被災時の対応・其の四──報告は正しく
それにしても。
シートの上一面に並べられた資材の群れを前に、コウイチは息をついた。発注した当人であるから、総量を理解していたつもりではあった。ところが、実際に目の当たりにすると圧倒の二文字しか出てこない。五名で分担していたと言っても、三メートル四方を埋め尽くすコレだけの物資を、よくぞ持ち運んでいたものだ。
「次から、省くことも考慮に入れよう」
「邪魔していいかな」そこにアルヴォが、ひょいと顔を覗かせた。「ペグ三〇持っていって構わないか? 導電性の。坑内確認のついでに打ち込む場所を決めておきたくて」
「曲面ペグですよね」エルノが、ペグがダース単位で納められている箱を手に取り、中から六つ抜いてアルヴォに差し出した。さらに二箱を未開封のまま手渡す。リストと手書きのメモを見比べて「コウイチさん、総量は七二です。納品書だと三六でしたが」と怪訝顔を向ける。
「初回発注がそれで、調査が奥行き六〇メートルだと仕様にあったから構わないかと思ったんだけど、坑道高さを考慮していないと調達部署に回す直前に気づいて倍にしたんだ」
足ります? とアルヴォに視線で問いかける。
「少々、多いかな」アルヴォはペグの数を数えながら微笑した。「次から四〇で」
「六〇で四〇と覚えておきます。ああ、アルヴォさん」
立ち去ろうとしていた彼は、ぎくりと体を縮こませてゆっくりと振り返る。この様子は、なにかしら予感していたに違いない。「なに、かな」と気まずそうに訊き返してきた。
「計画書とサプライリストが未投函だった件、報告書に上げておきますから、再発防止のネタ考えておいてください」
うげ、と顔を歪めるアルヴォに、コウイチの目尻が引き攣る。
「いや、面倒なの俺ですからね。口頭通達のみで危険作業区域侵入だなんて、どう言い訳したらいいんですか。いや、マジで頼みますよほんと」
「あー、すまない。わかった。申し訳ない。さて、どうしてくれようかなぁ……」
ペグ二本を片手で器用にジャグリングしながら、つぶやきと共に去ってゆくアルヴォ。
その後ろ姿にコウイチは「あれは、次もやらかす態度だ」と肩を落とした。
「すごいですね。コウイチさんは」
「なにがよ」ついつい口調も荒くなる。
「もう、助かることを前提に考えているんですね」
「脱出不可能と決まったのかな。現状で」
「そうは言いませんけれど」
じっと見つめられると、自分がなにか妙な態度を見せていたのかなと不安になる。これでも人並み程度には不安を感じては、いるのだが。なにもできることがなく待つだけとなれば、これほどの余裕は無かったかもしれない。だが幸いにして今は作業がある。なによりパーティの面々が悲壮感を見せていない。
「閉じ込められたことに、現実感が無いってだけだよ。今は……現実問題として、出張不在で溜め込まれているだろう仕事の量が想像できて、それがなによりも怖いかな」
「帰りたいとか、思わないんですか」
「いっそ職場に向かわず引き篭もりたい」
「じゃ、なくて」
「? ……ああ、日本に?」
あらためて問われた内容に、コウイチは胸中で静かに驚いていた。わからない、答えが出ないことに考え悩むのも馬鹿らしいから棚上げした、そんな覚えはある。日々の生活を維持することばかりが前提になりすぎていて、思えば帰還の手段を探すこともなくなって久しい。胸にあるのは、帰りたくないのかと言われると、帰りたいはずだった、と返しそうになる自分だった。
「そりゃあ、家族もいるし、帰還の手段があるのならすぐにでも。ただ、向こうの就活に出遅れたから社会復帰が大変そうだな……って、いきなりなに?」
問い返すと、エルノは視線を落とし「僕には帰る理由が、もうありません」と言った。「一人を残して、みんな死にましたから」
「その一人は」せっかく切り出してくれたのだから、とコウイチは筆記具と納品書を地面に置いて姿勢を正した。「君とどんな関係で、今はどこに?」
「兄の、妻です。療養区画に収容してもらっています」
「あそこは相当に条件が厳しいと聞いたけれど、だとすると君が扶養に入れて?」
「でないと、医療が受けられませんから」
エルノは森林保護官だ。その所属は、近年になって新設された受け皿企業ではなく、国家にもとからあった環境省にある。だから所得は多少の余裕があるだろう。だが、一人の成人女性を医療設備に預けるとなれば個人負担は多大な金額になるはずだ。補助金申請を活用しているとは思うが、負担がゼロになることはまず考えられない。また、医療や扶養の控除は当然ではあるが、納税の減額程度では気休めにもならないだろう。
「よく会ってるの?」
「会えません」エルノの口調に自分を嘲るような響きが混ざった。「僕を見ると錯乱しますから」
「それは、辛いな──改善の見込みは」
「無いですね」
ばっさりと断言するエルノに、コウイチは疑問に眉を顰めた。
しばらく待つと、彼はぼそりと囁くような声で、言った。
「なにしろ、僕が殺しましたから。彼女の、生まれたばかりの子供を」
エルノの顔は、流れ落ちる白金の髪で隠されて見えない。
「それは」コウイチは意識して、平静を装う口調で訊いた。「転移してからしばらくして? それとも転移時のジオード内の話かな」
「ジオード内、でした」
「どうにもならないだろう、それは」若干、彼の言葉に被せて言葉を返す。「転移直後の閉じ込められていた間になにがあろうが、対処なんて不可能だ。嘘をついているとまでは言わないけれども、情報は正確に伝えてくれないと」
「殺したのは!」うつむいたままエルノが叫び、続いて力なくつぶやく。「──僕です」
コウイチはため息を漏らした。自活できない状況にある成人女性一人を医療機関に預け、顔を見せることもできずに養い続けるなど、並大抵の覚悟では無理だろう。その理由に誰かの死を持ち出すのは……悪いとは言わないが、個人的感情ではあるが正直、納得がいかない。
「君は、死なせたのかもしれない。だけど俺の予想を言えば、こうだ」
エルノににじり寄り、コウイチは両手を、彼のそれぞれの肩に置いた。
「君は、その子が死んでゆくのを止められなかった。そうだろう?」




