想定していなかったダフニーはその場にへたり込み、早鐘を打つ胸を両手で押さえつけ喚いた。「ちょ、な、なにをどうしたんですかぁ!」
【相互通信テストだ。全二重通信になるはずだが、どうだ?】




