雇用支援の限界
250511大幅加筆改訂
エールデのギルドとは、転移者たちの独立生計を補助する国家行政による機関である。
適性検査と簡易な試験を経て適職を提示。職業訓練を兼ねた現場体験は有給インターン制で募集は随時。即戦力可能なスキルを取得したと見做せば企業を斡旋、当人の意思確認ののちに手続きを代行して入社に協力する。
就職後も継続して定着支援に関わり続けるが、労働労務問題などによる職務継続困難な状況は残念ながら根絶困難だ。そうした際の転職相談の役割は当然担う。就労受け皿企業は全て行政機関の省庁であり正しくは異動であるから、手続きは簡素で迅速である。
希望が未経験の業種となれば、現場体験からの再出発となるのは致し方ない。即戦力に満たなければ正規雇用されない厳しい環境とも言えるが、補助を受けながら賃金も得られ且つ余裕のある期限との揃い踏みが功を奏してか、技術不足が障害とされることは、現状ない。
目的が転移者の自立生活支援であるから、仮滞在許可証の発行と一時賃貸借契約の起居の提供、生活補助金に計上される食費の支給、衣類などの配給も含まれる。
諸々の支援体制は、相当に強力であった。
これらの恩恵は転移者にのみ与えられているが、現地民の不満らしい声は、皆無とは言えずとも、無くは無い程度で収まっている。
そも双王国では生まれの職務を引き継ぐのが常であるから、職業選択の自由なる特権そのものがまず理解され難い。また、言葉が通じず寄る辺も無い世界に着の身着のまま投げ出された者に、なにができようはずもない。加えて下手に放逐などして犯罪に及ばれては──加害であれ被害であれ──迷惑も甚だしいとなれば文句を飲み込まざるを得まい。
その傍らで、無視できぬほどに少なくは無い不服の声を挙げる者たちがいた。
他ならぬ転移者たちである。
主立つのは数々の恩恵を賜りながら、与えられる環境に順応できなかった者たちだ。求職活動実績を報告することで通る仮滞在許可の延長手続きすらもせずに、期日の四〇日を失効して仮部屋から退去させられ、生活補助金を打ち切られたからと出領、果ては徒党を組んで治安を乱す始末に、為政者たちは頭を抱え、現地民たちは首をかしげた。
ここまでのお膳立てに不平を積む彼らの意図が本当にわからなかったのだ。
帰還の術を持たぬ拉致被害者、と同義の転移者への同情はあまりある。ゆえ国費を投じて公的扶助予算を通しているのだ。かかわらず与えられる側が不満と非難を声高に叫び、言語習得からも遁走するとなれば、埒外で量りかねる心理である。
双王国を含む諸国は就労の機会を都度に与えようと、炊き出しや古着提供などの公的扶助制度で対応しているのだが、効果はどうにも芳しくない。しかし組織立つ行動を牽制するためにも予算は組まねばならぬと、抜本的解決を必要としながら根本的要因には届かない埋没費用効果の様相に、関係者各位は打開を見出せずにいた。
国家地方警察総監でありガルデ王弟の立場を持つエーデルトラウトは、彼らに向ける支援体制に根本からの誤りがあるのではと、疑義の念を抱くのである。
儀装馬車は、幌馬車に比べ乗り心地に優れている。とはいえ、移動を急げば振動はそれなりとなる。日々移動を常とし慣れたものであるエーデルトラウトではあるが、時折の投げ出されそうになる挙動は避けようも無い。
転げる失態とまではさすがに至らないこちらにひきかえ、正面に腰を据えるユキヒトは派手に頭を打ち付けていた。その様子は申し訳ないが失笑を誘う。
彼の出身地では馬車移動など、娯楽施設でしか見かけることすらないとのことだ。くわえて転移後のギルド勤務となれば常駐就業である。乗車の機会もそうは得られまい。
「どうするべきなのかな、ユキヒト」
不慣れを嘲る意図など無いから、素知らぬ顔でそれまでの会話を継続した。
「いっそ自分たちだけで起業するのであれば、認めるにやぶさかではないのだ。一枚噛ませてもらう程度の我儘は聞いてもらうことになるがね」
言いつつ手元にある書面に目を走らせる。ユキヒトから渡されたその内容には、計画書に見積もりそして納品書、受領書も添えられている。つまりは後追い業務の事後承諾確認だ。それにしてもと繰り返し視線を向けてしまうのは、あまりに頭抜けた額面である。束ねても然程も厚みのない書類であるのにと、険を醸すのは隠しようもない。
よくぞここまで派手に使い込んだものだ。いっそ脱帽と言えよう。
タカシを介してとはいえ、承認した立場であるから、こののちに回ってくるだろう取引証明や請求書を突っぱねる真似はしない。だが、歳出予算に新規の款項目を追加考慮に入れるだけの金額ともなれば、どう捻出すべきか苦悶もする。
……大規模軍事演習を白紙撤回してなお、補填に届くか──?
「殿下のおっしゃる通りですが」
ユキヒトの声質は耳障りに柔らかだ。ハキハキとした口調も伴い、社会人よりも学生といった印象を抱かせる。見れば、毅然としてはいるが取り繕いの隠せない態度と表情がそこにあった。二〇半ばと聞く年齢を思えば、及第点ではあるが甘い。
「それ以前の問題かと思われます」
さてなんの話だったかと「ほう」と曖昧に返し──自ら振った話題だと思い出して姿勢を正し、ユキヒトを見据えた「それ以前とは。なにかこちらに至らぬ点があるのかね」
素直すぎるきらいのあるユキヒトは、唾を飲み喉を上下させた。場繋ぎで出まかせをやらかさないよう間を置くためだろうか。見抜かれては元も子もない。
──気持ちがまだ、若いのだろうな。
と、よぎる思考に、つい頬が緩む。こちらは齢一五を迎えたばかりの、しかも同年代からすら幼く見られがちな容姿である。身の丈はユキヒトの胸元に届くかすら怪しく、体力筋力は言わずもがな。そんな相手に若いなどと評されては、立つ背も無かろう。
「なにもしたくない、それだけなのです」
はたして初邂逅から緊張の面持ちを一貫して崩さない彼に、その気遣いは必要だろうか。
見た目で侮る者は多い。ガルデの王弟で、国家地方警察の総監に就き、双王国警保局の指揮権をも有するとまで列挙してなおだ。そうした傾向は、現状に満足した者にある。
ならば慇懃に言葉を選んで運ぶユキヒトは、なおも処世に気を配る目的を抱いていると見るのが適正か。彼はギルド職員として証憑のでっち上げまでこなせる立場にある。しかも所属地から離れたルシュはギルドに在籍出向の立場で舞台を整える手練を証明した。さてどこまでを見越しているのだろうか。
「行動を起こさねば野垂れ死ぬだけと理解してなおのことか。望む職務に巡り合えず妥協もできぬから、扶助を辞退し路上生活行動をもって衛生改善を世論に訴えている、くらいの目論見はあってほしいのだが」
「そこまでの魂胆があればまだ、歩み寄りも可能でしょうが……」
ぼやき呟くように応えるユキヒトは、心底からうんざりした様子であらぬ方向へと視線を向けた。日々の窓口業務の苦労を偲ばせるその挙動は、なるほど、タカシがもしギルドに所属していたならばこうなっていたのだろう、と思わせてくれる。
「増長させた自尊と虚栄で、自身を取り巻く全てを蔑むにとどまらず、受け取る保護と支援に不満の声を挙げ、我慢していることが対価と考える、といった連中はいるのですよ。そして振る舞いは周囲を汚染します──いや、感染ですねもはや」
するとギルドとしては珍しくも無い存在なのだろうか。類似する報告すら上がってはいないはずだから、まさか現場責任として内部処理ともなれば職場環境配慮義務違反の線もありうる。
「厚意に付け入る悪意ある連中ということかな。自活すらできない立場で、努力する姿も見せずに、社会的容認だけは受けたいとは──許されるなら私も是非にそうなりたいものだ」
「悪意はありませんね。貰えて当然の善意と厚意に満足しなければ、被差別民扱いされたと本心から怒り騒ぎ立てますが、そこにあるのは肥大した承認欲求だけでしょう」
「いや、わからんな」
本音が出てしまった。
転移者への同情は当然、ある。それまで培ったであろう知識や技能そして経験が、日々の暮らしもろともに軒並み取り上げられた。そればかりか、言葉が通じず道理もわからない環境に投げ出されて、永住を前提に就労活動をしろなどと選択の余地もなく勧告される。気力を失う者はいるだろうし反発も抱こう。無理難題は承知のうえである。
だからこそ自立支援事業を、国費を投じて継続させているのだ。
「そんな真似をして連中になにが残る。搾取のみを目的として治安をも乱せば、被害者であり続けることもできなくなるというに」
「相手にされなくなることまでも含めて被害者の立場にしがみつきたいのでしょう。それだけが彼らの正当性の全てじゃあないですかね」
「──そんな者たちもいるだろう、と飲み込むには獲物が大きすぎるな」
記載詳細確認を終えるまでの軽い雑談のつもりが、まさかの有意義な情報提供である。承認の署名もとうに入れ終えた束を手にしばし、視線を落とし吐息を漏らしてしまった。
「なるほど、歩み寄りの余地はなさそうだ。近日中に、ギルド窓口の実態調査を予定に入れるとしよう」
気を取り直し、丸めた書面の束を常温封蝋で固定する。のちに指輪を押し付けて印章を刻むと、窓に据え付けられた鈴に──伸ばしかけた手が止まる。
はたしてユキヒトはタカシたりえただろうか、との疑問が過ぎったからだ。
ユキヒトの居住まいは、こうであっただろうタカシの潜在性のひとつだとわかる。
騎士叙勲による貴人との多数の交流を経たなら、ユキヒトもタカシのように、平静を装うことに長けただろうとも予想できる。
しかしタカシの、法規根拠に該当しうる状況をでっちあげるくらいは当然だ、と言い放ち、ユキヒトも同意しているものと疑う様子もない態度は、互いの役割を担うようになってからのものだろうか。
タカシは引き金に指をかける意味を納得していたのだ。
ユキヒトは、理解で留まってはいないか。
「ひとつ、気がかりができた」書簡でユキヒトを差し、回りくどくはある題目であたりを見ることにした。「経済支援扶助の回収に使われる不労の者もいると聞くが、そちらはどうなのだ。どうせ自尊と虚栄で構成されたという連中が従えているのだろう。そんな輩にいいようにされて、不満を抱えるくらいはあってもらわねば困る」
するとユキヒトは「ああ」と、またも残念そうな顔をしたのだ。
「窓口で見かけたのは、自活への焦燥を抱きつつも、なにをするにも自信を持てず、訓練先への負担となることを恐れる方々でした。おそらく彼らのことでしょう」
くだらないことを、と唾棄しかけた感情を危ういところで沈静させる。
「気づかぬまさかの適性があるやもしれぬのに、与えられた環境の活用を避けるだなどと、浅はかも過ぎる。学ばせる側は、不慣れを見越して業務に参加させているのだ。気に病む必要などあろうはずもない。むしろ、重荷になりたくないとの殊勝な心がけで就労経験を避け補助や保護を打ち切られておきながら、公的扶助で養われる浮浪者に落ちぶれる了見が知れぬぞ」
「人に使われ日銭をせしめるほうが、自ら生計を維持するよりも気楽に感じているかもしれませんね」
「気でも触れたとしか思えんな」
「──いるのですよ」
ユキヒトの決まりの悪い表情は痛々しくも見える。多弁に過ぎたとの反省もあるだろうか。
「扶助に頼る在留は永続しない、とは都度に忠告しているのですが──帰化申請を通す努力を見せなければ、国は保護もできないとの認識が、どうやら欠損しているらしく」
「洞窟城領はイアンタに、それらは多く潜伏している。区別はできぬぞ」真意はどうあれユキヒトの、連中に向ける認識はこちらと大同小異のようだ。ならば念押しもできる。「ことによればユキヒト、歴史書にこの名は刻まれることとなるな」
「ご随意に」
やや意地悪な物言いをしてしまったが、ユキヒトからの解答は、予想していたよりもしっかりとしたものだ。
「統帥権が健在の法治国家から統制権移譲を引き出すのですから、手荒は覚悟の上です。殿下に意を汲んでいただけたからと丸投げでは、横着も過ぎましょう」
──なんだ、わかっているじゃあないか。
この後に待つのは、ユキヒトたちが懇意としているムーチェン領主親族一同、彼らを対象とする欺瞞作戦である。先の会話にある住所不定者たちの暴動を沈静化することで、現場を実効支配し統制権移譲を引き出すといった強硬策だ。
現場制圧は、救いようの無い乞食どもと、搾取されるがままの主体のない連中の区別などせずに十把一絡げとなる。その部分が懸念点であったが、すでにユキヒトも見限っているのであれば、これ以上は後顧も不要だ。
鈴を鳴らせば、並走していた馬上の騎士が小窓から、緊張に紅潮する顔を覗かせた。この儀装馬車は御者台を持たない騎馭式で車高があるため、走行とは逆方向に腰を下ろしているこちらは騎士を正面から若干、見下ろす位置取りとなる。
「この書簡が合図である」差し出せば危なげなく受け取る騎士に、声を張り伝える。「合同軍は指揮代行トラウゴットへ直接手渡すと同時に伝達、エーデルトラウトが下命により我らを待たず開始せよ」
騎士は小さな頷きのみで先行する。首を捻り見送りながら、ユキヒトへに差し出すのは控えだ。受け取ろうとする手が遅れたのは、彼もまた騎士を見送っていたからか。
手にした書面を引こうとする挙動に、取られまいと摘む指に力を入れた。
互いの手の間で綱引きされる書面をユキヒトは、怪訝に見つめている。
「これでめでたくも共犯関係だ」
おどけて言ってみせれば、ユキヒトの表情が強張った。ことが無事に進んだことで油断していたのだろう。警戒心のない不用意な素振りなど見せるものではないというに。
「隣国と開戦した直後の連邦の背面に、兵站流用可能な多量の物資をこれ見よがしに搬送。国家地方警察がメッゼリとアリュヤからも兵を動員して洞窟城領入りする。軍事的示威行動の手本としてはこれ以上とない」
「連邦には、ぜひとも円満な協定を謳いあげてもらいたいものです」
「ガルデの王孫ユリウスが、連邦に観戦武官派遣で乗り込むそうだ。連中も引かざるを得ないだろうな。引き換えに王弟自ら汚職に手を染める始末だ。事犯対策推進要項改正法の施行直近の不祥事ともなれば、喜ぶ者も多かろう」
こちらが書面から手を離せば「頂戴します」とユキヒトの黙礼が返される。「どのような彌縫となるか興味がつきません──ツケは回収できますか?」
正直、泡を食う連邦にも好奇心はくすぐられはする。だが、そちらはガルデ王太子ギゼルヘアの分担だ。せいぜいこちらは治安維持活動の通念整頓に気を配るのみである。
「さて、取り立てに実を得るか、ご破産で持ち出しとなるか──」とまで応えてから、ふと素直に問いかけてみたくなった。「なぜ、私の前にあるのがユキヒトなのかな」
虚を突かれたのだろうユキヒトは、キョトンとしたのちに困ったような笑みを浮かべた。するとこちらの疑問を洞察してくれたらしい。「君の立ち位置はタカシでも構わないだろう」
「結果的に、納まるところに納まった、それだけです。なにより」とユキヒトは遠くを、おそらくは彼方の洞窟城を眺めやりつつ、言葉を継いだ。「イーヌォ姫がいるだろう洞窟城に向かうのは、タカシが適任ですからね」
「あの聖女がどうし──適任とは?」
洞窟城領の現当主ヨウアンは孫娘イーヌォの権能は、諸国に知られるところにある。個ならまだしも場に満ちる感情を、意のままに誘導できるといった異能である。
双王国のギゼルヘアとクロエの両王太子が彼女を危険視しているのは公然だ。場を和ませるに留まるならば、要警戒ではあるがそれに尽きる。だが個々の思考を別個に、かなりの精度で読み解いている節があるとなれば、是認し看過などあろうはずはない。
当然、本人を含むヨウアンたちは否定している。訝しんだところで決め手に欠ける以上は、国政への容喙と取られるが関の山ならば、痛し痒しでこまねくのみ。
「こちらは行動を曲げる意思など無いのだから、思惑を読まれたところで構いはしないが」
「読まれないに越したことは無いでしょう」
「タカシは彼女の異能を受けない、と?」
「ええ。確信したのは最近のことですが──あの様子だとコウイチも影響は無さそうかな」
──それはタカシとコウイチが、なにごとかを行動するにあたり感情の起伏を伴わないということではないだろうか。それよりも……ややもするとまずいか。
まさかタカシにそのような特性があるとは思ってもみなかったのだ。
ヨウアンは積極的に孫娘を活用する様子を持たないが、逆はあるように思えるのだ。すれば異能の及ばぬ人材が、中央政府の警察機構から派遣されたことで警戒が立つ。タカシの目付けにヴェンデルをつけたのが幸いか。
「ならばなおのこと、役割は逆であってほしかったな」
ユキヒトは理解できていない様子で、微かに眉を寄せた。どうにも詰めが甘いのは場慣れの不足だろう。ならばひとつ、経験を深めてもらうのも有りか。
「なにごとも実地を要するということだ。裏目だの後悔だのと気に病んでくれるなよ」
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