対策協議・其の三──議題は逸らされるもの
「俺たち三人に、妙に懐いてくれた子が日本にいたんですよ」サコギから回ってきた砂糖菓子をイーヌォに差し出し、受け取る彼女が屈託なく笑う姿にタカシも頬を緩める。「その子とは似てないけれど近いものを感じちゃって」
「それだけイーヌォちゃんが可愛いってことよ」タカシたちの正面に陣取るサコギが、器をイーヌォの前に置く。この場に集まる面々から収集した甘味が続々と盛られて見る間に山となる。その中から煎餅を抜き取り齧りながら「ちゃんと歯磨きしなさいねー」と彼女の頭を撫でた。
何度も頷く少女の姿に場が癒される。それどころでは無いと誰もが理解しているはずなのだが、どうにも彼女の存在が周囲を和ませている。いったん引き締めるべきかと背筋を伸ばしたムーチェンを、
「良い」と背後に腰を下ろしているヨウアンが制してきた。「多少の余裕は大切だ」
焦りに煮え切った集団会議など御免蒙るのは確かだから、ここは父の助言を受け入れて言葉を飲み込みはした。孫バカな祖父の顔でさえなければ、と思うと口惜しい。
多少の意味とは、などと半ば逃避しつつ、同時に色々な葛藤の解消など諦めたムーチェンはひとつ咳払いをして注意を促した。
「現状を説明する。情報開示には皆にも協力いただきたい」
魔力表示板に指を走らせる。一片が一六インチのそれは、形成粒に満たされた小箱だ。灰色の砂にしか見えない形成粒だが、指示を与えると求める形状を、色彩を含めて自在に再現する。緩やかに持ち上がる形成粒が、ムーチェンと作業者たちとの間に視界いっぱいの平面を広げる。次いで、瞬きののちには洞窟城を含むダンジョン全体の側面図を半透明に描画した。
「ダンジョンには自己生成と拡張、加えて自らが望む構造を保持しようとする意思がある。そのため、路面を整備してもいずれは崩れ、初期形状に戻ってしまう。君たち作業員たちなどによる観測で若干の遅延は見られるものの、それだけだ。ここ洞窟城も例に漏れはしない」
ムーチェンは、側面図に腕を伸ばし、さらに指示を与える。目的の部分を拡大、回転させて三次元表示にしたのは、議題の目的である支路だ。
「前述は、発生した鉱石などが都度に補充されることを意味するが、補充には外部から持ち込んだ物体が消費される。代替素材は置かれた直後から分解と吸収が始まる。持ち出しと持ち込み、この二点の管理を誤らなければ発掘はダンジョンの自己保持により永続できる」
映像をすり抜けて作業者たちの側に回った。注目されているのが映像なのか自分なのか紛らわしく、正直なところかなり気まずい。彼らと同じ目線に回り──映像を見るとその向こうに座する威厳に溢れる領主の姿が嫌でも目に入ってしまうことに気づいてしまった。息子だからこそ気づく父の動揺を見て取り、見て見ぬ振りと決め込んだ。腰を下ろす場所を間違えたのは父自身の責任である。「裏切り者」と目で訴えられても、そんなん知らん。せめて立体表示されている支路の角度をそれとなく変えて、みんなの視線を誘導するから許してください。
「ここ数年、洞窟城のダンジョンは皆の協力もあり安定していた。だが、数ヶ月前から新たな支路が形成され始めた。それがここだ」初期調査で収集した情報を元にした立体図は、正確さには欠けたものだ。だがその辺りは作業者たちも理解のうちだろうし、なにより今は損壊している。「拡張で新たな資源の採掘が期待できるのと同時に、周辺地盤の崩壊や損壊が危惧されたため現況調査をギルドに依頼。事前調査では、侵入可能な奥行き約二〇〇フィート、うち自然舗装された路床は約一〇〇フィート。道幅は二〇フィートほどになる。懸念点としては、形成された支路付近の自浄作用、つまりは遺物の分解吸収に遅延が見られたことだ。試験的に設置したタグは二〇日を超えた現在も吸収されることなく据え置かれていた。だが危険性は無いと判断、注記記載に留めている」
腰に下げていた水筒から水を一口含み、喉を潤してから続けようとしたその時、
「ギルドのカリルトです」
正面に座る初老の男性が左手を挙げた。神経質そうなしかめ面に、どうにも自信なさげな挙動の彼には、正直なところあまり良い印象がない。仕事はできると知ってはいるのだが。
だが一応はこの場で最も立場がある人物なのだから、妙なことは言い出さないだろう。そう判断してムーチェンは発言を許可した。
「その路床形成にはですね、その、ダンジョン以外のいわゆる第三者の意志の介入があるようにですね、当然のように思われるわけですが、そのあたりの、なんらかの勢力の横槍と言いますか、悪意、ですね、そういった情報などは、自治体警察が動いていらっしゃると期待しているわけですが、ありますのでしょうか」
なにゆえ貴様はせっかくの期待を自ら足蹴にするのかな。