意図せぬ虚偽、向ける懐疑・其の三──朱が、戻る
かつての洞窟城は、主有権を領外に持ち出されて分散管理されていた。
ヨウアンをはじめとする領主一族は、洞窟城に収容されている複数の企業による個別の業務施設をひとつひとつ買い戻すことを早々に断念。一部を商業区域に指定することで洞窟城全体を官民複合施設と見做して運営権を掌握という荒技に出る。
改修工事を含む基幹事業への設備投資には、各々が保有する床面積の売却をもってあてることが可能。設備は領主の保有権を抱き合わせで購入する。さらに金額の一定割合は領主に還元する。といった強硬策ではあるが、比較的にすんなりとこの政策は受け入れられた。
本来であれば、ことが成った時点で各勢力から代表者を選任、委員会を設けて司法の一部を委託、改修工事を含む設備投資を施設収益から捻出できるよう働きかける予定とされていた。
それをもって仕上げとするはずがヨウアン領主の日和っ──現在に至るも改修管理の多数が、企業の各々に委ねられているのが実情であった。
双王国のガルデ側に籍を置くギルド・デルグは、早い段階で土地を含む保有資産全ての現金化を終えており、滞在における税金支払いを了承した上で、業務を請負契約業のみに絞る決断を終え、処置も完了していた。なので洞窟城領内にデルグの固定資産は存在しない。
伴い下請けである食糧流通のソアダ、金物卸売のレッシナ、請負契約業のみのティアハイム、人材派遣業のウーゾは洞窟城領に滞在するにあたり、洞窟城の一画と賃貸契約を結んで詰所を設け、必要の都度に更新手続きを踏んでいる。賃貸物件の管理は自治体警察が兼任、仲介者が不在で、家主は領主のままチンタラやっ──民間委託は予定の目処すら立っていない。
洞窟城正面の、ダンジョンに向かう峡谷そのものを抜けて建造物を回り込むと、やはりこちらも渓谷の枯れた底を舗装したかのような、正面よりはいくらか狭い──と言えど馬車が三台は並列走行可能だが──通路が現れる。足を踏み入れれば、いくらも進まぬうちに視界は広場を見渡すこととなる。右手は聳える岩肌だが、左手はギリシャだかローマだかの建造物によく似た巨大建造物が掘り込まれている。階段状に見えるのは棟の集合体で、詰所や商業ブースに指定された区画であるから人通りは盛況である。
さて、見上げんばかりに高く積み上げられる棟であるが、上下水道が布設されて空気乾燥機も備え付けられている環境でありながら、昇降機が存在しない。そのような環境であるから階層配置はそのまま政治力と直結する。低ければ強く、高いほどに立場が弱いといった具合だ。
そしてティアハイムの詰所は、他の三社が多階層に配置されているのに対して、中二階という破格の場所に配置されていた。無闇に地位のあるご歴々が否が応でも絡まざるを得なかった企業の成り立ち、そして今日に至るまでの歴史がそうさせたのだ。
作りが石壁だから、そのままではどうにも寒々しい印象にならざるを得ない建造物ではあるが、各企業が広場に向けて門構えを据えているので、それぞれの特色が見えてなかなかに楽しいものがある──かつて目にも鮮やかな朱色と金色なぜか紫に染め上げられネオンサインがギラギラ輝く悪目立ちにもほどがある一画が存在したが、今はもう無い。
木造建築をイメージした落ち着いた色調で占められている詰所はティアハイムのものだ。
無垢材で形作られた正面の門は来訪者に開かれており、一歩踏み入ると和紙を通した柔らかな乳白色の灯りが気分を穏やかにしてくれる。入ってすぐの壁には、縁側を模した畳敷の長椅子が固定されており、床の間に飾られた掛け軸に一輪挿し、書院には飾り障子と彫刻──彫刻は丸くなって眠る愛らしい猫だ──を鑑賞できる。
内部の間取りは、一〇名程度がくつろげるほどに広いリビング、同時に四名が就寝できる仮眠室、水場は台所と風呂場とトイレが別個に設けられており、世帯住宅と変わらない。
リビングにある、小上がりに四畳半の和室は来客に好評だ。中央に広間切りした炉をしつらえて湯を沸かす釜が音を立てる。奥には給仕口だろう襖の出入り口があるが、こちらは残念ながら見た目だけの嵌めごろしである。開くようにも作られていないと警告する意図か、手前に置かれた座布団に座すのは朱色に染め上げられた大きなマーライオン。
「捨てても戻ってくる」とは、ツグミを睨め付けるシンイーの言葉だ。
「捨てないでよ、力作だよ?」
作ったのお前か。




