エキゾチックジャパン(似非)
国家機関に属する省庁であっても、経営が立ち行かなくなることは、ある。
ガルデのティアハイム前身クランが破綻したのは、合併を順当に重ね中小企業と評価された矢先のことである。小規模企業が業績を伸ばし順当に利益を得る中で、一人勝ちと目されていたクランの事業停止は、双王国の誰もにとって晴天の霹靂であった。
そもそも双王国内の市場は、労働力も含め供給過剰気味である。ゆえに軌道に乗った新規企業を起点に再編を重ねることは、政治的にも前提であった。最終的には従業員を一〇〇名規模で抱える企業が生まれてくれたら御の字だと目論んでいたのだ。
しかし、転移者たちの大量雇用を目的とした受け皿確保による省庁分化はつまり、類似業務の乱立である。決定当初より各方面から、市場占有率での淘汰を前提とするのは誤りだと危惧されていた。金融財閥であるテンプル騎士団も、成長率推移が低下横ばいの現状で新規産業の大量投入は劇薬であり、最悪、政治が瓦解する、そこまでいかずとも、類似業種を政治的に投入することにより、既存企業への被害はただならぬ事態になる、と指摘していたのだ。
だが、当時の政治はそれらの発言を王室批判と一蹴、態度を硬直させている。認知バイアスとまでは言わずとも、誤信があったことは否定できまい。
この大火事により結果、王室内でテンプルに発言権を与えることに成り果てるのだが──
とまれ。破綻の決定打は、膨れ上がった買掛金を支払えなくなったことにある。そこに多額の未払金も紛れ込んでいたとなれば、もはや経営以前の問題──とは外野だから言えることであり、当事者たちは必至であった。
いずれにせよ、この経営破綻劇は衆目を広く集めてしまった。ならば続く事業再生にかけられた期待も、多大なものになろうことは明快である。そも組織再編に王族たちのテコ入れがあるのだから、頓挫や停滞などあろうはずもない。
さまざまに目処が立ち事業再開まであと一手。
というところでそれは起きる。さて新たな門出なのだからと定款変更に商号の更新が盛り込まれた。なにか良いネタはないかと残留していた社員たちに案を募ったのが誤りか。そこで命運は定まったのだ。さほどもよろしくない方角へ。
ドイツ圏出身者が多数を占める中で、ひとり日本人だったツグミがぼそりと呟いたのだ。
ティアハイム。
ドイツ発祥の、動物保護施設を指す名称である。
渦中から現在に至るまで一貫して経営者を務めるザーシャ氏は、反対意見を述べなかったことを未だ後悔しているとのことだ。その場のノリに飲まれて大ウケした挙句に身内共々おおはしゃぎしていたくせに、との指摘は伏せてそっとしておくのが大人というものであろう。
爵位持ちが集う集会においての企業名発表時、異常な大喝采と爆笑の一団と躊躇いがちな困惑の拍手に二分された場の光景は、エールデ出身者たちに疑問を抱かせは、した。エールデの住民はグローブでの言葉の意味など知る由もないから気に留めもしない。だから理解は、転移者が企業に故郷の何かしらの単語を用いたのだろうと、ただそれだけだった。全体としては好評なのだろうと判断されて、その場は大団円を迎えたのだ。
商標登記まで恙無く終えて、しばらく経ってからのことだ。初めはポツリポツリと、次第に無視できない数の改善要望が、外部から投函され始めた。曰く雇用する転移者をして飼育放棄された動物になぞらえるとはなにごとか、とのお叱りである。
事業が再開されて軌道に乗り始めた矢先であるから、ケチをつけられるのは困ると、それほども真に受けることはなく、窓口はご理解いただくとの方針で消火にあたった。だがあれよあれよという間にお祭り騒ぎの大炎上に発展してしまう。
現在のエールデでも珍しいとされる、能動的発信によるものである。対処法などあるはずもなく後手に回り、火に油を注ぐ対処をこれでもかと総動員させたがため、最終的には王室および貴族の有力者が複数名、皇族への責務移行を余儀なくされての隠居などという大スキャンダルへと発展した。
ならばと社名が再度の変更を求められたかといえばそんなことはなく、継続して現在も使用されている。定款再変更が議題に上がるのも待たずに、嘘のように騒動が沈静化したからだ。生贄とされた貴族たちは不幸だった。そうとしか言いようのない悲惨な本件は、教訓として歴史書に刻まれ緞帳を下ろす。
「ということで、コウイチくん」
「なにが、ということで、なのかわかりませんけれど、はい」
入社して半年が経過した頃である。ティアハイム代表取締役ザーシャから呼び出しを受けたコウイチは、中華系美人のシンイーと並ばされていることに戸惑いを抱いていた。
従業員七〇名ほどを抱えるティアハイムのその大半は、ドイツ圏出身者で占められる。片手で数えるほどもいない東洋系をこうして並べることに、なんらかの魂胆があるのは自明であろう。接点はおろか面識すらない両名を呼びつけた意図はさて、なんなのだろうか。
「我らがティアハイムのかつての騒動は、もう知っているのかな」
「はあ……?」再建企業の新たな名称にティアハイムを提案したツグミ、それを受け入れたドイツ人たちは、酒の席の定番のネタとして都度に、面白おかしく語ってくれていた。だから興味が無かろうとも知るところにはある。「自分達を放逐されたペットになぞらえて収容施設に保護された立場とのたまったツグさんの酔狂が、なぜそこまでツボにハマったのか全くもって理解できませんでしたけれども、まあ、はい」
「ドイツ圏出身者としては、だ」言葉尻に被せる若干の早口は、ザーシャの触れてほしくない心情の表れだろうか。「ドイツ語によって発生した悶着が、お偉い方々の首をいくつかまとめてトばした、などと歴史に刻まれた以上は、せめて祖国への悪印象を緩和したい。ここまではわかってもらえるね」
「悶着というからには認識の相違があったと、それは誤解から始まったのだと取り繕いたい気持ちだけは、まあ、伝わってきますけれどもね、痛いほどに」
「そーこで、だ」素知らぬ顔が破綻しかけつつもザーシャの言葉は続く。「ティアハイムの社風や雰囲気を他の色調に染めてはどうかとの案が出された。コーポレートカラーからドイツの色を排除して──いや、言いたいことはわかるから最後まで聞いてお願い」
「なにも言ってませんけど──衣装を変えてもドイツ人はドイツ人でしょうに」
「言うなっつーに」
「それにしては」隣のシンイーに視線を向けたのは、部屋に迎えられてからこれが初めてで、ギョッとしたのは彼女の愛らしいアンバーの瞳がこちらをずっと見つめ続けていたのだと、この時に知ったからだ。ザーシャがずっと、こちらにしか話しかけてこなかった理由はこのためか。ひとつ咳払いして気を取り直し、視線を正面に戻す。「ティアハイムを名乗るからと、従業員の意識までもが庇護に甘える立場にありはしませんよ、としたいんですよね」
さて、ここはザーシャが詰めている客間兼用の一室である。敷居と鴨居と床柱に障子そして木襖、それらの木材部分に塗りたくられた目にも鮮やかな朱色が、眼球に遺憾無く攻撃を与え続けている。逃れようにも壁紙は金色だ。天井に顔を上げれば中華提灯が無数にぶら下がり、赤だの黄色だの緑だのとチカチカ光を変えて瞬いている。ひとつひとつに描かれる逆さまの福の文字は良いとして、なぜ衣編なのか──意味があるなどと考えるだけ無駄だろうが。
「何色を目指して、どこに着地したいんですか」
ティアハイムのコーポレートカラーとやらは、和なんだか中華なんだか沖縄か、はたまたベトナムかもしれないが、ともかく理解の及ぼうはずもない勘違い系エセジャパンに蹂躙しつくされていた。暴走もここまで徹底されれば天晴れで──いや、ないわ。
などと呆れに問うた先のザーシャの表情は、衝撃を受けた様子で凍りついていた。色を取り戻す視線が、縋るような感情を訴えてきても、こちらはさて返答に窮するよりほか、なにができようか。
「コウイチくん──これは日本、では……ない、と?」
「しばきますよアンタ」
「はっ──そうか、ならば中国「命、いらない?」ごめんなさい」
なにやらカシャコンとシンイーの側から聞こえたが、そちらを見る勇気など無いから、なんの音だろうかなどとも詮索はしない。
「ていうか、ですね──これがドイツ人の想像する日本だって言うなら、さすがに付き合い考えますよ。なにがどう間違ってこんな有様に成り果てているんですか」
ザーシャの、がっくりと膝を落とす態度に苛立ちを堪えつつ、回答をしばし待てば、
「──ツグミに任せたら、こうなったのだ」
との力無い呟きが漏らされる。
「……………………はい?」
「あれは、そう、いつのことだったか──」
そこからは自己弁護だのなんだのによる装飾過剰な続いたので要約する。
言えば、名付けの発端がツグミなのだから、解決の責任を負うのが筋だと考えたとのことだった。理想としては『和』を求めて担当させたのであり、それを誰もが期待していたのだと。
ところがツグミの持ち込む装飾がどうにも疑わしい。頼んだ手前、文句をつけるのも憚られるし、疑問を投げかけても自信満々に胸を張られてはなにも言えず。
そうして完成したのがこの部屋である。
「人を見る目がなさすぎるぞ、この人」
「おい、本人を前に遠慮なしはやめてください。わかってますから」
「しっかし……仕出かすにしても、もうすこし容赦とか加減とか──」一歩足を踏み入れようものなら、覆いかぶさる色彩の暴力に暑苦しさを強要されることうけあいな惨状である。外界に逃れてまず目に映る緑色の残像は、ティアハイムを訪れる者に刻まれる洗礼だ。「どうしてこんな有様にしくさったかな、ツグさんも──」
その時である。
ずぱんと扉が押し開かれて仁王立ちのツグミが参上した。
「エセジャパンが嫌いな日本人などいない!」
「エセ言っちゃってますよ、この人」「人選ミス」
「やっぱりデタラメかこのやろう!」
高笑いをこだまさせて遁走するツグミを見送るザーシャは、ふらふらと壁に近づき手をついて、ため息を深々と吐き散らかす。申し訳ないです、こう言う時どういう顔をして良いものやら皆目見当もつきません。
「ということで、コウイチくんとシンイーくんを呼んだのは他でも無い」「ああ、やっと本題ですか」「二人にはこれら全てを順次『和』に染め直す作業に取り掛かってもらいたい。期限は切らない。ゆっくりでいい。予算も弾む。とりあえずはそこにある朱色に染まったマーライオンを捨ててきて」
「はいよろこんで」
コウイチとしても願っても無い依頼である。目に映る一切合切の色合いに、みんなよくも耐えられるものだと感心していた──ぶっちゃけ転職も視野に入れていた。好きにして良いとのお達しであれば、落ち着いた風合いにごっそりと変更させてもらおうではないか。「というかシンイーさんの意見は?」
扉のすぐ側までマーライオンを移動させたコウイチが振り返れば、なぜだか彼女はとんでもなく至近距離に待機していた。思わずたじろいでしまうから、気配もなにもなく移動するのはやめてもらいたい。
「故郷が冒涜されるのは我慢ならなかった」
「いやそれはわかって──まあいいや、これからよろしくお願いしますね、シンイーさん」
「さん、はいらない。あたしもコウイチと呼ぶ」
「ああ、了解で「ハグ」なんて?」
両腕を広げて待ち状態のシンイーが、顎を軽く上げ「ん」と促してくる。「あたしが、そうしたい。そうしてほしい。だから、ぎゅ、て」
「えー……」
「ん」
暗記を忍ばせる女性を抱きしめてのドキドキなどごめんこうむるコウイチだったが、どうやら拒否権は無さそうだった。
241002加筆修正




