不備の隠蔽・其の一──手を止めても頭は回す
サコギは不満だった。
塞がれた支路を前に舌打ちして、仄かな光を放つ魔力結晶の壁を睨みつける。
魔力はその効果範囲において、のべつまくなしに周辺岩盤を喰らう。そうして容赦なく結晶へと転化し続けたのち、めぼしい素材が失われてようやく鎮静する。そうなれば結晶はただの鉱物素材でしかない。ジオードが正しく生成されてさえいたのなら、安定したところを砕いて掘り進めるだけでことが終えられたのだ。
なのに目の前のジオード形成範囲はまだ活きている。落盤した岩石や土砂を取り込んで壁や柱状に成長を遂げておきながら、内側に取り込んだ不純物を一息に転化させようともせず、じわじわと舐めとるのを楽しむように保管し続けている。転化速度があまりにも鈍い。それは状況を、魔力結晶の壁に手出しできないものとしていた。
「サコ姐さん」
声に振り向けば、栗色のショートボブをカチューシャで押さえた、黒い瞳の女性がサコギを手招きしている。東洋系の顔立ちをした、合衆国出身のダフニーだ。
踵を返して主要運搬坑道に出る。駆動で唸り続ける機械はボーリング用の動力機だ。そのすぐ真横に置かれた大きな広いテーブルを、複数名の作業者たちが取り込んでいる。
「なにか前向きな情報は見つかったかしら」
「魔力結晶で包まれた鉱石障害物の撤去または貫通は、現状では困難と言わざるを得ません」ダフニーが、サコギの言葉を半ば無視して悲観材料を提示する。「不純物を抱き込んでいますから通常よりも頑丈なのは想定していましたが、掘削するごとに強度を増すようです。加えて、コレです」
広いテーブルの上に並べられているのは、ボーリング掘削用ドリルの先端、円筒状のパイロットビットだ。それら全てが金属の肌を結晶化させられていた。半ばから鉱石化して分解しているものすらある。
「拡掘以前の問題ね。掘削途中で機材が結晶化だなんて聞いたこともない」
「壁もろともごっそり取り除くにしても」ダフニーが支路を仰ぎ見て、天井付近に指を差す。「自然環境であれば本来ありえない鉱物同士が噛み合いあって、形状をかろうじて保持しているのが一目瞭然ですから、一斉崩落がオチでしょう」
「せっかく持ち込んだのだから、もう少し活躍してもらいましょうか」
動力機は魔力を動力源とする。魔力は通常燃料よりも反応動力が大きく、往復動機構では各部分の強度が確保できないため、部品点数が少なく頑丈な作りを可能にできる回転動機構、つまりロータリーエンジンが採用されている。その駆動音は連続した唸りだ。回転速度を落とすと途端にトルクが落ちるという欠点はあるものの、穴を掘る目的に特化しているがゆえか問題とされてはいない。
「こいつで掘った、支路の横のサンプルは?」
問いかけると、作業員の男性が一人、挙手しながらサコギを促し誘導する。
「ダンジョンの特性が最悪な形で出ていますね」円筒状の土壌サンプルが、壁沿いに複数本転がされている。男性は屈んで、手前側から奥へと指で示した。「鉱床と母岩の関連が出鱈目なのはさておき、一部に透水が確認されました。おそらく主坑道壁面から三メートルほど奥に、垂直に脆い層が伸びています。もう一箇所サンプルを取りたいところですが」
「どうせ自己修復するダンジョンだもの。いっそ六〇センチほどの筒を貫通させたら?」
「壁面内部にも、魔力結晶が挟み込まれていることがわかったんですよ」
示された箇所は、絡み合った結晶が四方に枝葉を伸ばしていた。流石に成長は止めているようだが、取り出された直後にはまだ活きていたのだろうことが見てとれる。
「しかも、触媒をほぼ消費しないままに燃焼を続けて、熱量だけが上がり続ける状況であることも判明しました。なぜ安定しているのか、その条件は調査中です」
「解明できたら、かなりの技術革新ね。だけど理由がわからない以上は」
「ええ。干渉により収束するなら良いですが、臨界超過を促してしまう懸念があります」
魔力結晶への正面からの破壊は技術上不可。避けての周辺掘削も不安要因から保留。資源時間が限られている以上、人員を足踏みさせておくわけにもいかない。
「──最悪のケース、万が一の事故を想定した被害の予測を検討して。二次災害が予想された以上は救出を諦めることも視野に入れること」
場が、ざわつきはしたものの異論は出なかった。
「熱くないが」そこに唐突に、サコギの背後から巨漢の腕がぬっと伸びてくる。度肝を抜かれる作業員たちを尻目に、マヌエルは意に介することもなくテーブルの上の結晶を摘み上げた。「燃えてもいない。魔力だからか」
「化学変化──魔学変化と言うべきかしらね。転化を広義の燃焼現象に含んでいるだけよ。あと火が出ない燃焼は普通にあるわ。触媒燃焼とか、燻焼はタバコがそうね。おかえり、マヌエル」背後に現れるマヌエルに動じないサコギは、腰に手を当てたまま頭だけで振り返り彼を仰ぎ見る。「発注はどうだった?」
「書面にギルドの検閲が入った」マヌエルが顎で示した先には、支路を興味深げに覗き込むダリオの姿がある。「発注そのものは通ったが、業務がソアダに向かうかはわからない」
どういうことか、とダリオを見つめると、気付いたのだろう彼が
「状況が状況だけに現場判断が最優先になりますが、そこで発生する納品に至るまでの書面の全ては、ギルドの発行物として一元管理とします。僕がここにいる理由の一つはその説明のためですね」と、のんびり説明した。




