記憶【エルノ】・其の四──叫び
レーヴィ、どうしたの。どうして静かなの。なにがあったの。
あれ?
エルノは顔を上げた。レーヴィを閉じ込めようとしていた球体が、離れた向こう側だ。いつの間に移動したのだろう。壁に深くもたれて、両足を投げ出し仰向けに寝転んでいる。腕の中にはレーヴィがある。両足が動かないのに、どうやってここまで。
壁越しの破砕音が、力なく、しかし連続して続いている。
ああ、キルシ。そんなに頑張らなくていいよ。レーヴィは、ほら、ここに。
……ここに。
胸の上の存在が、重くない。ただの重量としか感じない。
半身を起こそうとすると、レーヴィの首が背中側に倒れ込んでしまった。抱き直そうと首の後ろに手を回す。手のひらの上で彼の頭が、くらくらと頼りなく揺れる。
だめじゃないか。教えてもらった通りに、ちゃんと抱っこしないと。
キルシの咆哮が壁の向こうから響いてきた。なにをどうやっているのか、これまで以上の力で壁を壊そうとする音が、足元までも震わせている。
ダメよ! いるんでしょう! 泣いていたもの!
お腹空いたわよね!
あ、ああ、ああああぁあ!
可愛いあたしの赤ちゃん! 聞こえたわ! もっと笑って!
声を聞かせて! レーヴィ! レーヴィ! レーヴィ!
壁が振動するごとに天井からパラパラと、結晶の屑が落ちてくる。
たぶん、キルシだけじゃあ無理だよね。手伝わなきゃ。
あ、でも、足、動かない。レーヴィも支えてなきゃ。
力なく、ぷらんと外側に広がる四肢を、彼の体の正面に折りたたむ。なんとなく、その小さな手を開いてみた。小さくて細かい指が、ぷくぷくの肉の感触が、冷たい。
その手を離して、服の裾でレーヴィの顔を拭いてあげる。柔らかさが信じられない。
こんな小さな体なのに、しっかりと人間の形をしている。
なのに軽い。それなりの重量はあるとわかるのに、全然、重くない。
さっきまで、つい今しがたまで笑って、泣いていたのに。
頭を撫でてみると、ひどく細い髪の毛のすぐ下に、細かな垢がぷつぷつとあるのがわかる。指の腹で撫でると、ぽろっと落ちる。引っ掻いたらダメなんだろうな。あとでキルシに訊いてみよう。お風呂とか、さすがに僕じゃあ入れられないから。
ここから出られたら、ヘンリクとキルシと父さんと母さんと、そしてレーヴィ……と
──レーヴィ。
視界が唐突に滲んでゆく。溢れる声が抑えられない。嗚咽が止められない。
ああ、ちくしょう。
なんなんだよ、これ。




