対策協議・其の六──仕様の確定をもって業務再開
うちの娘がなにやらそれっぽいことを、さも当然のような口調でのたまったのだが。
ムーチェンが半信の面持ちでイーヌォを見つめていると、
「それは生体活動が停止する期日ね」サコギが慈母に満ちた表情と口調で肯定する。「体表面に石化が確認されるのがそのくらい。その時にはもう助からないわ。救助を前提にすると?」
問われたイーヌォは、しゅんと落ち込み、唇を尖らせた。
「わかりません、ごめんなさい。密閉空間内で欠損した容積の補充に要する分解速度の上昇、その比率は習ったけれど、生体のステージ深度は教わってないです」
誰に、というか誰が? との総勢に怪訝顔を向けられたタカシが「お、俺じゃないです」と慌てて否定する。「というか、俺以外の二人かな、と。たぶん」
「うん」イーヌォが、けろっとした顔でタカシを見上げ笑う。「コウイチお兄ちゃんとユキヒトさんに、お勉強お願いしたの」
父親と祖父が呆然顔を見合わせた。いや、どういう教育を施せば、そらで暗算できるようになるというのか。うちの子が優秀、とはしゃぎたい気持ちはあるが──はしゃごうものなら顰蹙も甚だしい場だから弁えるけれども──驚きが強すぎる。
「んー、そうねぇ」少女に歩み寄り、抱き寄せて頬擦りしながらサコギは「生体の分解吸収の話になると相当エグいことまで説明しなきゃだから、あの二人も自重したのよきっと。大丈夫よイーヌォちゃん、今ここで気づけたから次に活かせるの。素晴らしいことよ。偉い!」
と、イーヌォをひとしきり撫で回してから、すん、と表情を消したサコギの左手に、どこから取り出したのだろう、一枚の報告書が掲げられた。「ねぇ? チェスター」
すっと滑り落とされた報告書が、ソアダの赤毛代表チェスターの正面、机の上で停止する。
「……なにせ大人になって責任者の一人になっても、イーヌォちゃんとおんなじ見込みで計画やらかそうとするんだから、怖い話よねぇ、チェスター?」
「サコギ」歩み寄ったムーチェンは助け舟、とは少々違うが、チェスターの前から報告書を奪い正面に戻る。要救助期間の報告は五日だったのはたしかだ。だが、そういった誤りや齟齬などを指摘、修正するために設けた場なのだから、ここで責めるのは間違いだろう──いや、誰も気づかず素通りしてしまい失態を演じた経験は、立場上いくらでもあるが。「それで実際、救助に使える期間はどのくらいなのか、教えてもらえるか」
「廃人化を考慮に入れると、今日、明日、明後日」指を一つ二つ三つと曲げる。「の、正午が文字通りのデッドラインね。必要な資材搬入や工事工程、仕様作成も考慮に入れると実働は明日の午後開始が最短になるかしら。外部への発注は可能よね?」
「検問は通してもらうが、代表者であれば資材発注と受け取りを可能とする」
「こんなところね」ムーチェンの応えに頷いたサコギは、席に戻りながら「じゃあ、ダリオちゃん、よろしく」と手をひらひらと振って引き継ぎを促した。
「はい、ギルドのダリオです」
立ち上がったダリオは、カリルトの前から書類を手に取り正面に移動。魔力表示板を映像ごと傍に移動させて黒板の前に立つ。
「時間がない、と理解いただけたところで、要救助者の内訳を説明しますね。六名のうち五名はビルギッタ女史が率いるパーティ。そして一人はティアハイムが一人、コウイチ。監察を任命されて同行していました」持っていた書面から抜き出したり、身体中のあちこちのポケットから取り出す顔写真を黒板に貼り付けてゆく。その横に白墨で名前と役割を追記。ビルギッタならパーティリーダー、ヒーラーといった具合だ。
「うちのカリルト部長の懸念から払拭しておきますかね。パーティはフィンランド圏出身者だけで構成されています。これに意図はなく、たまたま今回そうなっただけです。たとえばヤミくんは魔術のバフ──能力上昇ですね、その付与に長けていることから、あちこちで掛け持ちしています。エルノくんとカステヘルミさんは国家公務員の森林保護官、だから本件のように新たな自然資源採掘が見込まれる調査には同行義務がある。アルヴォさんはビルギッタさんと長年の付き合いですからパーティの要。まあ、別に疑問を抱くこともないでしょう」
いつでもその五人が組んでいるわけではない。ということだ。所属する地域によって偏りはあるだろうが、同郷が集って業務に参加すること自体に挟む疑念は無い。
「さてコウイチくんの出身は日本ですが、こちらは──」手元の書面を束で入れ替え、目的の項目を見つけると説明を再開する。「先に説明が必要ですね。昨年、王室法案によって在留資格を有する労働者に向けた奨励金と、身元引き受け企業への助成金の支給が決定しました。その消化の一環で選出されたのがコウイチくんです。そこには要素の一つとして出身地も含まれます……言えば、含んでおかないとなんだかんだ騒ぐ人もいますからね。合衆国ばかり選ばれているじゃあないかとか。ちなみに現在の累計で、トップは合衆国の二三〇五名。少ないのはドイツの六三名。ランダム選抜だと偏るのも当然だろうと」
パシ、と書面を叩き、ダリオは肩をすくめた。
「だからたしかに、意図は、あった。日本人だから選びました。それは国家の決定です。ギルドの意志も含みますね。そこは皆さん、しっかり覚えていただくようお願いします」
とはいうものの、とムーチェンはさりげなくタカシに目線を向けた。
領主の孫娘と親交を持ち、かつてはソアダに所属してサコギたちと面識があり、国家地方警察に騎士として所属、ギルドにはもう一人の友人ユキヒトが勤務、そしてどうも自治体警察の一部とも交流しているらしい。さらには親友のコウイチが事故に巻き込まれた。
──君こそが、現状の全てに深く関わりすぎている。
「なので、この状況にあの連中が絡んできたとしても、便乗と考えるのが無難でしょう。その辺りの対処は領主様たちにお願いするとして我々は、内部との連絡手段の確立、持ち込んでいるだろう資材全てを再確認して彼らの存命手段を模索、救出手順の構築、これらを業務として遂行しましょう」
お願いします。とダリオの顔が向けられる。ムーチェンはそのままヨウアンに流した。
父が腰を上げると、全員も倣って立ち上がる。
「ギルドはデルグから代表カリルトに現場保持と補強の指揮を一任する。クランはティアハイムとソアダ双方の協力面と、他作業者への指示を行なうこと。また、かの連中の虚言も予想されることから、本件では情報量を持ってこれに対処する。報道関係者は都度、正確な情報を即時に開示できる計らいを望む。以上だ」
「拝命します」
その場にある総勢が一斉に放つ宣言が、大会議室に響いた。