はぐれた先で出会った人たち・其の二──蚊帳の外から眺める修羅場
《それじゃあ、コウイチ、話しかけてあげて。日本語で》
ポンと肩を叩かれ、支えてくれていた腕が離れる。
見上げると、容姿端麗な妙齢のお姉さんがニンマリと、闊達な笑みを向けてくれる。頭を丸めるほどに髪を短くした美人は、これほどに格好良いものなのかと見惚れてしまった。
《まずいんじゃあないかな。この子、これからエールデで生活だ、なんて想像すらしていませんよ。ずっと俺が彼女のフォローを続けるわけでも無いのに》
お姉さんに困り顔で話しかけるのは、日系っぽい男性だ。彼の表情、その仕草いずれもが日本人っぽく無いのは、外国語を話しているからだろうか。
向けられた視線が、妙に険しい。一瞬、気圧されて目を逸らしたヒタキだったが、不快感を与えられたままでは面白く無いと意を決して睨み返す。文句があるのなら直接伝えてくれたら良いのだ。理由が改善可能であれば誤解を解いて歩み寄りもできる。どうにもならなければ、その時は敵認定だ。真っ向からスルーしてやろう。なにせこちとら言葉がわからないからそれが罵詈雑言だろうが意に介さないことうけあいだ。強い口調は勘弁願いたいところだが。
《いいんじゃないですか》
まだ新キャラがいたのか、とそちらを見ると、先ほどのおっぱ──もとい女の子と同じ、白金の髪に灰色の瞳の美少年が、なにかしらの機材をガチャガチャとさせながら近づいてきた。
《現状は彼女を保護していますし、今後がどう転ぶかもわからない。意思疎通の確保が最優先ですよ。それにコウイチさんなら大丈夫でしょう》
《なんだかエルノくん、君、俺を買い被ってない?》
《みくびってはいたかも》
話す内容はわからないが、二人の距離感が近いことだけは伝わる。これはアレだろうか。不器用鈍感系と、いたずらっぽく笑う小悪魔系のやりとりか。初対面の人間には警戒心をむき出しにする青年と、そんな彼を真っ向から、からかい茶化す男の子。
あ、いいかも。その絵面、いい。
ヒタキの、青年に向ける印象の天秤が、好意の側に多少傾いた。
《すこし、ごめんなさい》
大きな胸元が印象的な彼女が、こちらの袖を捲ってきた。されるがままにそちらを見れば、ほんの少しの切り傷がある。ガーゼに水を含ませる姿に、腕を上げて差し出すようにする。
《ごめんなさい、です。沁みるかも》
「ありがとう。お願いします」
言葉は通じていないだろうに、彼女は、えへへ、と笑いかけてくる。あまりの無邪気さに、心が鷲掴みにされた気がした。美人で可愛らしくて愛想も良いとは、なんたることか。やりおる。
《あたしはアルヴォの様子見てくるから。ここはよろしく》
声を出したのが良かったのだろう。気分が楽になったヒタキは、去ろうとする女性に「あ、あの!」と声を掛けることができた。
彼女は、てらいがない表情で見下ろしてくる。だからヒタキも緊張が解された。笑顔を浮かべて頭の後ろ──バレッタだ──に触れながら首を傾けて示す。
「これ、お借りします。助かります」
《かまわないよ。その綺麗な黒髪が、ドロドロにされるの見たくないからね》
片手を振りつつ笑いながら去ってゆく彼女は、やっぱり格好良かった。気持ちが通じたらしいことに嬉しくなって身をよじってしまう。
《お、終わりました。ほかにどこか──コウイチさん、翻訳、してください》
治療が終わったらしい女の子が、ぺたんこ座りで見つめてくる。微笑みを向ければ微笑みで返される。やばい。存在が眩しい。仲良くなりたい。
「痛いところや、傷があったら言ってくれるかな。こんなところだから感染症が怖いんだ」
「あ、はい、どうも」
そこへ不意に投げかけられた日本語だったから、普通に返事をしてしまう。
──ん?
しばし眉根を寄せて悩んだのち、弾かれたように青年に顔を向けた。
青年は、少年と彼女との間に割って入るように体を移動させていた。少年の冷たい視線はどうやら彼女に向けられているらしい。そして彼女は首を縮こませている。青年の手の仕草は、抑えるよう嘆願するそれだろうか。
少年がため息をついて去ってゆく。その背を見送った青年は、彼女の丸まった背を軽く叩いて優しい表情を向けた。
《一緒に謝ってあげるから》
《うぅ……ごめんなさい、です》
落ち込む娘と、困り顔の青年が並ぶ絵からは、どこかギクシャクとした印象を受けた、
途端、天啓のように降りてくる直感があった。
この子はお兄さんのことが好きなのだ、多分。男の子は普段から余裕をかましているけれども、いざ好意を持つ女の子が現れたものだから面白く無い。ゆえの不機嫌。繋がった。そういうことだ。
うわ、修羅場じゃない?
──じゃなくて!
「今、日本語でした?」
間違えるな、重要なのはこっちだ。
「コウイチと呼んでもらえるかな。他のメンバーと同じ呼称のほうが都合がいいからね」
「はい!」日系じゃなくて日本人だった。目の前の青年が俄然、頼り甲斐のある大人に見え始めるのは、現金だろうが仕方ない。「ひたき、です。鳥さんの、あのまんまるな」
なに言っちゃってんの、あたし。




