一千万の中から選ばれた俺
皆さんこんにちは。
久しぶりの新作投稿です。
短編のつもりで書いたのですが、少し長くなってしまったので分けることにしました。
全七話。
すべて投稿予約済みです。
よろしければぜひ最後までお楽しみください。
「ああ、癒やされる……マジで俺、終わってんな」
宵もとうに過ぎた深夜、誰もいなくなった会社のデスクでひとり天を仰ぐ。
PCの時刻表示は午前二時半すぎ。他の部署はとうの昔に運営を終えて消灯し、広いフロアを奥には底知れぬ闇がただ静かに広がっていた。
PCの光をぼんやりと顔に反射させて画面を眺めれば、YouTube のサムネが再生を待ち望んでいる。
中にはピンクのゴムで前髪をちょことんと立たせ、驚いたように青い目を丸くしている美少女と日本アニメのタイトル。
彼女は超絶人気の海外アニメリアクター、ナターシャ・レミアス。
残業三昧の社畜とな成り果ててはや十年。深夜一時に更新される彼女の動画は俺の唯一の楽しみであり、癒やしである。
まあ彼女は英語なので、ほとんど何をしゃべっているのかわからないんだけどな。彼女が笑うだけで心が潤う気がするんだよ。
本日もめでたく三日目に突入した徹夜残業。身も心もヘドロのごとく腐り果てていた俺は視聴を終えるとキーボードに手を伸ばした。
すさみきった心に意欲を吹き込んだ笑顔に、ただひとこと伝えたい。
「ありがとう」
無意識に、手が動いていたんだ。
思い起こせば、コメントを残したのはこれが初めてだった。
……書きずらいんだよ。
だってコメント欄はびっしりと英語ばっか。彼女自身が外国人ってこともあってチャンネル登録者の多くは海外勢で占められているから、当然といえば当然なんだが。
英語なんて中学レベルでしか話せないしさ、日本語で入れたら目立ってしゃーない。
日本人特有の奥ゆかしさっていうの? 目立つのって怖い。
ヘタレという言い方もあるが……否定はしない。ってかできない。
なもんで無言視聴が俺の鉄則。
でもこのときは極度の眠気と疲労も相まってうまくあたまが働いていなかった。だからぼんやりとしながら、ついコメントしちゃったんだよな。
入力したあとにアッと思ったけど、感謝の気持ちを述べただけだし、まあいいだろう。
俺はコーヒーを片手に二十回ほど動画を視聴してから、また黙々と事務作業に戻った。
それからどれほどの時間が経ったのか、
「おはよう、乙矢」
苦笑交じりの声とポンとあたまを叩かれた感覚にぼんやりと目を覚ます。
PCの画面は意味を成さないアルファベットの羅列で埋め尽くされている。
どうやら寝てしまっていたらしい。
頬をさすると、でこぼことした凹凸が感じられた。
「まーた徹夜か? たしかに誰もいない家に帰るのは寂しいものがあるけどなあ、たまには帰れよ。もう夏だし」
「うわ。やべ。臭う?」
「ちょっとな」
俺のあたまをクンクンと嗅いで巧は眉をしかめる。
こいつとは高校からの腐れ縁なんだが、入社したとたんに彼女を作り、三ヶ月と満たないうちに結婚した裏切り者である。
「課長には上手いこといっとくからさ、シャワー浴びてきたら? どうせ着替えは持ってんだろ?」
「まあな。ここは俺の別荘みたいなもんだからな。生活必需品はすべてそろっている」
「なんて憐れな男だ、咲間乙矢。ゆっくりとシャワーを浴びてくるがいい」
笑顔で既婚者の余裕を見せつけながら、巧はひらひらと手を振る。
恋人もいない俺なんて会社に缶詰状態になると身だしなみなんてどうでもよくなってくる。しかしデスクの両脇は女性陣だ。さすがにマズイか。
気怠げにデスクの下から小さめのバックを取りだすとスマホを片手に席を立った。歩きながらなにげなくスマホの画面をチェックして、ぴたりと視線が止まる。
「……え?」
ロック画面にYouTubeからの通知が二件。
更新時間にはまだまだ早いというのに、いったいなんの通知だ。
首を傾げてロックを解除し、通知を開いて目を疑う。
詳細に『ナターシャ・レミアスがあなたのコメントに高評価をつけました』『ナターシャ・レミアスから返信がありました』の文字があったから。
「う、嘘だ……」
ふいに心臓がバクバクと不審な音を立てる。
俺は疑心暗鬼のまま通知からYouTubeへ接続をし、内容を確認した。見まがうことなく、ベルマークの通知欄に「2」のカウント。
タップすれば『いつもみてくれてありがとうございます。日本からのコメントはとても嬉しいです』と、ナターシャ本人から日本語で返信があった。
この時の心境をどう表現するべきか。
「う……うぉおおおお……っ!」
狂喜乱舞。
心臓が止まるほど嬉しかったし、嬉しすぎて発狂しそうで、嬉しすぎて信じられなかった。社畜務めですり減った三十年分の生気が一気に戻った感じだ。
つい同じアカウント名を名乗った偽物なのではと疑い、相手のページに飛んでみたりもしたが、なんど調べても見慣れたナターシャのホームに戻るだけ。
「マジかッ!!」
ハッキリいって、こんなことは想定していなかった。
動画に寄せられるコメントは毎度千件を超える。毎日決まった時間に更新しているのに、すべてをチェックするなんて不可能だと思っていたからだ。
もしかして彼女は全員に返信するという神業を成し遂げたのだろうか。
そう思ってざっと数百件ほどコメントを検索してみたんだが、ナターシャから返信があったのは俺だけのようで。
「こんなこと、ある?」
もう悠長にシャワーなど浴びている気分ではなかった。大人気ユーチュバーからの返信に興奮やまぬまま、巧の首根っこをつかんでずるずると誰もいないシャワールームまで引っ張りだした。
「なんだよ! ひとを犬みたいに引っ張るな!」
「大事な話がある!!」
「聞くから引っ張るな! 首が絞まるんだよ!」
ようやく解放してやると巧はゲホゲホいいながら首をさすり、恨めしそうな目を向けた。
「で、なに。あそこじゃ言えないことなわけ?」
「俺の愛するナターシャから返信があった」
「誰だよ」
「ナターシャ・レミアス。一千万のフォロワーを抱える、超絶可愛い神ユーチューバーだ」
「俺、YouTubeみないからなあ。でも一千万はすげーわ」
「だろ? 昨日の夜、血迷ってコメントしてしまったんだが返信がきてたんだ」
「へえ。そりゃすげえ。おめでとさん」
「うむ。すっげえ嬉しいんだが、どうしたらいい」
「知るかよ!!」
俺は小難しい顔でうなりをあげる。
この喜びと感動をどう表現するべきか。どうすれば落ち着くことができる。
仕事で失態を犯しても飄々と乗り越えてきた俺が、たった一通の返事で動揺している。巧に話せば多少落ち着くかと思ったが、レア度を実感しただけで興奮はさらに増してしまった。
「特大の花火をぶっ放して会社を破壊したい気分だ」
「テロ願望でもあんの、おまえ」
「それだけ嬉しいってことだ。しかもこれをみてくれ。日本語で返事がきたんだぞ! 彼女の気遣いにどう感謝を述べればいいのか!!」
コメント欄をみせると、巧はへえと小さく声をもらした。
「コメント数1200だって。すっげー。よくおまえのコメントみつけられたよな。たぶん日本語だったから目立ったんじゃねー? 他は全部英語だもんな」
「なるほど。それはあり得る話だ」
「なら、また日本語でコメント入れたら返事くるかもよ」
「まさか」
「いや、わからねーよ? 日本からのコメントは嬉しいって本人もいっていることだし。もう一回試してみたらいーんじゃねえ?」
一理ある。
だが素直にうなずけない。
なぜなら、
「……またきたら嬉しい。でも期待したぶん、こなかったらショックだ」
不安げな俺に、巧は呆れ顔を浮かべる。
「ヘタレか」
「ヘタレだよ」
「やってみなきゃわかんねーじゃん」
「それもそうだな」
ヘタレな上に押しに弱い。
咲間乙矢三十歳は、うむと力強くうなずいた。
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