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勤労の転移者ども ~努力すれども頑張れども、さりとて暮らしは楽にならず~  作者: ぺるでらほにてん
エールデランドへいらっしゃい──転移とジオード、そしてダンジョン
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権利と権限・其の二──活用できない場面で輝く権限

 八方から強い光に照らされ浮かび上がる支路入り口は、聞いていた話よりも大きく見えた。ダンジョンの自己生成というからには、カルスト地形のように自然溶食で進入可能な経路が形成されたものを想像していた。ところが目の前にあるのは、人為的に舗装された立派な通路にしか思えなかったのだ。高さは三メートルくらいだろうか。幅は六メートルほど。

 覗き込めば五メートルと無い先で、崩落した岩盤が立ち塞がっている。

 調査を一通り終えたのだろう、その現場には作業や調査、検査を行う姿は無い。単に二人の侵入を見て場を去ってくれただけかもしれない。おそらくは煩わしいとの理由で。

「間違いないな」屈んで地面を撫でていたタカシが、忌々しげに呟いた。「連中の仕業だ」

「タカシ、あれ、なんだと思うよ」

 ヴェンデルの口調は呆れのソレだ。タカシも同様に「見えてるよ」とため息混じりに返す。

 崩れた岩盤に覆われる、その向こうに輝きを見せているのは魔力結晶のそれだ。微かに聞こえてくるのは、それがなにか知らなければ、ただ涼やかで心地の良い音色。

「ジオードだ」

 これまでは、各地の鉱業施設に無断で立ち入り、支路生成実験なるイタズラをやらかしては遁走するという──それだけでも迷惑極まりない行為ではある──だけで済んでいた。まさか転移現象を引き起こすだなどと、想像の埒外だろう。

「くそ──っ!」ヴェンデルは壁を蹴りつけようとして、崩落現場なのだと思い出し止まる。「連中が静かだった理由は、コレか」

「だろうね」腰を上げたタカシは、魔力結晶の光を睨みつけたまま言った。「もう一日早く到着していたら止められたかな」

「わからんが、転移なんて大掛かりなことが数日で準備できると思いたくないね」

「コウイチたちが入場するタイミングが悪すぎた、ということ──」

 ヴェンデルの言葉は、背後に近づく足音に飲み込まれた。ヴェンデルとタカシがギョッとして振り向くと、

「あっら、やだっ、タカシちゃんじゃないの!」

 いきなりの素っ頓狂な女性の声が二人の鼓膜を打った。

 そこにいたのは長い髪をヘアコームで団子にまとめた長身の女性であった。

 笑顔を浮かべる美貌の君にヴェンデルはしかし若干の警戒心を抱きつつ、「おいタカシ、この美人はお前の知り合いか?」と小声で問いかける。

「まあ……うん、いるだろうなとは思ってた」

「会話しようぜ。それで、どちらさまなん──」

「うぅわぁ、もう、タカシちゃんてば立派になっちゃってまぁ!」

 若々しい端正な顔立ちから繰り出される、母親を通り越した近所のおばちゃん口調に、ヴェンデルは出鼻を見事に挫かれた。

 ぐいぐいと迫る彼女は、タカシの胸元や二の腕をベタベタと無遠慮に撫で、叩いている。男性が同じことをしたら問題視されるのだろうに、どうにも不公平だ。

「クマできてるわよ。ちゃんと寝てる? 食べてる?」

 愛想笑いを顔面に貼り付けたままに硬直するタカシの姿は、ヴェンデルの目には新鮮だ。だがそれを茶化すには彼女の勢いが過ぎた。「それで……どちらさまで?」

「騎士になる以前にお世話になったクランはソアダの東坂下(さこぎ)珠緒(たまお)さん。タマオと呼んだら怒られるから、サコさんかサコ姐さんで」

「お前の顔、笑顔を模した別の感情に見えるが、どうしてされるがままになって」

「……逆らえないんだ」

「それはまたどういう」

「それでタカシちゃん?」声音は変わらず、しかしピンと張り詰める空気を漂わせて、サコギがタカシの頭をわしゃわしゃとかき回す。「あなたの今の立場で、ここに来る理由なんて、一つしか思い当たらないんだけど──閉じ込められたのがコウイチくんだから、かしら」

「いや、たしかにそれが目的ではあるんだけど、なにかしらが発生したと判断される場合は初動派遣が認められているから」

「違う違う違う」タカシの頭を撫で回していた両手の動きが止まる。「それは権限の話よね。だけどタカシちゃん、あなた権利の行使でここにいるんじゃあなくて?」

 咄嗟に、タカシの独断で来たわけでは無いと弁明しようとするが、ちらと見たタカシの視線が一瞬左右に振れたことで口をつぐむ。

 ──独断で動いたと思われていた方が都合がいい、ということか?

「無闇な介入は越権になるからやらないつもりで、サコ姐さん、その呼び方はやめてよ」

「やめたげない」「ぎっ?」

 サコギの両手が頭蓋を左右から、締め上げる。軋む音が聞こえた気がした。

 彼女は優しい微笑をたたえたまま、タカシの頭をじりじりと持ち上げてゆく。

「越権?」サコギはゆっくりと双眸を伏せる。次に開いた両目はあまりに冷たい。「手に入れた身分でやらかすことが我を通すじゃあ、大人扱いなんぞ到底できやしないんだよこのバカたれが。立場を得たなら相応の段取り踏みな。それが仕組みってもんだ──返事!」

「は、はい……わかったよ。ごめ」「よろしい!」「んがっ!」

 ゼロ距離からの渾身の頭突き。直後のサコギの両手からの解放。

 落下したタカシの体が地面にくずおれる。

 もはやどこが痛いのかもわからないタカシは痙攣のようにのたうつ。

 のを、戦慄の面持ちで見つめるヴェンデル。

240323全面改稿

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