はぐれた先で出会った人たち・其の五──発端の自覚
どうしてくれよう。コウイチさんがタラシだ。
彼らが話す言葉を理解できないヒタキである。しかし彼らが話す際の表情は豊かで、身振りも大仰とまでは言わないが大きい。だから伝えたい次の行動は、大雑把にではあるがわかる。それゆえに、仏頂面で歩み寄ってくるエルノの姿を確認したヒタキは身構えてしまったのだ。すわ一触即発か、と。
だが、そんな憂慮は杞憂だった。無難にことが収まった様子に胸を撫で下ろしたのである。
エルノとカステヘルミは共に移動して、仕事モードの顔で作業に取り掛かろうとしている。だから少なくともこの場の事態は、収束したのだ。終末時計の針は戻された。
わからないのはコウイチの態度である。彼はどこまで把握して、そしてどう解釈しているのだろうか。ひと仕事を終えた感漂わせるのは一向に構わないが、その飄々とした立ち振る舞いはあまりに油断が過ぎるのではなかろうか。ヒタキはそう感じるのだ。
──僕は、負けないから
──……あたしだって、好きなんだから。
──お前になにができるんだよ。コウイチさんを支えられるのは僕だ。
──そんなことない! あたしだって!
──(はぁ……)コウイチさんは、もう、決めているんですよね。
──待って。自分の気持ちに素直になるって、あたし、決めたの。
──わかったよ。せいぜい頑張れば。
──えぅ……うん、負ける気は、ないわ。
──後悔しないでね。
との会話が交わされたに違いない光景だった。その認識に誤りはないと思われる。なのに当事者どころかド真ん中に鎮座ましますコウイチ一人が、なぜ他人事の顔でいられるのか。
「とりあえず、あの二人ってきょうだいなんですよね。髪と目の色が同じですし」
「全くの他人だそうだよ。最初は俺もそう思ったけれど」
「えぇっ?」
「え?」
なんたることか。思わずコウイチをまじまじと見つめてしまったではないか。見つめないわけがない。同属性の容姿を持つ赤の他人の二人が、一人の鈍感難聴系を挟んで、互いに自分の好意を宣言し合うなどとは、誰が想像できようか。これが身内同士であればまだ、血のつながりから重なり合った趣味嗜好で競い合うのもわかる。身内ゆえに切れないつながりがために、想いはどうあれ延長戦もやむなし、わかる。ところが他人ときたものだ。もはやあっぱれである。まさかの展開ではないか。
「介入すべき……いやいや、くすぶる火種に触れるのは危険極まる」
「……なにやら不穏な誤解がありそうな」
「いいんです。あたしは二人を応援するだけですから」
「なにがいいのかわからないしなにをおうえんするつもりなのかもきになる」
「置いときましょう。ところで」それはそれとして、と顔の前で手を小さく打ち鳴らし、ヒタキは坑内を見渡した。「みなさんはずっと、洞窟内で生活を?」
キラキラと輝き瞬く結晶が、壁や天井そして床一面に敷き詰められている洞窟内は、確かに目に楽しいものがある。だが生活となれば、はたしてどうやって、と首を傾げてしまうのだ。彼らの行動から察するに、生活の行動半径を広げるための調査なのだろうなとは思う。あちこちにばら撒かれている光源は、ここに入るにあたって彼らが設置したものだろう。
向こうを見れば、膝の高さに盛り上がる壁。それを跨いだ先にあるのは、ごっそりと抉れる床。背伸びして覗き込むと、大きな水晶が群れを成して空に切っ先を向けている。そんな水晶の絨毯は、さらに奥に聳える半透明の壁に溶け込むように続く。
壁を調査しているのはエルノとカステヘルミだ。もしかすると、あの壁を抜いて先に進むつもりなのだろうか。
「綺麗は綺麗ですけど、観光にとどめておきたいというか」
「ここは単に、君が現れた場所というだけだよ。目覚めたばかりの君に不安情報を与えるのもどうかとは思うけれど、事故でね、今は閉じ込められているんだ」
「外には異世界があるんですね。安心しました」
「ここも異世界だけどね」見上げるとコウイチの優しい微笑があった。「坑道の外には、青空の元で生活を営む、たくさんの人たちがいるよ」
「じゃあ、とりあえ──」
とりあえずの目標は脱出、との言葉をヒタキは飲み込んだ。とりあえずだの目標だのと言える立場ではないのだから。なにができるわけでもない今の現状では、指示に従う以上のことなどできはしない。迷惑をかけるのはご容赦願うということで──?
光景に、ふとした違和感、直感のようななにかを感じて目を凝らす。
地面から盛り上がる壁が、ぼんやりとした円を描いているように見えるのだ。視線を上げると天井からも同じように、つららのように壁が降りかけている。引いて眺めると、広い洞窟の中央に大きな球体が見えてくるように思えた。
「──もしかして、あたしがこっちに来たせいで、閉じ込められたとか」
あのあたりに、あたしが。そう指で示した。




