対策協議・其の五──いつだって期日は切迫する
「代替素材の供給はダンジョンの採掘量の安定が目的だが」
話を戻すとは言ったものの、どこまで進めたのだったか。段取りが崩れると、言葉選びも危うくなるものだ。ゆえにムーチェンは若干、綱渡りをしているような気持ちだった。全員に視線を巡らせるそぶりで間を作り、呼吸を整え──カリルトお前は見てやらん。
「なにより重要なのは、ダンジョンは代替に選ぶ対象に人体も含むことにある。生体よりも無機物が優先されることはわかっているが、持ち出しが過剰になればダンジョンは、素材の分解速度を加速させて、優先度云々など無視して作業員を分解対象とする」
うまく説明できているかどうかよくわからなくなったムーチェンが、父に視線を送ったのは半ば無意識だった。ヨウアンは、それとなく半身を乗り出し「大丈夫だ」と頷く。
よし、と作業員たちに顔を戻すと、今度はサコギが「いけるいける。バレてない」と手信号と口の動きで伝えてきた。察していても見ないふりをする優しさなど彼女には、無い。
「その過剰な持ち出しに相当する現象が発生した。転移によるジオード形成だ」
平坦に言い終えられたことに胸を撫で下ろし、サコギに引き継ぎを促す。
「はい了解」彼女は立ち上がり、堂々とした立ち振る舞いでツカツカと前に出る。魔力表示板を挟んでムーチェンの向かいに立つ。「ソアダのサコギ。説明させてもらうわね」
虚空に浮かぶ魔力表示板の形成粒に腕を伸ばし、支路を拡大、その中央に縁を描いて、手首の返しで球体に姿を変えさせる。
「ジオード生成は周囲の物質を、魔力を持つ鉱石に変化させる。そこに規則性や法則性なんて存在しない。無秩序で節度のかけらも無い。ただ、あらゆる鉱物資源の中でも魔力鉱石の採取が最優先事項とされているから、この際それは問題にしない」
実際には、鉄や鉛などのベースメタルだろうが、ランタノイドなどのレアアースだろうが、それがなんであれ予定採掘量の欠損は大問題なのだが、王室や貴族の偉い方々からの突き上げを一時凌ぎできる理由づけとして魔力の結晶の存在は都合が良いという、それだけのことである。
「問題は転化が等価では無いこと。元の質量を極端に目減りさせてしまうのがジオード生成。つまりは過剰な持ち出しと変わらないわけ。そのジオード生成時に事故が発生したらしいの」
支路中央付近に配置した球体を指先でピン留めして、もう一方の指で支路に沿って入り口付近まで引き伸ばす。始点から終点まで繋がる筒の形状が支路の半分を埋めると、サコギは「こんな感じかしら」と全員が見やすいようにさらに拡大、頭上に映像を掲げた。
「本来、球体を描く効果範囲の均衡が崩され、坑内を舐めるように移動。魔力結晶化による強度減少と、変質で変化した質量など、様々な複合要因で崩落が発生。クランからの出向者一名を含む調査員六名が閉じ込められた。主要運搬坑道にまで顔を覗かせた、そのジオード生成範囲を測定したところ、元の形状は直径約五メートル。人間相当の物体の転移ね」
サコギは映像を背負うように皆の前に進み出て、腰に手を当て胸を張る。その立ち姿が妙に様になっているものだから、全員の注目が自然と集められる。ところで、ツグミがぼそりと「女教師……」などと呟くのが聞こえたのだが、グローブランドの女性教諭はみんなこれほどに緊張感漂わせる人物ばかりなのだろうか。怖いのだが。
「さて、話が前後して申し訳ないけれど、ムーチェンさんの話をよく思い出してね。現在の支路は資材の過剰な持ち出し状態にあり、過剰な持ち出しは代替素材の分解を加速させる。そして支路には六名の人体が閉じ込められて、そこにある」
「約五日」
少女の声が割り込んだ。全員がそちらに顔を向けると、机の上に並べた砂糖菓子を眺めたままイーヌォが続ける。
「魔力容積に変動がなくて、観測による遅延も考慮しなくていいなら、足止めされた六名は衣類や装備込みで一五五ポンドくらいと想定して、分解吸収にかかる時間はそのくらい」