三人で来た
屈強な複数名の男性たちが、ツルハシなどの工具を振りかざし突き立てる先は、壁だ。
みっしりと、虹色に透き通る結晶で占められた壁面は美しく、鑑賞に充分に堪える代物だろう。しかし彼らにとっては、なんら躊躇なく破壊できる対象であるらしい。
それにしても彼らの、あまりに余裕のない、鬼気迫るともとれる様子はどういうことか。
岩肌が、崩したはなから背後に投げ出され、控えていた作業員たちの手で順次に外部へと持ち出されてゆく。採掘の手は、彼らが搬送する間も止まらない。ツルハシが背後の配慮もなく弧を描き続けるものだから、眺めるこちらの肝が冷える。
騒音に紛れ聞こえてくる会話は、まるで喧嘩腰だった。聞いたこともない響きが感情的な怒声で紡がれるために、どこの言葉かも判別できず、聞き取ることすら困難だ。
そんな彼らを、床上に体を投げ出して、頭だけを壁にもたれかけるような体勢でぼんやりと見上げ、観察を続けてはたと気づく。
──いつから俺は、こうしているんだろう。
どうにもぼんやりと晴れない思考のまま視線を巡らせようとして、ふと、場にそぐわない涼しげな音色があることに気づいた。頭の後ろから奏でられるのは、氷が爆ぜるようなチリ、チリリと心地よい音だ。しかし、目の前で繰り広げられる破壊活動が耳を傾けるのを阻害する。
──ああ、歩いてたら聞こえた音だ。
タカシにユキヒトと、並んで街に出ていた、その際に聞いた音だ。
──二人は……?
ついと頭を傾けると、打ち抜かれた壁から注がれる日の光に目を眩ませてしまう。今も出入りを続ける彼らの侵入口はどうやらそこらしい。その上で、さらに奥へと向かおうと対面の壁を抜くつもりのようだ。
いったいなにが、彼らをこれほどまでに追い立てているのか。誰ひとりとして余裕のかけらもない様子なのはどういうことか。
そう首をかしげながら視線を戻すと、そこにあった採掘員がこちらを見つめ、作業を中断していた。視線が絡み合ってしばし、彼はツルハシを足元に転がすと、目の前に膝をついてこちらの頭を両手で包んできた。力はやや強いが、丁寧に優しく頭蓋を確認している。
──もしかして、頭でもぶつけていたのかな。
自分でも確認しようと身を捩らせて──掌にぞぶりと食い込む鋭い刃の群れに硬直する。見れば鋭く尖る半透明の結晶の群れが、床も壁もなくみっしりと剣山を模している。ゆっくりと挙げた手からは鮮血が溢れ滴り続けている。
「なんだ──これ……!」
戸惑いが狼狽えに移行する直前、複数名に四肢を引き上げられた。ぞっとする怖気が先か、それとも体の背面全体をぬるりと、貫いていた無数の凶器が抜けてゆく感触が先だったか。
直後、唐突に熱湯をぶちまけられたような、強烈な痛みに襲われた。
自分が、叫んでいるらしいと自覚できたのは、喉に焼けるような痛みを感じたからだ。
強い日差しが降り注ぐ外界に運び出され、毛布の上に転がされ、こじ開けられた瞼の先で壮年の顔に覗き込まれる。
そこからなにをどうされたのだかわからない。ぐるぐると体を回され続けるのは、どうやら治療だったのだと気づくまでには相当に時間を必要とした。
気がつけば、ひとり地面の上に敷かれた寝床に残されていた。じっとしているだけでは痛みが増してゆくだけ、しかし動けばさらなる苦痛に苛まれる。なにをどうしたらマシになるのかわからずに、呻きながら芋虫のようにみじろぎしていると──
続いていた破砕音が、これまでにない間抜けな響きを奏でた。壁面をようやく貫通できたらしい。ぎこちなく首を上げてそちらに顔を向ける。
光景に、ギョッとした。
大きな球体の上半分が、地中からこんもりと姿を見せている。円弧の描き方から、巨大さはかなりのものだ。地面の上からの視点だからよくわからないが、大人が二人横になっても直径に届かないのではないか。そんな球体が三つ。シャボン玉のように貼り付きあっている。
──なんなんだよ……わけ、わかんねぇ。
「很高兴认识你」
ふいに真横から呼びかけられて視線だけを向ければ、屈んでこちらを覗き込んでくる、身なりの良い三名の姿が側にあった。壮年がひとりと、若者がふたり。うち若者ひとりの放った言葉は、響きからして中華圏の言語だろうか。
眉を顰めて首を傾げていると、ひとりが「Саламатсызбы」と言った。今度こそ聞き取れない。響きは綺麗だなと感じたが、それだけだ。
そして残りのひとり、壮年が頷いた。
「こんにちは。この言葉ではどうかね」
突然の日本語に、身をびくりと窄めてしまった。「日本語……?」
「ああ、理解したようだ」三名が安堵に笑みを交わし合う。「君たちは日本人なのだな」
──君たち?
三名とは逆の側に重量物が転がされて、ゆるゆるとそちらに顔を向ける。人だ。
こちらに向けられた顔は血や泥で汚れていたが、誰だかすぐにわかった。
「タカシ……!」慌てて身を起こそうとするが、全身を襲う痛みに肩から倒れてしまう。痛みをおして半身を起こし、今もまだ破砕音が響く球体の群れに顔を向ける。「まさか、あの球体ひとつひとつに、俺たちが、それぞれ」
「そのとおりだよ。災難だったね」壮年が、心からとわかる同情の口調で言った。「ジオード形成から発見までが短期間だったことが、まだ幸いだった──君の名は?」
「コウイチです。あれは、なんなのですか。どうして俺たちは──」
挙がる歓声が、破砕音を修了させた。
呆然と見つめる先で、予想通り、球体から三人目が現れる。両脇を支えられてこそいるが、ユキヒトは自らの足で外に歩み出ていた。
こちらに気づいたユキヒトはぎょっとしたのちに、男性たちを振り解きこちらに駆け寄ろうとする。だが、すぐに転げてしまった。補助で立ち上がり、二人の手を借りてゆっくりとこちらに近づいてくる。彼も傷だらけではあったが、そこまでひどくはなさそうだ。
見れば、タカシは服を切り裂かれて傷を治療されていた。気づいて我が身を見下ろせば、こちらも半裸状態だ。助けられたのだから、文句など言うまい。
「ようこそ──と言うのは不適切かもしれないが」
壮年の表情と口調は申し訳なさそうで、聞いているこちらが気まずくなるほどだ。
「我々の地球は歓迎するよ。そちらからの転移者を」
240921全面改稿