潜んでいた者・其の二──暗中飛躍
「待った待った、ルータ機能で上り下りがごっそり別ネットワークに移って、その上で有電圧無電圧も切り替わったのなら、子機が送信できない理由は──えっと、待てよ、どこだ」
「ここが違うっぽいですよ」ずっと実機を眺めていたエルノが声を挙げた。「なんだかブロック単位? で丸ごと欠けてそう。あとコウイチさん、魔力の光の線が消える場所は一箇所だけでしたね。消えるのはここ。そして今言った、欠けてる場所の手前で跳ね返っているのが、ここ」
「跳ね返っ?」「てる」
アルヴォの言葉をコウイチが引き継ぎ、ゆるゆると顔を見合わせた。見つめ合った暫時の末に、アルヴォは顔に誤魔化しの笑みを浮かべ、コウイチは目を据わらせる。
「アルヴォ、さん」半眼のコウイチが、低い声音で問う。「二局目に移行した通信電源は、送受信共に親機持ちですか」
「あー……いや」頬を描きつつアルヴォの目線が斜め上のそっぽに向けられる。「互いの送信側が電源を持つ回路になる、かな?」
そして二人でエルノが覗き込む実機に近づいた。
「無電圧で返ってきた送信の、信号の先がありませんが?」
「終端抵抗漏れ……だな。子機側の送信が自身を反射して混線、通信不能にしている」
「コウイチさん」エルノが、床の模写を指差した。「ここも違ってました」
「ありがとう。さて今、エルノくんの見つけた箇所、まさか論理変更では?」
「あはは──うん、正解。負論理に変更されてる」
「常時通電回路で負論理接点だと、送信都度に落ちるじゃないですか」コウイチは下から、へらへらと笑うアルヴォににじり寄り捲し立てた。「これ、通信できない不具合見つけた誰かが、論理変更してみたけれども解消しない、からの、元に戻さずそのまま商品化ってオチですよね。だいたい有線接続と同じ考え方なら受信側が電源持つものですよね。設計する人なら疑問を抱くものですよね?」
「いやいや、追加仕様と無関係な場所は不具合報告が上がらない限り触らないんだって!」距離を詰めてくるコウイチにアルヴォは、顎を引きつつ弁解する。「普段通りの使い方なら不備にあたらないだろう? 気づいて直して、もし別の不具合を出したら再発防止項目に載るじゃないか。そうしたら余計な設計をしてしまいました、と謝るしかない。なにより過去に流通した機器全てが間違っているんだ。それを報告するのは簡単だけど、対策対応は私たちになる」
親機だけ子機だけの増設を目的とした単品購入があるのだから、ロットを跨いだら互換が無くなりましたでは話にならない、それはわかる。だからと胸を張って言うことでは無いだろう。
「言いたいことは多々ありますが、アルヴォさん」
「はい、なんでしょう」アルヴォの姿勢が正される。
「外部にいるのは多分、ソアダのダフニーさんで、彼女なら回路変更もできます。こっちとあっちの機器、ひっくるめて新規設計──できますよね」
「まかせろ!」途端、アルヴォは嬉々と目を輝かせて胸を張った。「魔力はそこらに駄々余りだし、回路基盤は仮補強機器から拝借転用しちまえばいい。エルノ、解体を手伝ってくれるか」
言うが早いかアルヴォの足が資材を積み上げた場所に小走りに向かった。
その背を見送るコウイチの肩が、がっくりと落ちる。ひどい疲労感だった。
「……全二重通信できるんじゃん」
「この手の技術停滞、調べたらぼろぼろ出てくるんでしょうね、きっと」
頭を掻きむしるコウイチの隣で、その背をエルノは優しく叩いて励ました。
ダフニーは、顔を上げてしばし周囲を見渡した。
広いテーブルを事務机に、椅子に腰を下ろして、集められた外部情報をまとめていたのだ。報告が寄せられる都度に悲観が募る状況である。少しは前向きな便りは無いものかと、うんざりしていた。だからと途切れるような集中力ではなかったはずだ。
なにか違和感があった。だから手を止めたのだ。
だが、その動因がわからない。
視線を巡らせれば、腰をあげて二、三歩移動したあたりの主要運搬坑道の壁面に、ヤグラの足場を流用した道具棚が据え付けられている。治具を含む工具や資材が整然と並ぶ中には、回線が確立した簡易通信機もある。
通信機を見つめたままダフニーは、メガネの位置を直して、息をつく。筆記具を指の上で回しながら、晴れない疑問に眉根を寄せる。指の上の筆記具が二周目の回転を始めて──気づいた。血相を変えて立ち上がった。
──回線が落ちてる!
取り落としかけた筆記具を宙で掴み、通信機に飛びつく。魔力の光の明滅は、待機中を示している。こちらの機器の不具合ではない。相手側、支路内部の通信機が、なんらかの事情で落ちたのだ。これが事故なのか意図してのものかは、単方向通信ゆえに判断できない。
──再送信したい情報が発生、であってほしいけれど。
あまりよろしくはないが、リンクの接続切断を送信都度に繰り返して、疑似的に半二重通信として利用することはある。だが、被災している現状でやって良いことではない。
向こうから切断した以上は、軽はずみにこちらから送信するわけにもいかない。まんじりともせず通信機を見つめ続けていると、受信を示す魔力の線が回路上を滑り始めた。
「ちょっと……驚かせないでよ」
胸を撫で下ろしながら、外部接続機器の記録開始の表示を確認する。
【回路改造依頼】通信機から響くのはアルヴォの声だ。【本信号を受信したら速やかにそちらからリンクを切断。そののちに受信電源を有電圧、送信電源は乾接点受け、以上の二箇所を改造してもらいたい。終えたら完了報告の送信を。終了】
「はぁ?」
相手側からの電源で通信トリガーが引かれ、以降は主機の電源を使う別局回線に切り替わることなど、アルヴォであれば理解しているはずだ。彼は、それを崩せと指示してきている。
「確かに受信側が電源を持つのは理に叶うけれど、いまさら?」




