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謎のお誘い

 せっかく日本文化に興味があるといってくれたのだ、もう少し話題を広げることもできただろうに。

 なんで俺ってこうなんだろうか。だから彼女ができないんだな。大丈夫、わかってるから。 


 自分で打ち切ったようなものなのに、返信を期待すること半日。やはりというべきか、スマホは沈黙を守り抜いている。時間が経つたびに泣きたくなった。


 本日は己の不甲斐なさに打ちひしがれながら失意のもとに残業へ突入。

 深夜の会社でぼんやりとPCをみつめ、ルーティンを実施。といっても0時40分に業務タスクを閉じ、うまいコーヒーを淹れるだけだが。


 俺の気も知らないで、彼女は今日も可愛い笑顔で現れた。

 彼女が何を話しているのかほとんど分からない。けれどみているうちに、ケラケラと笑う彼女につられて俺も何度か笑い声をあげてしまった。 


 ついさっきまで消沈していたはずなのに終わったころには心が軽くなっている。


 今日はコメントを控えようと思っていたが……

 ほんわか笑顔でコメント欄をクリックし、


『きみの笑顔をみると元気がでるよ、ありがとう』


 ただそれだけ、素直な気持ちを打ちこんだ。 


 一方的な感謝の気持ちなんて返信しようにもコメントに困りそうなものだ。可能性が高いのはイイネ切りくらいなもんか。

 心に折り合いをつけて嘆息をつき、パタリとPCを閉じるとスマホが鳴った。


 時刻は一時三十五分。こんな時間にいったい誰が。訝しがりながらスマホを確認するとYouTubeからの通知。


「え」


 イイネだけなら通知は一件のはず。しかし表示された通知は二件ある。


 まさか。


 詳細には『ナターシャ・レミアスさんが返信しました』の文字。


「嘘だろ。もうやめてくれよ」


これ以上期待させないで欲しい。期待するのは嫌だ。彼女から返事があるたびに遠かった存在が近づく気がする。近くなるほど期待はふくらみ、もっと欲求してしまう。最初は返信があっただけで嬉しかったのに、最近はもっと会話したいという欲がでた。

 

 百歩譲ってよしとしても、会話能力がなさすぎて自己嫌悪に陥るから嫌だ。


 しかもなんで今回は早いわけ。これじゃ待っていたみたいじゃないか。

 バカめ、勘違いもほどほどにしろよ。動画をあげたばかりだったから、たまたまみてただけかも。


 期待するな。期待するな。


 何度も自分に言い聞かせてコメントを確認し――

 飽きるほどまばたきを繰り返してコテンと首をかしげた。


「ん……?」


 これは、どういうことだろう。


『いつもコメントありがとうございます。もしよければ、パトレオンに参加しませんか? パトレオンには様々な特典があるので……』


「パトレオン?」


 いいながら、はたと思いだす。

 パトレオンというのは、いわばサブスクでの支援者を指す。

 月額数百円から数千円という幅があり配信者への寄付がわりとなるものだ。


 もちろん恩恵はそれなりにあり、先駆け配信や未編集のフル動画を視聴できたりする。彼女の場合、それらにくわえてディスコードでのトークとフリーメールの開示がなされてあった。


 どう返信するべきか悩んでいるうちに、またスマホが鳴った。

 タップすると新たなコメントが表示された。


『あなたともっとお話がしたいです』


 手からスマホが滑り、床に落ちて硬い音を鳴らす。

 俺は大きく鳴りだした心臓の鼓動を感じながら、息を飲むしかなかった。


 ……騙されてると思うか? まるで風俗サイトへのキャッチみたいだって?

 パトレオンに勧誘して支援者を増やしたいだけなんじゃないかって?


 俺だって一瞬そう思ったさ。


 でもナターシャは一千万人のフォロワーを抱える人気ユーチューバーだ。


 パトレオンに登録している人数は百万近く。少々汚い話をするとサブスクでの売り上げだけで億を超える。いまさら俺ひとりを勧誘したところでたいした儲けにしかならないのに、そんなことするか?


 だけど、なぜ俺に対してそのようなアプローチをするのか見当がつかない。数度交わしたコメントのやり取りは盛り上がりに欠け、決して楽しいものではなかったはずだ。


 もしかして他のひとにも同じように勧誘しているんじゃ?


「たしかに怪しいよなあ」


 シャワールームに巧と二人きり。

 昨日の出来事を打ち明けると巧は神妙な面持ちでうなり声をあげた。


「でも、他の奴にはいってなかったんだろ?」

「うむ。ここ半年間でアップされた動画のコメントは全部チェックした」

「おま……仕事より真面目にやってるじゃねーか!」

「当然だ」

「なにが当然だよ。なら信じてみてもいいんじゃねーの? いつでも解約はできるんだろ?」

「できる」

「なら登録すれば? 特典もあるなら詐欺られるわけじゃないんだしさ。むしろ彼女のファンなら支援者になるべきだと俺は思うけど」

「もっともだ」


 ヘタレな上に推しに弱い単純な男、咲間乙矢。


 俺はまたしても深夜の会社でYouTubeをひらくのであった。


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