被災時の対応・其の一──強がりは厳禁
閉じ込め直後まで、少々時は遡る。
入り口を塞がれた支路内部では、ビルギッタの指示のもとで応急治療が始められていた。目視で即座にわかる出血や裂傷が最優先、続いては衣類越しの触診による打撲確認だ。
結晶の山に、二人分の体重を抱えて背中から派手に飛び込んだアルヴォだが、内に着込んでいた革製の帷子の備えが幸いして、深い傷はそれほども無かった。代わりに上着がズタボロの布切れに変わり果ててしまったが、代償としては安いものだろう。
「導電性のペグを、とっとと挿しに向かいたいところだが」
「しばらくはかかるわ」ビルギッタが彼の茶色の長髪を、棒一本を簪代わりにして後頭部に纏める。あらわになった頸から耳の後ろがざっくりと切れていた。水筒の水で傷口を洗い流してから治癒術を宙に泳がせる。「鉱石生成がまだ働いているから、もうじきだと思うけれど」
目を凝らさずとも支路内には細かな粉塵が舞っている。ジオードが周辺物質を転化生成する対象はダストやヒュームも含んでおり、漂うそれらがふと細かな結晶と化して直線的に落下する、そんな光景は眺めているとなかなかに楽しいものがある。転化した魔力の結晶も外気と呼吸して大気を清浄化する効力を有しているから、たとえジオード生成効果が止まり、飛散している粉塵が残っていたところで、さほどの時間もかからずに落ち着くはずだ。だからと、見切り発車で静電気を発生させるような行為は慎むべきなのは、言うまでもない。
「私も早いところ全員を診察し終えてしまいたいのだけれど、静電気のことがあるから脱衣させられないからね。アルヴォの上着はハサミを入れるのに躊躇がいらない惨状だったからいいけれど……ほんっと無茶をしてくれるわね」
「あの場は無茶が必要だった。そこでさらに重傷を負ったところで」
「なにもしなければ三日」歩み寄ってきたヤミが、アルヴォの隣に逆を向いて座った。「俺とビルギッタ姐さんで必死こいても、四日目の夜には多分」と、こめかみのあたりを指で突く。
「今から休んでおくか?」アルヴォはヤミに水筒を差し出した。中身は度が若干高い酒だ。喉に流す程度なら気付になり、時を置けば睡眠導入剤にもなる。「君らが生命線だ」
「休むなら明日か、明後日に入ってからっすね」ヤミは礼を言って受け取り、一口含む。「今は全員に体調を整えてもらって、その時に備えないと」
「あの子はどう?」闇の手から水筒を摘み上げて、ビルギッタも口に運ぶ。「アルヴォとエルノのおかげで傷ひとつなさそうだけど、目覚めないのが気がかりだわ」
「オカルトになるんすけどね、ジオード生成中に掻き回すと、魂が遅刻するって話です」
「初耳ね。まあ、魂が迷子にならなきゃ構わないわ」そもそも転移そのものがオカルトというかファンタジーだ。ヤミがさほどの焦りも見せていないのだから、安心しておこう。「さて、あんたも検診だよ。口開けな。喉の奥が痛いとか、目の奥が痒いとか、そんなのある?」
「はぁへすは」口を開いたままヤミが言う。
ビルギッタが彼の下顎を食いと上げて口を閉じさせる。「なんて?」
「そういえばコウイチ助けた時、スネ思っきし打ち付けてベロりんしてました、てへ」
あん? と彼の足元に視線を移動させた二人の顔面が、瞬時に青褪めた。分厚いズボンだから気付けなかったが、その内側から滴り落ちる鮮血に、足首と靴が赤く染め上げられていた。
「「あほたれぇっ!」」
勢いよく振り返ったアルヴォが、ビルギッタと共にヤミを引きずり倒す。
「開きっぱなしの傷がこの環境下でどれほど危険か知らないわけはないだろう!」
「あんた、いくら治癒が消毒が効いて傷が塞がるって言っても化膿はするんだからね!」
あまりの剣幕にヤミはキョトンと、そして次に申し訳なさげに顔を伏せ、言った。
「……ごめんなさい」




