意図せぬ虚偽、向ける懐疑・其の二──違和感の元
厳戒態勢にある洞窟城だが、採掘業務は継続されていた。
もとより都市のひとつやふたつは丸ごと収まる延べ面積を誇るのである。諸外国から複数の企業が事業に参戦しており、動員されている就労者人口も一千人をくだらない。
事故はそんな広大な勤務地のうちごく一部で発生したものだ。そもそも大会議室に招集された企業もギルドのデルグ、クランはソアダとティアハイムの合計三社だけ。事故は彼らが管理担当する区画で発生して、広域に影響を与えるような規模ではない。そうとわかれば、他の区域は通常運転に戻るのも当然であった。
とはいえ人員の出入りが制限され、外部発注も不可である以上、作業者たちは雑務の処理か片付け、整頓などの緩慢な作業に落ち着かざるをえない。そんな中で開始されたタカシとヴェンデルの模擬戦は、娯楽としては程よいものだった。
そんな中、かすかに響いた騒動の物音に、打ち合う二人が動きを止めた。見学する作業者たちも顔を向ける。衆人が注目するようななにかが奥で発生したらしい。
「事件かな」ヴェンデルは木剣を杖代わりに路床に立てて、目を凝らす。ここからでは見えないが、どうやら事故現場あたりからざわめきが伝播しているようだ。「ああ、ハオランが来る」
タカシも木剣の握りを逆手にして腕を下ろした。「それとダリオさん、だね」
ハオランがダリオを連れて近づいてくる。途中で自治体警察の騎士二人が合流する。なにかしら会話を交わす間も歩みは止まらず、向こうもこちらに気づいたようだ。
普段と変わらぬ様子のダリオがハオランと並んで移動している様子は、タカシにクランへの憂慮を抱かせた。だから訝しむままに声をかけようとしたのだが、その様子にハオランが先に気づいた。そして左手の小さな挙動で拒否を示したのである。その様子にタカシとヴェンデルはやっと察することができた。護送中なのだ。
「ダリオが、まさかの連中だったりするか?」ヴェンデルは、木剣の柄頭に両手を置いて上半身を前に傾げる。その顔には自分で放った言葉でありながら納得していない色が浮かんでいる。「そんな素振りはなかったように思えるが……」
「ないね」
タカシは断言した。
あの連中の主義主張は一貫していないのだ。その場によって変わるのであれば、まだ納得もできる。だが違うのだ。彼らの言葉は紡ぐ端から要点が逸れてゆく。話している内容すら見失う、その程度の底の浅さしか持ち合わせが無いのである。
その点においてはダリオは違った。彼の理念と思考はブレることが無い。
「あの人は、自己肯定感が高くて承認欲求も強い。その上で、そこまで有能でも無い」
「おいおい」片手の平を上に向けてヴェンデルは、失笑した。「珍しくも容赦がないな。どうしたタカシ、実は嫌っていたとか?」
「一緒に仕事をしたくないタイプでは、あるかな」おどける同僚に、タカシはしかし視線をあらぬ方向へと向けて、思案ながらに応える。「まあ、そこはどうでもよくて、失敗や遅延の責任を他人に押し付ける人間を、あの連中が受け入れるとは思えないし、ダリオさんにしても、使えないと見下す面々と徒党を組めるはずがないって話だよ」
「なるほどね。水と油だわ。互いに相手をしたくないだろうなそれは」
ハオランたちの背を見送り続けながら、軽く息をつく。
ふとタカシに目をやれば、先ほどよりも顰められた顔がある。タカシは持ち上げた木剣の腹で額をペチペチと叩き始めた。「なぁんか、うまくまとまらない」
「なにに気づいた?」
「──ずっと気になっていたことがあってさ」ぺち、と額に木剣を当てて止めた、タカシの視線が正面の遠くに向けられる。「ダリオさんが誰かを責め立てるのは、自分の理想通りとか思い通りにならなかった時でね。ミスや失敗に関しては、間違えた相手が悪いだけで自分の責任じゃあないから、そこまでうるさく言わない」
「嫌なやつだな。で?」
「ミスを出した人を、他社の人間も揃う衆人環視の中で責め立てるのは、どんな時だろう」
「ああ、あの会議の席──そうそう、チェスターって彼とサコギの話か」
「チェスターさんを、あそこまで責めたサコ姉さんに、どんな理由があったのか」
「理由、ねぇ」ヴェンデルも正直なところ、あの場でのチェスターの扱いには不快なものを感じたのだ。専門家ではないから口を挟めなかったが、あそこまでネチネチと嫌味を言われることか、とサコギに嫌悪感を抱いたのは確かである。「あの場で聞いていた限りだと、コウイチくんたちの救出を手遅れにするつもりかと、そう叱られていたように思えはしたが、ちょいとしんどかったな、アレは」
「サコ姐さんは即座に、日付を三日だと修正できた」
「そりゃあプロだろうし」と言いかけて、はたと気づくものにヴェンデルは眉を顰めた。タカシの言う通りである。サコギは指摘できたのだ。「……あの場に揃っていた面々は全員が指摘できたと、そう考えて構わないな?」
「チェスターさん自身も、指摘できる側に立つはずだ」
計算ミスなら修正できたはずのメンツが揃っていたのだ。当人からしてが三日と即答しただろう、というのなら今回、誰とも違う計算結果が出た要因はなんだ。
「サコギは普段、あんなふうに嫌味をネチネチ言うか?」
「きつい物言いはあるけどね。無闇に人を追い込むような人じゃあ、ない」木剣をくるりと回して、路床に突き立てる。「サコ姉さんがあんまりにもきつい責め方をするものだから、見かねたムーチェンさんが横槍を入れて場を納めた、ように見えてその実、流されたように思えて、それがずっとモヤってる」
「うやむやにされたのは、最悪でも五日の余裕があるという正しい計算結果かな」
「それよりも」ようやく考えがまとまったのだろうタカシは、ヴェンデルに顔を向けた。「その計算結果を出した根拠はなんだったのか」
タカシが足を踏み出し、ヴェンデルも続く。「ただの計算ミスかもしれないぞ」
「ソアダの詰所にチェスターさん、いるかな」
「待って、タカシお兄ちゃん」
その声に、つんのめるように二人の足が止まる。振り返るとイーヌォが、お付きのメイド三名と執事の男性を背後に並べて、おすまし顔でちょこんと佇んでいた。
「もっと手頃で効率的な手段が、あると思うの」
にっこりとした笑みが愛らしい。そのはずなのに二人は、なぜだろう、ゾッとした。
「まさか」ヴェンデルが言い、タカシが「俺たちの立場かな」と続く。
「正解!」イーヌォが、タカシのつま先に自らのそれをぶつけるほど近づいて、上目遣いに見上げた。「国家地方警察の先遣が、事態の収集のために領主に談判することは、決しておかしなことじゃあないでしょう?」
「それはまあ、そうなんだけどさ。ムーチェンさんたちを困らせないかな」
「あら、お爺さまが言ったのよ?」クルリとその場で一回転して、イーヌォは人差し指を口元に当てて片目を閉じた。「使えるものは使えるうちに、って」
「タカシ、この姫様、怖いぞ」
「そっか、じゃあイーヌォちゃんも同席よろしく」
けろっと言い放つタカシに、ヴェンデルは呆れるのだった。
「……たいがいお前も切り替え早かったっけか、そういや」




