不備の隠蔽・其の二──教育と脅迫の違い
「そこはいいのよ。あなたが見積書を発行しなきゃあ業務が始まらない、なんて時間の無駄でしかないもの」サコギは、つま先で路床をカツと鳴らし、顎を上げてやや見下ろすように、ダリオを睨め付けた。その表情には微かな怒り、または憤りがある。「ソアダで保有している在庫をある程度は把握しているからこその発注よ。必要資材が納品されないようでは困るわ」
「ああ、大丈夫ですよ、きっと」
現場に出ることが稀なダリオである。あらゆるものに興味を持ち、さすがに軽々しく手を触れようとはしないが、ふらふらと移動を続けている。その様子がどうにもサコギの感情を引っ掻いて荒立たせてくる。
それに気づいているのだかいないのだか、ダリオは不真面目にも見える態度を崩さない。
「被災状況での必要資材は、その内容から発注までがマニュアル化されていますし、それに属さない発注は使用目的を後ほど審査させてもらいます。適否次第ではマニュアルの改訂時に採用しますよ。正直な話、代替品選定のスキルがギルドには不足していましてね。そのあたりを学ばせていただけたらなと思う次第でして。サコ姉さんのことですし逸脱した発注など、しないだろうとの信頼もありますから、ええ」
飄々と言ってのけるものだ。
サコギは片目を、ひく、と細め、言った。「他人事のように言うけれど、今回のギルドの受注担当は新米のベネディクトくんよね。仕様書も見積書も、それはもう出鱈目だったわよ。彼の教育はあなたの役割でしょう。今更、見積もり内容を学ぶだのなんだのと言うけれど、あなたはちゃんと教えられているの?」
「これは耳が痛い。彼もまだペーペーなもので。長い目で見ていただけると助かります」
「理解している人にやらせろと言っているのよ。まあいいわ」
受注にそぐわない仕様書に、内容と合致しない見積書。それらをろくにチェックせずにティアハイムに回覧させたのは、ベネディクトをペーペーと評したダリオのはずだ。今の彼の発言は責任の所在をベネディクトに押しつけているのと同義である。その上で「新米のやることだから目をつぶれ」とは恐れ入る。ため息の一つでも吐き出さないとやっていられない。
「封鎖は自治体警察による洞窟城領内だけじゃあないわね」
「さすがですね。御社に発注が向かわない理由がソレです。領内交通網に国家地方警察の検問が敷かれました。周辺区域の広域封鎖が宣言されています」ヤグラの足場に置かれた通信装置の前で立ち止まり、覗き込みながらダリオは言葉を続ける。「さて、まとめますね。発注のすべてはギルドが一元管理する。発注は代替品をあてる場合がある。洞窟城の領境全域に国家地方警察が広域封鎖を開始した。ああ、あと追加で、今後の発注は窓口を設けましたのでそちらへお願いします。通達は以上です。ところで気になったのですが」
簡易通信機は、骨組みだけの小さな脚立に水晶の膜を組み付けたような形状だ。被災空間内部に持ち込まれているはずの送信機から信号を受け取ると、直後には対象の送信機を受信機に変換して、こちらからの情報を伝えられるようにする機能を持つ。水晶膜の表面に刻まれた魔法の列式に滑る灯を見れば、受信は未だなされていないとわかる。
「ギルドからの見積書だと簡易通信機は発注されていないと記憶していますが、ビルギッタさんたちの手元に通信機などあるのですか?」
「ソアダからの納品書も見ていないのね。コウイチが発行した発注書で追加しているのよ。そこにある通信機も同様に、工事補佐のソアダにクラン・レッシナ経由で現地納品──」とまで続けた言葉が、はたと止まる。ダリオに背を向け、書類が収められたテーブルワゴンに大股で移動。工事仕様書を開いて納品書を取り出し目を走らせる。簡易通信機の項目に到達して、愕然とした。「──レッシナは発送していない。申し送りに支給品をギルドが直接納品するとある。あんたたちが持っている機材となれば余剰の横流しよね」
途端にダリオから余裕が失われた。「い、いえ横流しなどと、違いますよ。たしかに余剰転用では、あるとは、思いますが。客先に納品されるものでは無いわけですから」
ダリオの横からマヌエルが、ぬっと顔を通信機に寄せる。
「レッシナの検査証銘板が無い。魔法の式を設計したのはベネディクト」マヌエルの左手がダリオの二の腕を掴む。「なぜ彼が設計している。検査証発行の無い機材を納品などどんな了見だ」
「あ、ああ、レッシナで詳しいのはアルヴォさんだから」ぎりぎりと引き上げられながらも、ダリオはマヌエルをまっすぐに見つめ弁解を始める。「不在で受注できないとは聞いていた」
「どこまでも他人事か」マヌエルはダリオを、軽々と頭上に掲げた。その高さは彼自身の身長よりも上だ。「これではクランの証憑偽造となる。ベネディクトには責任を負えるだけの権限など無い。指示したのはお前だな。名が無ければ責任から免れると思うな」




