意図せぬ虚偽、向ける懐疑・其の六──隠そうとする意志
出張所内の第二会議室、そこが領主親子が勤務する部屋である。必要とあれば会議招集も可能であるようにとの配慮から選択されたのだが、応接室として機能する以上の役目を担ったことは今のところ、無い。いざ会議を始めるとなれば前準備が必要で、領主を前に行なうことに躊躇いの無い者などいなかったからだ。
先述した通り、洞窟城内の庁舎は自治体警察の駐在施設を兼ねており、領主の勤務室へ至るまでには多数の騎士が務める中を抜けなければならない。それでも万が一の暗殺に対する回避策や、犯行に及んだ者の捕縛を考慮した設計は抜かりない。単純な部分だと、二人の業務机は窓際や扉の延長上に配置しないことや、侵入扉が内開きであることが挙げられる。
前者はわかりやすいが後者は少々説明が必要であろう。通常、避難を前提に考える施設──集会場や遊技場など──は外開きが基本である。内開きを採用する理由は銀行などと同様に、ことを終えたのちの不埒ものの逃亡の足止めが目的だ。同時に、警護の騎士たちが踏み込みやすいという利点もある。ただ──ここが領主親子のつめの甘いところだ──在籍時には両開きの扉を開放するのを常としているから、ぶっちゃけ気遣いが全く用を成せずに死んでしまっていた。
二人の作業机が入り口を入って左手の窓から離れた壁際に配置されたのは、警護の騎士たちのせめてもの抵抗であろう。おかげで応接用のソファーセットも、その近辺に置かざるを得ない。こうして洞窟城ではすっかりお馴染みとなった、必要な活用空間が床面積の数割程度という光景が、ここでもお目にかかることとなる。
「責め立てるつもりで呼んだのではない」
作業机の向こう側からヨウアンが声を放つ。相手は、ローテーブルを挟んだソファーにそれぞれ腰を下ろす、カリルトとチェスターだ。カリルトは分厚い書面を手に、面白くもないとの表情で内容を確認している。チェスターは膝の上に置いた、自身の両の拳をじっと見つめたまま項垂れ、固まっている。
「会議の場では、救出可能な最長時間の提示が重要だったことから流してしまったが、君の計算結果の根拠をぜひとも教えてもらいたいのだ」
ヨウアンの言葉が切れるのを待って、彼の机の前に立っていたムーチェンが継いだ。「なにしろ、ビルギッタ女史たちは入場にあたって工事計画書と侵入名簿、そして持ち込み資材のサプライリストの更新を怠っている。彼女たちの持ち込み資材が不明のままで君は、なにをもって救出期限を算出したのか」
「それは」俯いたままのチェスターが、震える声で応える。「僕の計算見込みが甘かった、危ういところをサコギに指摘してもらって助けられた。それだけです」
彼の言葉を聞いてもカリルトは、書面の束を手に覗き込んだまま沈黙を保っている。彼にこそ事態を確認してほしいのだが、参戦するつもりはなさそうだ。だからヨウアンはため息を漏らしつつ質問を続けるしかなかった。
「今回の侵入作業員数だと君たちは通常、三日か四日を想定するというではないか。それを前倒しにするのであれば納得もできた。だが五日は余裕が過ぎる。人の命がかかっているのだ。延長に足る根拠があったからと考えるのが普通ではないかね」
「ですから、サコギの言う通りで、生体のステージ深度を考慮していなかったからです」
「あ、それは無いですね」
割り込んだのは、その場にいなかった声である。
全員がそれぞれの視線を入り口に向けると、扉の背面をノックするタカシが、そこにいた。人好きのする笑顔で「遅ればせながら、お邪魔します」と、物おじせずに近づいてくる。
その背後に、ひょっこりと顔を覗かせるのはイーヌォ。そしてヴェンデルも続く。
「俺、チェスターさんにその辺り教わりましたし。救助を最優先に考えろと、口をすっぱくして言ってましたものね」チェスターの、余計なことを、とばかりに睨み付ける視線にも動じずに飄々とタカシは、彼の背後に立ち、ソファーの背に両手をついた。「ヨウアン領主の疑問は当然ですよ、チェスターさん。手遅れが明白な期間を提示した理由は、なんだったんです?」
「タカシ、それは騎士としての問いか?」チェスターが抑揚のない声で問う。
タカシは若干の悲しげな顔で答えた。「必要とあれば権限を用いて、ヨウアン領主に情報開示を要求します。お願いですから、そうはさせないでください」
その時だ。
ばさ、とテーブルの上に書面が投げ出された。手放したままの格好でカリルトが「私から、答えさせてもらおう」と、タカシに鋭い眼光を向ける。「デルグ及びソアダ双方において証憑偽造があった。だからチェスターは、サコギの嫌がらせに沈黙で応え、今も隠し続けようとしている」
「カリルトさん!」
チェスターの悲壮な顔が上げられた。




