005話 勇者、歩き出す
オレの言葉をこの場にいる全員が理解するまでに少しの時間がかかる。
そして言った意味が理解できると途端に騒めきだす。
「な、なんと言われた!」
「断るというのかっ!」
痩せぎすとでっぷりの男が唾を飛ばしながら叫んでいる。
周りにいた連中もざわざわと何か話している。
よく分からないがオレが断ったことに対して何か言っているのだろう。
だが、どうでもいい。
オレは歩き出す。
「ま、待たれよ!」
「まだ話しは終わっておらんっ!」
しかしオレは止まらない。
「止まられよ」
鎧を着た男がオレの前に数メートルほど前に立ちはだかる。
オレは足を止め視線を落とす。
右手は剣に添えられていた。
「…どけ」
「どかぬ」
「ザルバ殿、剣を抜いてはなりませんぞ!」
痩せぎすの男が叫ぶ。
目の前の鎧の男がザルバという名であることは分かった。
オレは再び歩き出す。
「もう一度言う、止まられよ、勇者様」
鎧の男が剣の柄を握る。
オレは歩みを止めない。ザルバとの距離は段々と縮まってくる。
「ザルバ殿、ダメじゃ!」
でっぷりとした男が言う。
「召喚士たちどの、この方は勇者様で間違いないのか!?」
ザルバが大声でローブの一団に問いかける。
「あ、ああっ、俺たちは古文書の通りに儀式を行った、古文書が間違って無ければこの男は勇者様のはずだ」
そのやり取りの間にオレとザルバの距離は1メートルほどになる。
「くっ!、ならばっ!」
ザルバは右手を剣の柄から離すと、オレにパンチを放ってきた。
豪拳と言っていい威力を持っていそうなそのパンチ。
並のものが喰らえば致命傷、即死もあり得るほどの威力を秘めていそうだ。
だが…
【スキル】勇者の眼 LEVEL01
世の中のあらゆるものを見通す眼。視覚精度が向上する。
遠近両方に有効。
LEVELが上がれば物質の透視、霊体、隠ぺい魔法を見透かすことが可能。
さらに時の流れさえも見渡せる。
勇者の眼の能力なのかザルバのパンチは止まっているように視えている。
周囲の連中も止まったような状態だ。
だが、実際にはゆっくりとだが動いているので完全に止まっているわけではなさそうだ。
【スキル】勇者のフィジカル LEVEL01
驚異的な身体能力。異様なほどのパワー、スピード、スタミナを発揮する能力。
LEVELが上がるほど、その能力は天井知らずに向上していく。
そしてもう一つのスキルの活かしてザルバの拳を指1本で受け止める。
そして時間の進み方が戻る。
「くっ!」
周りの連中を含め、ザルバにも何が起こったか分かっていないようだ。
ザルバがパンチを繰り出すも、オレに指だけで止められている。
それが認識できる限界だろう。
「化け物がっ!」
ザルバは剣を抜いて、オレに斬りかかってくる。
両手で剣を上段に持ち、振り下ろしてオレを斬る気だろう。
だが、結果は一緒だ。
オレは止まったような時間のなかでザルバの鎧を指ではじく。
そこで時間の流れが戻る。
どがぁんという大きな音を響かせ、飛び散る部屋の壁と埃。
何が起こったか分かったものは悲鳴を上げたり、腰を抜かしたりする。
「わ、わが国最強の騎士であるザルバ殿が…」
そんな言葉が聞こえた。
あれが最強?
だったら大した事なさそうだ。
そしてオレはまだ自分が裸だったことを思い出す。
【アイテム】勇者の服 LEVEL01
勇者の普段着で、上下セット、靴付き。
ただの服に見えるが、LEVEL01でその等級は希少クラス。
オレは服を着た自分の姿を確認する。
「…よし」
これで裸で歩き回るオカシナ男からは卒業だ。
そこで周囲を見る。
ザルバはすでに気を失っている。
そしてザルバが倒されたことでオレに声をかけるものも、ましてや触れてこようとするものもいない。
俺が一歩前にでると、近くのものが後ずさり道が開く。
こうしてオレは自分が召喚された部屋から出ていく。
目の前に下に降りる階段があり、その上に外が見られるように一部分だけ壁に穴が開けられていた。
どうやらここは塔の屋上近くらしい。
それだけ確認するとオレは下へと進むことにした。