意図せぬ虚偽、向ける懐疑・其の一──握るは諸刃
両刃との単語は、日本では二つの意味に使用される。
ひとつは諸刃。腹つまり鎬を境として前後に刃をつけた刀剣のことだ。もうひとつは前面にのみ刃をこしらえ峰を持つ、切断面左右から研ぎを施した刃物。いわゆる万能包丁がそれにあたる。
和包丁はこれの左右いずれかからのみ研ぎを入れたものとなり、こちらは片刃と呼ばれる。ハサミは片刃を組み合わせたものである。
これらで察することもできようが、片刃も引き摺られ巻き込まれて、二つの意味を持たされた悲しき単語である。
とまれ。明らかに異なるそれぞれのつくりが同じ単語で表されるのは、ひどくややこしい。正しくは諸刃に対応する、前面にのみ刃のある作りを表現する単語が無い、となるのだが。
その理由は単純だ。日本で刃物といえば、前方向に刃を持つものとの先入観があったがゆえだ。
日本の刀剣の諸刃は早々に廃れたと言って良い。
武器として扱い保管管理するにあたり、刀身をぐるりと取り巻く刃が研ぐのに面倒で、それだけの手間をかけたところで脆く、長期運用に耐えない、というのが理由にあったようだ。振り回すうちに自分を斬りつける事故が多発したから、との説もあるがこちらは定かではない。触れるだけで肌の上に血の玉がポツポツ浮かぶ、そんな恐ろしい砥ぎ方をしておけばそうもなろう。
日本刀の殺意の高さはとどまるところを知らず、それは同時に扱う者の技量も求められる結果を招く。向かい合い、互いに振り回す刃物同士を鎬で払いあうなどと、もはや超人の所業であろう。しかも一手の読み間違いで四肢のいずれかが物理的に飛ばされる斬りつけあいである。ならばと甲冑も進化を遂げ、切り落とされない工夫が成されたとあるから、もはや手段と目的を履き違えている、そんな疑念を抱いてしまうのは穿ち過ぎであろうか。
一方で西洋の刀剣は諸刃が主体だ。鎌や鉈のように刃先を一方向にのみ持つ武器は、ファルシオンなど多く存在する、だが実用となると途端に諸刃が好まれたようである。これは斬るよりも殴るに主体が置かれたからとも言われるが、ぶつける、絡める、受け流す、潜り込む、刀身を滑らせ重心移動に使うなどの武術の進化が、選択を諸刃にしたのだろうと思われる。体術のいち系統として、道具を手足の延長上に置いているのだから、刀剣は長く重く頑丈であればよく切断力は二の次となる、といった具合だ。
そしてエールデの主要な刀剣は、後者であった。前者であってたまるか。
これにはグローブからの転移者による影響が多大に及んでいる。七〇〇年前に大多数での転移を果たしたテンプル騎士団の一行だ。彼らはエールデの歴史に登場するやいなや、国家中枢にある者または有力貴族との繋がりに全力を注いで、財務機関を急速に充足させたのである。同時に彼らの武装と剣術も同時に浸透した、といった背景だ。
テンプル騎士団の存在は結果、エールデに国境を超えて扱える通帳と自己宛為替を浸透させて現在の恩恵となるわけだが、こちらは別項とする。ちなみに転移者たちが好んで使用する通貨は金貨、大型銀貨、小型銀貨である。
さて、タカシたちであるが、エールデに転移させられるまでの剣術経験は、学校の授業で触れた剣道のみだ。至極当然なことに、双刃の長剣を振り回すなど──憧れに近い感情こそ抱いてはいても──想像だにしていなかった。
双王国に準備された就職先も、その大半が事務か接客または営業と平穏極まりない業務ばかりだったから、暴力沙汰からは縁遠い世界に転移してきたのだと安堵していた。ましてソアダの鉱業部門となれば、あって基礎体力づくりの基礎課程くらいだろうと高を括るのも明々白々と信じて疑わなかった。
ところがである。
ソアダに入社したタカシは即日、ロングソードを握らされた。なにゆえ、と仰天に体を震わせながら問えば、ソアダだけは双王国内で唯一の、格闘研修受講が義務付けられたクランとのことだった。
食材流通業を主に扱うソアダは、国家間をまたぐ貿易大手企業でもある。貿易はつまり国境を跨ぎ、治安の空白地域をも縦断することを厭わない。確立していない貿易経路には、さすがに自国警保局が派遣されはする、しかし原則は民間武装警備員による保全が主体となる。ゆえ格闘術研修が必須──などと言われて果たして説明責任が果たされたと納得できるだろうか。
そしてタカシはコウイチとユキヒトを巻き込んだ。ひどい、サギだ、ひとりしごかれるのは不公平だ、分かち合おうぜレットペイン──お前はマゾかってなんで?
とまれタカシの理屈にふたりの親友は巻き込まれた。だからコウイチとユキヒトも修了証を取得できている。その後も継続した研修が必要だからと、一人にされまいと、簡単に逃してなるものかと説得に説得を重ねてはみたのだが、ふたりからは社外研修扱いゆえ週一か二の受講で済むとの無慈悲な宣言がかまされた。タカシひとりが連日である。
講師は直属の上司であるサコギだから、ソアダ在任中は逃げようもなかった。
「──いやらしいな、お前の組手」
タカシとヴェンデルは、洞窟城の主要坑道入り口付近中央あたりで模擬戦を行なっていた。模擬戦と言っても型を確認する程度の軽いものである。速度は緩やかな呼吸の拍子だ。
木刀の切っ先を軽く弾き合ったのちタカシの、顔の高さで横に構えた木刀がヴェンデルの喉元に向かう。ヴェンデルは柄頭をタカシに向けたまま前進、鍔に近いあたりでタカシの木刀を受け止め、そのまま背にある剣身を上方向に半回転させる。外に膨らむタカシの木刀を剣身の半ばで受け止め続けたまま回転は止めず、彼の肩口に切っ先を下ろして止める。
「誰がスケべだ」互いに間合いを取り合い、タカシは木刀を外向きに回転させた。左手で握りを軽く支え、右手は柄頭あたりで遊ばせる。「サコ姉さん仕込みだから、こっちの剣術とは違うんじゃあないかとは思うけどね」
「剣身を防御に使うという部分が同じだから、振り回し方に然程の差異も無い、はずなんだけどよ」相手からの剣を受け流すには、こちらの剣に乗せなければならない。向かって来る剣身に柄頭を向け、柄を握る手はやり過ごす、二の腕を剣身で守り、切っ先まで使って相手の軌道を外に流す。「なんだろうな、お前の持つ長物に触れると、それだけで体ごと引き摺り込まれるような感覚がある。重心が崩される──うん、崩されたな、今」
外に流したはずのタカシの木刀に、ヴェンデルの上半身が引きずられ、踏み出した膝が抜ける。反撃に上段から振り下ろすはずだった剣身は回らず、そのまま地面に突き立った。
「弾こうが受け止めようが払おうが、なぁんか吸い込まれるみたいで気味が悪い」
「あ、マジで?」喜色に声まで躍る。「サコ姉さんだと、当てた瞬間に体ごと持ってかれるんだよ。さすがにアレにはなれないと諦めてたけどさ、ちょっとは身についているんだな」
「……なんなんだ、あの美魔女」
241002一部追記・修正
241003追記した部分があんまりな文面だったのでさらに修正




