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短編【春夏秋冬 季節もの】

春が✖✖を連れてきた。

作者: 仄賀 万紘

 春は季節の訪れと共に様々なものを連れてくる。

 温暖な気候、芽吹く草花、新入生・新入社員に――あと変態。


 身を縮こませるような冬の寒さからの反動で、解放的な気分にさせるのだろうか。

 毎日のように更新されていく地域の防犯情報マップを埋め尽くさん勢いだ。

 変態マップと呼んでもいいくらいだ、と友達と笑ったのもまだ記憶に新しい。


 が、今は全くもって笑えない状況だ。


 目の前にベージュのトレンチコートを着た同級生の男子がいるのだ。

 丈の長いコートの裾からは素足が覗いている。


 差出人名のない呼出状が下駄箱に入っていて、無視するのも悪いと思って指定された場所にやってきた。

 さて、男子だったら告白か、女子だったら喧嘩か――なんて呑気に考えていた。

 結果、やってきたのは男子だったわけだが、その不自然な服装からすぐに告白という文字は私の中から吹っ飛んでいった。


(――まさか……下履いてない? さすがにそんなことは……)


 もう一度確認するが、やはり素足だ。しかもツルツルの綺麗な肌。

 モジモジと頬を染めて、コートの前をギュッと握りしめている。


「あの……僕の……」

「っ……」


 ゴクリと唾を飲み込む。視線だけ動かして、万一に備えて逃走経路を確認する。


「僕のを……見てほしいんだ!」


 ――バッ!!


「!」


 勢いよく開かれるコートに、反射的に目を閉じた。最悪の状況を想定する。

 同級生が露出魔なんてどうすればいいのか。


 警察? 学校? 親? 全部? どこから連絡すればいいのか。


 沈黙が流れる。


(――え、怖すぎて目開けれないんですけど。でも、目開けないと逃げれないし……)


 幸い彼が近づいてくる気配はない。


「あの、見て……くれないかな。僕の……どうかな……?」


(――うぇぇぇぇぇん! これ絶対クロだよ。真っ黒だよ。どうとか言われてもわかんないし!)


 けれど、目を開けないことには後にも先にも進めないだろうと恐る恐る瞼を上げていく。


「――は?」


 随分間抜けな声が出た。いやでもだって仕方ないのだ。目の前に思いもよらないものが飛び込んでこれば、きっと誰だってそうなるはず。


「なにそのカッコ……」


 トレンチコートの下から、まさかミニスカ姿が出てくるなんて一体誰が想像できるだろうか。できたらすごい。


「あ! ごめん、ウィッグ忘れてた! 中途半端だったよね」

「いや、そこ?」


 背を向けた彼は近くに置かれた鞄をゴソゴソと漁りだす。


(待て待て待て。その姿で前屈みになってお尻を突き出すんじゃない! 下着が見えるでしょうが!)


 慌てて視線を逸らす。黒地の布が一瞬目に入ったが、私は何も見ていない。絶対に。


「あの……そのカッコでその体勢はちょっと……危ないっていうか何というか」

「ん? あ~……大丈夫だよ。スパッツ履いてるから」


 黒髪ロングストレートを被り、振り返った彼はあろうことかスカートを捲ってみせた。


「っ!!」


 絵面が心臓に悪い。ときめきではないドキドキに襲われる。


「ちょ……! 下ろして下ろして!」


 通りがかりの人に見られたら大変だ。今度こそ変態が現れてしまうかもしれない。いやもうコイツが変態か。


「ははっ、大丈夫だよ。ここ人通ることめったにないからさ」


 改めてそんな場所でこのよく分からない男子と二人きりでいていいのだろうかと思う。


「あの、なんで私にそれ見せようと思ったの……?」

「君のお兄さんがコスプレイヤーだって聞いてさ……。改めて……どうかな?」

「うーん……」


 私は彼の頭のてっぺんから爪先まで何往復もジロジロと見つめる。


「そうだね…………めちゃめちゃ似合ってる」

「ほんと!?」


 彼はパッと花咲いたように笑顔を浮かべて喜んだ。


(う……かわいい)


 ノーメイクで、ウィッグとスカートだけなのに女の子にしか見えない。なんだったら、ウィッグだけでも充分女の子に見える。


 薄めの体に、ほっそりとした腰。手足はすらりと長い。おまけに色白ときた。


(チート過ぎんか……?)


 私はあることを思い付く。


「あのさ」

「ん?」

「このあとまだ時間ある? うち来ない?」



 しっかりとメイクをした完璧な姿が見たいと思った私は彼を自宅に誘った。

 うちにはコスプレイヤーがいるからメイク道具が大量にある。

 化粧に興味がある年頃の私は、衣装製作などの手伝いをする代わりに、たまになら使用してもいいと兄から許可をもらっていた。


 化粧をすると、思った通り、彼は完璧な姿を見せてくれた。


「完璧だわ。天才かもしれない……。あ! もうちょっとしたらお兄ちゃん帰ってくるからさ、出来栄え聞いてみない?」


 少しして帰宅した兄に見せると。


「うおっ! 再現度たっか! お前、こんなかわいい友達いたのかよ~」

「友達っていうか、同級生」


 私の隣に立つ彼はニコリと笑みを浮かべる。


「化粧は私がしたの」

「へぇ~。上手に出来てるじゃん。かわいい」


 兄に褒められて、彼は照れくさそうにはにかむ。それを見た兄がまた「マジでかわいい」とボソッと呟いた。ゲシッと兄の足を軽く蹴ると、だらしなく緩んだ顔を慌てて戻していた。


「にしても、よかったなぁ。お前、このキャラ推しだったもんな」


 ――兄貴め。余計なことしか言わない。


「今なら推しと撮影し放題だな」

「……ソウダネー」



 バイトの予定が入っていた兄は「また遊びに来てね。絶対ね!」と言い残して、それはそれは名残惜しそうに出かけていった。


「推しなら、そうと言ってくれたらよかったのに」

「あー……うん。ごめん」

「そういえば、君もコスプレしたりするの?」

「ううん。したことないよ」

「じゃあ、せっかくだし君もこの格好してみない? 推しなんでしょ?」

「は? しないしない! だって似合いっこないもん!」

「そうかな……? 化粧だって慣れてるみたいだし……」

「ほら、素材がね? ダメだからさ~」


 自分で言っていて悲しくなる。私が憧れるのはいつだって自分とは正反対のキャラばかりだ。


「じゃあ、例えばさ……もし初コスプレするなら、自分の好きなキャラのコスプレか、自分に似合うキャラのコスプレか、どっちがいい?」

「いや、だから……」

「別に必ずしも誰かに見せる必要はないからね。仮に似合わなかったとしても好きなキャラの格好をして気分が上がるのか、それとも似合うキャラの格好をして他人からの評価を得た方が気分が上がるのか……じゃない? ちなみに僕は両方だよ」

「は……?」


 一気に捲し立てられて頭にスッと入ってこない。


「だーかーらっ、僕は好きなキャラの格好をして、他人からの評価も得たいってことさ」

「わー、なんて強欲」

「それは僕が他人の欲求を満たすためではなく、自分の欲求を満たすためにコスプレをしているからね」


 いっそ清々しいほどに振り切っている。


「それで? どっち?」


 これは答えないと見逃してくれないやつだ。


「…………好きなキャラ、かなぁ」

「うんうん。なら、やっぱりするべきだよ」

「でも……って、何してんの?」

「脱いでる」


 彼はボタンを全部かけたトレンチコートの中で脱衣しているらしい。


「トレンチコートを試着室代わりにするってどうなの……?」

「え、でもさっきスパッツ見せるなって言ってたから……」


 彼はコートの下から出した手でボタンを外そうとする。


「開けるなぁ!」

「え~? もうどっちなの?」

「私、一旦部屋出るから!」 


 私が部屋から出た後、すぐに出てきた彼はトレンチコート姿で衣装を渡してきた。ということは……。


「ねぇ、中って……」

「中? ああ、大丈夫。Tシャツとスパッツは着てるよ。確認する?」


 彼はトレンチコートのボタンに手をかける。


「いい! いいから早く出て!」


 また心臓に悪い絵面になる前に急いで追い出す。


「あはは。はーい」


(完全に面白がってる……)


 すっかり彼のペースに乗せられ、コスプレする流れになってしまった。

 受け取った衣装を広げる。似合わないだろうとわかってはいても、着てみたいという衝動の方が強く、恐る恐る袖を通した。





「き、がえた……」


 着替えてからすぐには声をかけられなかった。時計を確認していないから正確な時間は分からないけれど、優に15分は超えていたと思う。その間、廊下の彼は一度も急かしてくることなく、黙って待っていてくれた。


「お。じゃあ、入っていい?」

「……どうぞ」


 ゆっくりとドアノブが開いて、彼が室内に入ってくる。なんとなく気恥ずかしくて、モジモジとしてしまう。彼の気持ちがよくわかった。


「どう? 着た感想は」

「…………気分は……上がる、ね」

「でしょ~? あ、また忘れるところだった」


 彼はウィッグを脱ぐと、私の頭に被せた。


「ん。完璧」


 私の頭にフィットするように調整する動きが、頭を撫でられているようで少しむず痒い。


「……ウエスト細くない?」


 ジッと見られるのに耐えかねて、微妙に話題を逸らす。


「そう? 僕は余裕が――」

「おっと、手が滑った拍子にグーになって殴っちゃいそう」

「はは、ごめんごめん」


 握りこぶしを作れば、彼は降参とでもいうように両手を挙げた。


「……あとでウエスト詰めてあげる。よく衣装作り手伝ってるから、裁縫は得意だし」

「ありがとう。でも……そのままでいいかな」

「どうして?」

「詰めたら君が着れなくなっちゃうでしょ?」

「私?」

「そ。また君が着たいと思ったときに、いつでも着れるようにさ」

「めちゃくちゃ良いシーンみたいな雰囲気だしてるけど、デリカシーゼロだからな?」


 本日二度目の握りこぶしを作ると、彼は「暴力はやめてっ!」と悲劇のヒロインぶって床に膝をついた。顔だけは完璧な分、すごくシュールで、私は吹き出さずにいられなかった。





「妹よ」

「なんだ、兄」

「またこの前の子を連れてきてくれ」

「……一応聞くけど、なんで?」

「好みドストライクだったからだ」

「そっか。そんなお兄様に朗報です。今日これから遊びに来ます」

「でかしたぞ! 何か洒落たモン買ってくる!」


 そう言ってるんるんで出かけた兄は、ケーキを買って帰ってきた。以前、私が「買って」と強請っても無視された、ちょっとお高いケーキだ。

 そわそわとする兄を横目に私はお皿にケーキを移し替えたり、お茶の準備をする。


 インターホンが鳴って、兄は面白いほど素早く対応した。私も急いでフォークを手に取る。


 画面に映し出された来訪者――少年を見て、驚きの表情で兄が振り返った瞬間。


 私はケーキを頬張った。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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