ギルドとクランとパーティと
グローブランドと同音の単語をエールデランドで耳にしたなら、それは転移者由来の言葉が定着したと考えてまず間違いない。ギルドとクランそしてパーティがまさにそれだ。これらは転移者の就労支援の場にあてがわれた、エールデからすると外来語である。
貴族と領主があるこの社会では、住民の居住移転の自由はほぼありえず、就労は原則として家業を継ぐか、徒弟制度を利用して技能を得て暖簾分けを望むかのほぼ二択だった。職業別組合に近しい存在こそあれど、就労人口が増減せず安定していたがゆえ閉鎖的で、横の繋がりなど望むべくもない。すれば、職業安定所に該当する行政機関が発生しないのは道理であった。
しかしそんな社会も、永住許可を受けた難民扱いの転移者たちを迎え入れるとなれば変わらざるを得ない。庇護対象としての法整備が早々に整えられ、身分制に縛られない彼らは、だからこそ就労のツテなどあろうはずもない。すると業務を跨ぐ企業間で雇用を調整することが急務とされたのだ。こうして職業選択の自由という概念が発生する。
紆余曲折の末に準備されたのが、転移者たちに向けた就労斡旋の場だった。そこは職業別組合の協議機関、いわば寄り合いの場でしかなく、固有名詞は必要とされなかった。各々が受け持つ就労先への人員派遣や雇用手続きを円滑に行うだけの場では、名称に有用性が認められなかったのだ。事実、呼称がなくとも就労または職業訓練受け入れそのものはうまく回った。
だが、先述した通り就労人員数がほぼ固定されたエールデランドでは過剰雇用気味になるのは明らかで、事実、そうなった。そこで国家は、日本で言うところの農林水産省、経済産業省そして文部科学省の外局に、新たに転移者たちの就労受け皿を新設することを決定、ほぼ転移者のみで構成する就労環境を誕生させる。呼称は当初からクランだったが、誰が命名したかは不明である。自称しはじめたとも言われるが定かではない。
斡旋先企業が国家機関の、いち部署になったことで民間企業への雇用義務も霧消。就労斡旋の場は国家直属の公務員機関として吸収される。同時に、国家機関であるのだからと呼称が求められ、一般からの公募を待つ間の場繋ぎとしてギルドの仮称が用いられた。ところが単語として使い勝手が良すぎたらしく、公募は消滅、そのまま正式名称となってしまう。
さて時代は進み、業務遂行にあたり必要とする人材と頭数を、ギルドの依頼のもとクラン間で貸し出し合う形態が慣例化したころ、この編成単位をなんと呼ぶべきかが話題となった。
業務の都度に安定しない呼称はしかし、おおまかにチームや団そして部のいずれかに淘汰されて落ち着いてはいた。だが、リーダー名ありきの呼び方はひどく不評を買っていた。なにしろ、客先に「◯◯(自分の名)チームです」と名乗らなければならない羞恥の極みはその実、名乗られた方も反応に困惑するのである。顧客からも「なんとかならないのかな、その、◯◯団とかいう、あれ」と言われてしまえば上役の重い腰も流石に上がる。
そんな中、とあるチームリーダーに抜擢された男性が「今回のパーティメンバーは」と自己紹介を切り出したところ、これがすこぶる好評を獲得。クランに持ち帰ったメンバーたちが使用して拡散。鼠算的に広まった。偉い方々が上げた腰もそのまま着席、仕様書の改訂と相なった。流用や転記が常である仕様書であるから、未だ切替が成ったとは言い難くはあるが。
こうしてギルドは職業安定所、クランは受け皿企業、パーティはクラン間で人員を持ち寄った集団、それぞれの呼称に定着したのだった。
ちなみに自己紹介した人物は、若かりし頃のカリルトである。
かつてカリルトから、ユキヒトは問われたことがある。
「クランはどうかわからないが、ギルドが職安ということに、違和感を感じないかね」
「そうですか?」
オフィスでの仕事中である。机がほぼ真向かいの位置関係だから話しかけられることは珍しく無かったが、これほど唐突な話題はたぶん、初めてだ。
そもそも、転移者たちはエールデの言葉を共用語として利用しているのだ。だから、耳馴染みのある単語が異なる意味で利用されたところで、気にしたことなどなかった。ギルドの部長の出身は確かスペインあたりだったか。イベリア半島付近でのギルドの発音はさて、どんな意味を持つのだろう。
「ゲームや読み物に出てくる、そのままの意味で受け入れていましたから、僕は別に」
日本にいた頃、テーブルトーク、テーブルトップだったかのロールプレイングゲームを趣味とする知人から聞かされていたから、ぼんやりとではあるが意味は知っている。ただ、確かにギルドとは複数の職業を総括するような場では無かったような気がする。商人とか鍛治職や盗賊……盗賊の根城を放置する統治国家とはいったい。
「カリルト部長は、なにに引っ掛かっているんです?」
するとカリルトは「ふむ」と顔を顰めて顎に手をあて「我々がダンジョンなる探索場所を拠点とする冒険者と仮定するとだね、その冒険者に業務を提供する我々ギルドは《宿屋》か《酒場》に該当するのではないかなと」と、試すような視線をユキヒトに送る。
「はあ」しばらく顔を見合わせていたユキヒトは、彼の意図が改名にあると気づいて「いや、ダメでしょう」と、にべもなく答えた。「そもそも宿屋も酒場もれっきとした職種ですよ。そこで業務斡旋なんてされたら怪しいことこの上ないでしょうに。それが利用客なら通報対象だし、経営者なら取締りを受けるのがオチです」
「あー……そうか」納得したような口調ではあるが、その表情は不満げだ。「たしかに、人様の店のロビーとかラウンジを勧誘で占拠、固定電話を我が物顔で占有している光景が思い浮かぶな」
「普通に迷惑行為なんですけど」
そんなことをやらかし始めた不届き者が現れたのかなと姿勢を正すと、
「ただのイメージだよ」とカリルトは肩をすくめる。「ギルドというのに業種別に別れていないのが、どうにもモヤモヤするというか。仕事を求めてパーティが集う場所といえば──鯛の尾頭亭のような名前の酒場という印象が強いんだ」
「なんですか、その赤坂だか麻布の料亭的な名前」本格的に雑談らしいと肩の力を抜いて、ユキヒトは両腕を振り上げて背筋を伸ばす。ここまで業務と無関係な話題は本当に珍しい。「元は複数形でギルドズとかギルズだったのでは。国営になる前までは職業組合同士の集まりだったと思えば、そんな理由もありでしょう」
「定着しているなら仕方ないか」カリルトも肩を回して一息つく。両者の書類仕事の手は会話が続く間も留まらずに続いていた。書類が収まる浅い箱をユキヒトに差し出し「四〇年でルールも変わっているだろうし、用語も変化しているのだろうなぁ」
ユキヒトは座ったまま腕を伸ばして箱ごと受け取る。主語の無い言葉だったから、独り言に近いのだろう。特に回答の必要は無いなと、無言で書類だけ取り出して箱を返す。
「ところで」返された箱を定位置に戻したカリルトが「君は日本で、グループシンタックスエラー、を耳にしたことはあるかな」と、若干の期待を込めた視線を送る。
エラーというからにはガイダンス文なのだろうがシンタックスとはなんだろう。
「いいえ、初耳ですね」
「そっかぁ。ダリオは仕方ないが、日本人の君も知らないのか」
カリルトが落ち込む、というより拗ねた様子で俯いてしまう。ユキヒトとしては、どんな反応を求められたのかすらわからないから戸惑うしか無かった。
「なんだか、もうしわけありません」