恩恵に与る立場・其の二──制圧
古くより貿易都市として栄えるイアンタは、色とりどりの土煉瓦で鮮やかに彩られた建造物群が広がる、美しい都市だ。観光名所として名高い繁華街は、店舗から溢れる商品が露店を成して、広い目抜き通りを埋め尽くすのが常であった。
しかし現在は剥き出しにされた路床に、打ち伏せられた暴徒たちが散らかされている。満ちるはずの活気ある賑わいに代わるのは、怒声と破砕音だ。
イアンタは、どう言い繕おうと戦時の占領下にあるのだ。
連合軍の騎士たちが目につく家屋に順次立ち入り、隠れ潜むものたちを狩り出してゆく。身柄が明らかであれば、自治体警察が後見となり引き取る約束が交わされてはいた。だが交わす方と交わされた方に共通する認識は机上論、その一言に尽きる。
連合軍の制圧は、人質が出ようものなら共々に切り伏せることを厭わず、家屋に押し入られた被害者と加害者を一絡げに拘束して、もろともに路上に投げ出すなど序の口であるのだ。
統制権が国家地方警察または連合軍に掌握されている以上は、自治体警察の対応は全てにおいて後手に回る。そこかしこで両者の諍いが見られるのも詮方なしと言えた。
鎮圧は、しかし順調であった。
「取り押さえるだけでは駄目だったのですか」
ユキヒトは、自身の体を押さえ込むように抱きしめていた。絞り出した言葉は情けなくも震えて裏返る。人が殺されるさまを目にするのは、転移の先にも後にもこれが初めてだ。
今も、路地裏から現れた複数名の暴漢が、どうせ散るならばと乾坤一擲、必死の形相で打って出る。しかし即座に連合軍のみならず自治体警察の騎士までもに迎え撃たれ、四肢のいずれか、または首を落とされて沈黙する。
傍ら騎士たちにはタバコをふかし談笑に笑みを交わし合う余裕があった。痛々しくも流血する肉体が、生死も定かになく足元に転がってさえいなければ、牧歌的とも見える風景である。
ユキヒトの胸中に蟠る感情は、だから、恐怖であった。
帯剣しているからには命を奪うのだろうと、納得していた。そのつもりだった。だが命を刈り取ったその直後であるのに、こちらに気づくや笑顔で手を振ってくるなど、受け入れられる現実の許容を甚だしく超える。
「この暴力は、本当に必要なのですか」
「必要かどうか、ではないな。これは処罰だ」
応えるエーデルトラウトの横を、複数の荷台が移動してゆく。積まれているのは人体だ。遺体が載せられているのだろうと諦めの視線で追いかけ、気づいてしまった。無造作に積まれた中に、かろうじて生きている姿があることに。
「あれ──は!」だからユキヒトは声を荒げた。「なんのつもりですか!」
「釣り餌になるかと即死させなかったのだがな」エーデルトラウトはかぶりを振り、騎士の一人を呼びつけた。「どうにも当てが外れた。楽にしてやれ。想像以上に連中は骨無しだ」
頷く騎士が、数名に呼びかけ荷台に駆け寄る。取り出した小刀でひとりひとり喉を裂いてゆく光景など見ていられず、目を背けてしまう。「履き違えてないですか。手段と目的を」
「目的ときたか」躍り震える声音をそのままに吐き、エーデルトラウトは喉を鳴らして笑う。両腕を広げて繁華街を仰ぎ、並ぶユキヒトを振り返り見ると、憐れむ顔で言った。「目的とはだな。果たさねばならないが最低限のものでしかない公約なのだよ。国民を納得させられる結果の確保、それが目的と言って差し支えない。ユキヒト、君が私にやってみせたことだぞ。私は君の案に納得したから、ここにこうして立っているのだ」
「虐殺など誰が提案しましたか」
「処罰、だと言っただろうに」ユキヒトの背を、励ますように叩く。歩を促し共に進みながらエーデルトラウトは肩をすくめた。「付和随行の者が大多数であろうが、公共の平穏を侵害した連中になにを。騒乱に馳せ参じる元気がありながら、再三の更生呼びかけに応じない輩どもに、軽減事由などあるはずもなかろう」
「命を奪ってしまっては、贖罪の機会すら失われます」
「あったのだよ、その機会とやらはイアンタに、ずっとな。ヨウアンの怠慢だったのかもしれんが、潜伏を容認し続けたのは温情そのものだろう。連中はその間、なにをしていた」
見ろ、と促されるままに視線を上げると、橙色の煉瓦で組まれた家屋の、その三階の窓に、こちらに笑顔を向ける夫婦の姿があった。抱き上げられた子供に手を振らせてもいる。
「我々は清掃員で、制圧は織り込み済みだ。安堵する家族の表情は、やはり良いものだな。ああ、市長とは話がついているから、そこは安心しろ」
言葉を失うユキヒトの前を進み続け、向かう先は自治体警察庁舎だ。大きく聳えたその建造物はユキヒトの目に、まるで聖堂のように映る。
「さて、お仕事をひとつやろう」
「……なにができると」
「いや、構えずともよい。ひとり準備したから尋問で情報を引き出してみせろ、というだけのことだ。仲間の一人でも割れれば御の字。言葉は日本語で構わん。なにも得られずとも別に良いが、以降の提言は聞き入れられぬものと思うのだな」
立ち止まり、振り返るエーデルトラウトの顔は、年齢相応の微笑だった。
「失望させてくれるなよ」




