おおよそ気の迷い、または衝動・ 其の四──初動対応の基本は速やかな情報収集
こちらの返事を待たずにエルノとヤミは、支路のさらに奥へと向かった。
「いってらっしゃい」
誰に言うでもなく呟き、コウイチは皆が向かった支路の奥、そして先ほどまで歩いてきた本通りへの入り口を順に指差す。建屋と建屋の間にできた通路のような空間ではあるが、侵入した全員が横並びできる道幅はある。天井も、手を伸ばしてもまだ高い。そして平坦な床。
「……ああ、そういうことか」
「な、なにがです、か?」「うわぁい」
真後ろに佇んでいたカステヘルミからの声に、棒読みで悲鳴を挙げてみる。誰も残っていないと思っていたから、ぎょっとはした。が、驚きは薄い。出会って間もない付き合いではあるが、そういう娘なのだと理解したし、慣れてしまってもいた。
「いや、自然発生の洞窟にしては」
足元を何度か蹴り付けてから、その場に両手をついて腹這いになる。その視線から通路を確認すると、なんとも歩きやすい床が広がっていた。
「カステヘルミさ「はい」近い!」
呼びかけの声に被る顔の真横からの返事に、今度は心底驚いてその場を転げて逃げた。
コウイチの真横に並んで同じ格好で寝そべっていたカステヘルミは、きょとんと首を傾げ、その場にへたり込むようにして座るコウイチに「それでご、ご用件はなんで、しょう」
「あー……うん。それでね」今更、彼女の隣に寝転ぶ気にはなれず、その場であぐらを描いて床を指差し、言った。「ダンジョンの拡張は、こんなにも人に都合よく生成されるもの?」
「ありえない、です」がばっと身を起こしてその場に正座、両腕をいっぱいに伸ばして周辺一帯を指し示す。「イメージとしては、見えない木の根がずるずる掘り進めてゆく感じです。硬い岩を避けながら、人一人がどうにか滑り込むのが精一杯な道になります。人が手入れしないとこんなふうにはなりません。皆が都度に整え続けないと、あっという間にがったがたです」
説明しながら両手を振り回すものだから大きな胸がよく揺れる、というか暴れる。視線がそちらに向かないように努力しながらコウイチは「じゃあこれは、どういうことだろう」と彼女の両目をしっかり見据えて問いかけた。「この支路は本当に自然発生したものなのかな」
「んー」小首を傾げて人差し指を顎にあて、カステヘルミはそのまま天井を見上げる。「アレらは言葉は通じても会話が成り立たない存在ですけれど、意志持つ面々が生成、拡張、保持を促しているってことは今更ですし、自然発生と言われると、そうですね、違うような」
「じゃあ、移動しやすいこの支路はなにかしらの意図があると考えるべきかな」
「あ、そういう意味なら確かにおかしい……ですね! この道、なんなんでしょうっ?」
「……言葉は通じるのに会話が成り立たない」
「そうなんですよ」と返してから、はたと顔を顰めて「あれ?」と首を傾げ暫し。
カステヘルミは、ずいとコウイチににじりよった。「それ、あ、あたしのこと、だったりしませんかっ? なにか的外れでしたかっ? なんで視線を逸らしますかっ!」
「い、いや、わからないことが明確になっただけ収穫だし、なにより和んだから」
「答えになってませんけど!」
──チリチリ チリリ チチリリ
「鼻あたった鼻!」カステヘルミの肩を押して距離を取り、体を支えようと床についた手のひらに霜柱を潰すような感触。「……待って」
「なにがっ……なにがです?」
彼女に背を向け、床に目を凝らす。振り返った先、すぐ前の地面からチリチリと音が聞こえる。細かな結晶が、岩盤の上に薄く、水面を広げるようにじわりじわりと生い茂ってゆく。
「え……これ」コウイチの背に凭れて、彼の伸ばす手の先に自分の右腕を近づけようとする。途端、大きな破砕音に弾かれたように身をすくめた。「これ、も、もしかして、しなくても」