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勤労の転移者ども ~努力すれども頑張れども、さりとて暮らしは楽にならず~  作者: ぺるでらほにてん
エールデランドへいらっしゃい──転移とジオード、そしてダンジョン
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恩恵に与る立場・其の六──救済

 椅子を逆向きに座るエーデルトラウトは、背後から差し込むようになった廊下の明かりに照らされ、背もたれから半身を離してゆっくりと振り返る。「──これはこれは」

 はらはらと今も崩れる土埃を押し退け歩み寄る人物を、彼は知っていた。

「トヨフツ殿じゃあないか。どれほどぶりになるか」

「うまく鍛えてい()るが」トヨフツはしかし呆れ顔で、質問で返す。「──こいつはいい(げんけど)、こっちはまずそうだ(あかんが)。衝動に浸かってい()ようだが(がいね)、これで良いのか(ええがか)

「ご指摘には感謝する」顔を正面に戻したエーデルトラウトは片手を振り、汚物に塗れる二人へと、その場から離れるよう指示した。「だが剪定も私の義務なのでね。側面だけで判断されたくはないよ。ふたりとも私の可愛い部下だ」

余計なお世話だ(いじっかしか)った()

 肩をすくめたトヨフツは、すっと表情を伏せて、辛うじて人の姿を保つソレの前に立ち止まる。足元にある液体が、じわりと草履に染みてゆく。

無闇な態度は控えろ(いさっとんなま)と言っただろう(うたが)に、こんな姿に(こなが)成り果てて(なってもて)

 かひゅ、ひゅこ、と聞こえてくる吸気音は、意思を伝えようとする挙動だ。声帯を削ぎ落とされ声とならないが、トヨフツはその意思を正確に受け止める。

「わかっている(とんげん)偉かったな(かったいこや)。もう頑張らなくてもいい(んでもうええ)

 ぬらりと鞘から解放される刀が、瞬きののちには真横に払われていた。ぐらりと傾き転げ落ちる頭部が、チリリと音を奏でて結晶化する。それを引き金に、撒き散らかされていた肉片や粘液そして汚物の全てが、室内に満ちる汚臭をも抱き込んで、魔力の結晶粒へと転化した。

 涼しげな物音が奏でる音階に、仄かに輝く粒子の渦がゆるゆると立ち昇る。

 キシ、と割れる音だけが耳障りに響いた。青年だったソレが爆ぜて一息に分解された音だ。先行している粒子たちを追いかけ、一際大きな群れを成す粒子の螺旋が、天井付近でぶつかり波紋を描いて四方に広がる。

 そして輝きが失われた。清浄で静謐な気配に満たされ、臭気のかけらも無くなった室内に、ただの埃となった粒が静かに落ちてゆく。

 エーデルトラウトは自身の髪を乱雑に払い、衣類を叩いて、くん、と袖口の匂いを嗅いだ。

「これは便利だな。この技術を譲渡いただけると助かるのだが」

賢い連中を(りくつなの)集めて努力している(がっぱになっとるげん)(けど)どうにもな(どんならん)

「それは残念だな」

 期待は、それほども無かったのだろう。トヨフツが刀を納めるのを見守りつつ立ち上がり、「それで」と首を傾げて見せる。「いかような要件での来訪かな。まさか、被疑者ひとり救うがためだけにいらしたとも思えないが」

いや(なぁん)まさにそれが用だ(そんでええがや)──求められたさけぇこんとだちゃかんげんし」

 後半の言葉は、突如として意味の通じない響きとなった。

 ユキヒトは、エーデルトラウトから「日本語なのか?」と視線を向けられるが、問われたところで方言が過ぎて理解できたものではない。どうやらトヨフツは注意を向けた相手に自身の言葉を理解させる、なにかしらの手段を用いているらしいと、ようやく察した。

「いちがっとんがおいでたがけ」

 言葉が理解できたわけではない。だが、廊下の奥から勢いもよく駆けてくる足音が近づいて来ては、彼が意識を向ける相手の来訪なのだと気づこうものだ。

 そのトヨフツの指先がユキヒトに、傍に退いておけと指示を出す。廊下を見れば、ごっそりと円形に欠けた入り口の、その向こうの壁に、外で待つ騎士ふたりが退避している。そしてエーデルトラウトも、座っていた椅子を抱えて部屋の隅に移動を始めた。

 はたとユキヒトは、誰が来るのか気づいた。直後、

「トヨフツ!」女性の声が、現れるや否やその体と共に室内に躍り出た。軋む、連続する金属音は抜き打ちだ。「のこのことよくも、その顔を出せた!」

「──カルラか!」ユキヒトは彼女を止めようと思わず腕を伸ばすが、届くものではない。

 ユキヒトの正面をすり抜けた彼女の、構える剣の切っ先が、トヨフツの鼻先に迫る。トヨフツは速度を合わせて後方に跳ねる。背が触れた壁が転化して、半透明の結晶となり、外界の日差しを屋内に注いだ。トヨフツ以外の全員が目を眩ませる。

「また会え(おう)たな」

 瞬きののちには、周囲にまたも暗がりの帷が降りる。脆い土塊に変わる壁が、トヨフツの背に突き崩され、先ほどよりもさらに強い日の光が招き入れられる。

 地上までは高さのある場所からの落下に身を任せても、トヨフツは背後も見ずに、追ってくるカルラに満面の笑みを向けていた。

素直すぎると(こんじょよしやぁ)っただろう(うたがにぃ)」正面左から眼前に迫る切っ先を、右の手の甲でやはり右外へ払いやる。結果、宙でカルラは背を晒してしまう。ぽんと彼女の肩を叩き、耳元に囁いた。「(あいそ)らしいだけでは(やと)(ねん)ぞ」

「!──ふざけ……っ!」

 カルラは、トヨフツに体を前転させられるのを止められなかった。迫る地面を四つ這いで受け止め、転がり、起き上がると構えを整える。離れた場所に立つトヨフツが、組んだ両腕を腰に刺した刀の柄に乗せ、こちらを見つめている。

用は済ませた(いんぎらぁした)から(さかいに)、お(いとま)するつもりだったが(すれんけども)、相手が必要か(せんとかんか)?」

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