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思いもよらぬ告白

「ずっと、さがして、ました!」


 メールとは違う、カタコトの日本語。画面越しに何度も聞いた声が鼓膜を揺する。


「ナ……ターシャ?」

「はい」

「なんで、ここ、に」

「会いたかった、です」


 しばらく胸に顔を埋めていた彼女は俺を見上げると笑顔を向けた。


「どうやってここまで……」


 彼女はポケットからくしゃくしゃになった紙を取りだしてみせる。俺がプレゼントを贈った際、荷物に貼りつけた青と赤のラインが派手目の送り状だ。おそらく記載された俺の住所を辿ってきたといいたいのだろう。


「ああ……なるほど?」

「やっと、みつけ、ました!」

「お、おお。ご苦労さん」


 部下か。

 ほかに気の利いた台詞はないのか、俺よ。


 どこまでも社畜根性が染みついていて嫌になる。


 彼女は気を悪くした様子もなく笑みを深めた。


「会えて、嬉しい、です」


 もちろん俺も現実とは思えないほど嬉しいさ。

 だけど嬉しさを示す前にこういうことをいうのがやはり俺なのだ。


「ずっと、会いたかった!」

「……なんで?」


 俺もだ! と心は声を大に叫んでいるのに、現実の俺はポカンとした顔で返すのみ。


 ここはノリでもなんでも感動を表して抱きつく場面じゃないのか!?


 頼むから俺よ、いい加減にしてくれ。


「前に会ったことが、あります」

「いつ」

「六年……まえ?」

「どこで?」

「東京で、です」


 まったく覚えがない。人違いなのでは。問いかけると彼女は少し頬を膨らませて首を横に振り、スマホを操作して俺に向ける。


 日付は六年前の三月八日。東京とおぼしき風景と大勢の日本人が行き交う、とりたてなんの変哲もない写真にみえる。


 彼女は一点を指さす。

 そこにはややくたびれたスーツ姿の男。誰かに呼ばれたのか、それとも何かに気を取られたのか、振り向き際の横顔だ。猫背具合といい、しゃれっ気のない髪型といい。


 引き延ばして確認してみれば、間違いなくこの俺だった。


「おお……まだ若い」


 彼女は一瞬ぽかんとしてから、くすくす笑ってスマホを受け取り、また操作しはじめる。どうやら音声翻訳アプリに切り替えたらしい。


『昔、家族旅行で日本に来ました。でも家族とはぐれてしまって困っていたら咲間さんが声をかけてくれたんです。あなたはわたしと一緒に家族を探してくれました。覚えていませんか?』


 可愛らしい声に続いてスマホから機械音が問いかける。


「……ああ! 覚えてる! 全然英語分からなくて大変だったんだよな。でもけっきょく家族のひとが見つけてくれたはずだが」

『それでも嬉しかったです。あのとき、あなたはわたしの英雄となりました』


 英雄て。なにか翻訳ミスしてないか。翻訳アプリよ、もうちょっと頑張れ。


「そっか、あんときの……」


 記憶はだいぶおぼろげだ。おかげでアポの時間に遅刻してすんげー怒られたんだよなあ。それだけはハッキリと覚えているんだが……じつに残念だ。


 せがまれたのだろうか。

 二枚目の写真には彼女と並んでアホみたいにピースしている俺の写真があった。


 ちなみに六年前のナターシャは今より少しあどけなく、天使然とした可愛らしさが大爆発している。


 あとでこの画像くれないかな……


『胸に名札がありました。だから名前も覚えています』

「よく読めたな」 


彼女の想いに感動するより前に感心を示した俺は、やはり恋愛には向かないのかもしれない。巧の溜め息が背後から聞こえた気がした。


『だから同姓同名のあなたからコメントがきたとき、本当に嬉しかったです』

「なるほど。だから返事を」


 どこまでも恋愛脳にならない俺、咲間乙矢。

 あのときの謎がついぞ明かされたことにスッキリとしたものを感じる。

 

『でも会ってみないと本人かどうかわかりません』

「だなあ」

『だから来ました』

「凄い行動力だな」


 感嘆の声をもらす俺にナターシャはにっこりと微笑む。

 長い銀色の髪がふわりと夜風に舞い、澄んだ青い瞳がじっと俺をとらえる。彼女の背後に真っ白な羽がみえた気がした。


 ……ここは天国か。


「伝えたいこと、が、あります」


 お礼だろうか。

 俺すら忘れていた六年も前の出来事だ。わざわざ日本まで飛んできて律儀にいうことでもないのに。でも、ずっとお礼を言えなかったことが心残りだったのかもしれない。


 彼女のしがらみを取り払うためにも、俺は苦笑交じりに答える。


「はい、どうぞ」 


 すると彼女はすっと後ろに一歩下がり、まっすぐに俺をみて口をひらいた。

 

「好きです。結婚してください」


 I love you. Will you merry me?

 

 白熱灯の下、天使の笑みを浮かべる彼女が信じられないほど流暢に告げ、手元でスマホが機械的な声を発する。


「はい……?」


 Yes.


 いや、違う。しっかりするんだ翻訳アプリ。いまのはそういうんじゃ…… 


 ヘタレな俺はこんなときでさえ、きっと彼女は誤った日本語を覚えたのかもしれないと考える。

 しかしヘタレな上に押しに弱く単純で、彼女の大ファンである俺は、咲き誇った天使の笑みにつられて何も言えなくなるのである。

  

最後までお付き合い頂きましてありがとうございました。

少しでも楽しんでもらえたなら幸いです。

╰(*´︶`*)╯♡

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― 新着の感想 ―
[良い点] 以前拝読させていただいた短編とはまた違う雰囲気でとっても楽しかったです(◍•ᴗ•◍) 彼女から素敵な告白♡ 良かった〜ヨカッタ♪ [一言] 姫凛さんの素敵な物語を お久しぶりに読み読み出来…
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