記憶【エルノ】・其の二──命の重さ
肩を叩いてきたヘンリクを見上げて「二人とも、あんまりにも変わっていないからびっくりしたよ。ヘンリクの頑張り?」と問いかけた。若干、老けたかなとは思うが、そこは口を噤んでおく。
「ただいま。落ち着くまで大変だったよ。今はなんとか、な。こうして子供もつくれたし」
兄の視線に誘導されてキルシの胸元に目をやると、タオル地の衣類に包まれた小さな存在にようやく気づく。もぞもぞと動くソレは、布に埋もれていた。「生命体とは思わなかった」
「生命体て」
ヘンリクの手が、顔があるのだろう箇所を広げる。覗き込むと、そこに小さな顔があった。瞼をしっかりと閉じて、ぱくぱくと口を開く、そんな寝顔だ。
ぶん、と振られた片腕が、ぶかぶかの袖から手を突き出させる。ぎゅっと握られた拳は、ふわと広げられてエルノの顔に伸ばされた。指先でつまめる程度の指それぞれに、自分と同じ爪が揃っていることが信じられなかった。
鼻の穴がちゃんと空いてる、と当たり前のことに言葉を失っていると、目が開かれた。
ヘンリクが「エルノおじちゃんだぞ」と、エルノが自覚していなかった立場を口にする。そういえば、兄の子供なのだから当然そうなるのか。嫌では無い。
「名前は、なに」
「レーヴィです」ヘンリクは甲高い声で赤ん坊のアテレコをする。途端、レーヴィの顔が見る間に赤く染まり、ふぇ、と息を吸った。「うわ、わかったわかった。ごめんて。パパは退散するから泣かないでくれよレーヴィ」
「あらぁ、ヘンリク」母が楽しそうに言った。「あなたもお父さんが抱っこしようとするたびに大泣きしていたのよ。懐かしいわね」
「うむ」父も、ヘンリクの背を叩いて慰める。「俺もへこまされたもんだ。因果だな」
「嫌な特性を継承させるなっての、まったく」
「抱っこしてみる?」
両親と兄のやりとりに注意を向けていたから、キルシの声が自分に向けられたものだと気づくのに間が開いた。「……え、と。僕が?」
はい、と赤ん坊が差し出される。どう受け取って良いものかわからずワタワタしていると、
「首が座っていないから、こうして片腕を土台にする感じで、逆の手を首の後ろに」
キルシが腕をとって形にしてくれる。股の間から回した腕で頭の後ろ、逆の腕は背中から尻に回す。両腕の中にすっぽりとおさまったレーヴィに、エルノは固まってしまった。
衣類の中でレーヴィが小さな手足を動かしているのがわかる。軽いのに、ずっしりと重い。嘘みたいな重さだ。生きていることを教えてくれる不思議な重量だった。しっかりと人間の形をしていることが信じられない。
なんだこれ。
笑ってしまった。
すると腕の中からこちらを見上げるレーヴィも、息を吸いながら笑った。
「レーヴィ」
呼びかけると、きょときょとと視線を巡らせて、だぁ、とか、あぇ、と喋ろうとする。自分の右手を口にあてて涎まみれにする。両足がバタバタと動く。
少し揺すってみた。けたけたとレーヴィが笑う。その声にエルノも嬉しくなった。
「ヘンリクと、おんなじ顔してる」
レーヴィから目を離せないまま感想を漏らすと、
「なんでエルノだと泣かないんだよ」
と不機嫌そうな声が降ってきた。すぐ近くに立ってこちらを見下ろす兄は、見上げると諦め顔の笑みを向けて、頭を撫でてくる。
「お前もキルシと一緒か。お前らエルノ好きすぎだろ」
「いじけないの」キルシが夫の鼻を摘んで宥める。「慣れてくれるわ。すぐにね」
「どれどれ、おじいちゃんにも抱っこさせてもらえないかな」
「あら、まずはおばあちゃんからじゃあなくて?」
そっか、二人とも祖父と祖母になるんだ。
すぐに手渡そうとして、はたとキルシに視線で問いかける。彼女が頷いてくれるのを見て、まずはと隣の父に、怖くて腕の位置を変えたくなかったから、胸をそらしてレーヴィを押し出すようにした。「腕、離せないから、抜き取って」
「お、そうか。そうだな。えっと……かあさん、どうするんだっけ」
「あぁもう、先におばあちゃんが抱っこしますね」
母の声に、エルノは体ごとそちらを向く。
──チリ チリ チリチリ チリリチリリ




