恩恵に与る立場・其の八──神言
「なに……言ってんのよ」
カルラが困惑の目でヒメを見つめ、身を起こすことも忘れるのは当然と言えた。ソアダのサコギとの面識は生憎と無い。だが彼女の名は、指南役として騎士界隈に知られるところにある。そしてユキヒトが今やってみせた吸い込みは、サコギの教えであるという。その技は実際に受けたカルラに、ヒメやトヨフツと同門であるとわからせた。由来が彼女らにあるのなら、サコギを嗜める立場にあるのもヒメたちではないのか。
「あんたらが、サコギを唆したくせに、なにを!」
暴走を促しておいて、平然とその名を口にする了見が、カルラには理解できなかった。
「カルラ、落ち着け」ユキヒトは状況が見えない。ヒメを、カルラから庇うかのように背で押して距離を空けさせるのは、むしろヒメの戦意を削ぐためである。肩越しにヒメを見つめ「あなたも、ここは抑えてください」と伝えると彼女は「はいはい」と誘導に素直に従った。
ただ、なにかが引っかかるようで、しばし悩んだ末に、ユキヒト越しのカルラへ顔をひょいと覗かせる。「今、アレ持っとるの、サコギなん?」
「転移を誘発させたくせに白々しい!」
立ち上がるカルラの言葉は断定口調で、疑ってもいないようだ。
──ダンジョンの自己拡張に手を加える技術、だけではないのか?
カルラが、真っ先に情報を共有してくれたのなら話は早かった。だが、当人が感情的に行動に出てしまっている以上、ユキヒトとしては便乗してヒメに問うしかない。
「あなたがたが現れたのは、捕らえられたあの連中の祈りに応えてのことでは?」
「ひとりだけやて」ヒメはきょとんと小首を傾げ応えた。「だいたい、威を借る連中らがやらかすだけやらかしといて、回らんようになった首これ見よがしに並べて、あたしらにどうするが言うん。介助するに値せんわいね。知らんし」
「あんたらみたいな存在が、連中をここまで増長させたとは考えないわけっ?」
「だから、なんもできんて。練磨や研鑽に口挟むのも過保護やがいね。導かんかった言うて代償に責任被れて、どっちが神なん、それ」
「じゃあ、いったいなにしに来たのよ!」
「そこまで」エーデルトラウトの言葉と、まばらに手を打つ音が、カルラの踏み出そうとする足を止めた。「我々に敵対の意志はない。控えろ」
エーデルトラウトの背には騎士が五名、抜き身を下げて続いている。言行不一致も良いところだが、これは敵対こそしないが信頼もしていない、との表明である。そもそも彼らがその気になれば、敵う者などこの場にいないのだ。謂わば今、抜剣している五名はエーデルトラウトを逃すための肉の盾だった。
「この方々は、人の営みに干渉もするが、一柱なりの慮りはくださる。トヨフツ殿からも、連中の処罰は人の法に照らすよう言葉をいただいている。さて、ヒメ殿、あなたも同様であると考えてよろしいな」
「うん」ヒメの頷きは、あらぬ側を眺めてのものだ。腕組みで片手を頬に当て、そちらを身もせずにエーデルトラウトに問いかける。「サコギが神具を使った言うん、本当なん?」
「そのようだが、把握できてはいない。カルラ、報告を」
「ギルドのベネディクトが証言してくれました。神に類する何者かがサコギに、娘を呼ぶことが可能かもしれないと唆したのだと。ベネディクト自身も協力していたようです」
「それは──転移召喚を可能にする技術か」
「私は、そう受け取っています」
カルラの目はヒメに向かい、ヒメは「仕組み上は」と返す。
その姿を確認したエーデルトラウトが、カルラに「ベネディクトの拘束は」と問いかける。
「自殺しました。神具の失敗作とやらで鉱石化して」
その言葉にため息をつくのはヒメだ。「あんなもんまで持ち出してもて」
「あのような危険物を」キッとヒメを一瞥したカルラが、エーデルトラウトに正面を向けて身を乗り出す。「流通させただけでも充分に、確保対象になりませんか」
気持ちはわからないでもないが、無理を言わないでほしいな。そうエーデルトラウトは嘆息気味に首を横に振った。「この社会でなにかしらやらかせば、人の法基準の処罰が下る。それは人であろうとなかろうと区別はない。だが、この方々に適用しようにもな」
ちらとエーデルトラウトに視線を送るヒメの顔が、気遣うそれになる。
「拘束直後の被疑者を教育教材に用いるような法に、なんで従えると思うん?」
ユキヒトの耳に、その言葉は納得できないものと聞こえた。
「命を教材扱いすることには、咎め立てする感情はあると聞こえましたが」
「合っとるよ」困り顔は、エーデルトラウトに向けられる。「ただなぁ、あんたの手駒、言って聞かせるだけで済まんのやろ?」
「残念ながら」エーデルトラウトも同様の表情だ。「我々に必要なのは、危険を速やかに排除する覚悟なのだが、こればかりは──」
「どんならんわね。惑う個があれば感情は感染するさけぇね、最悪、戮力もままならん全体破綻になるやろ。なら、命の線引き叩き込む機会は貴重やもん」
「ご理解いただけるのは、助かる」
「殺されるのは日本人だというのに」ユキヒトの口をついて出るのは、独り言ちるそれだ。回答を求めるものではない。「仮にも日本の神の言葉か」
「あの子らもわかってやっとるようやし、理解しとらんのならそんまま死ぬんも救いねんよ」
「懐が痛まない素材なら、使わぬ道理も無し、だ」
二人が共通の認識であることに、ユキヒトは黙るしかない。
そんな不機嫌さを見てとり「あんな?」とヒメがユキヒトの正面に回り込んだ。それはカルラに背を晒すことになるのだが、気にする様子もない。「直感や直情に素直なん美徳やけど、あの子らはここで終わり。その結果が見るに耐えん言うなら、向いとらんて弁えて裏方に回るのがええ。だいたい、あんた含めた、あの子ら全員にしたらおみくじ以下があたしらやし。なん期待しとんて話よ」
ヒメの指先がユキヒトの鼻に当てられ、言いたいことは言ったとばかりにエーデルトラウトに向き直る。「そんで、神具回収に向かうん?」
「もとより、連中の介入と神具の使用が疑われたから、国家地方警察を別件介入させたばかりなのでな。状況が整えば現場の洞窟城に向かうが──神具は我々が回収するでよろしいか」
「縁が離れてもうとるから、好きにしたらええけど」
腕組みを解き、ヒメは「うん」とうなづいて腰に手を当て笑顔を向けた。
「やることできたわ。つんだってって、えーけ?」




