四宮ほまれ
1911年、アメリカ・アリゾナ州。
水を操る子供が発見され、大きくニュースで報道された。
それから、世界各地で超能力を持つ人が何人も発見された。超能力は“フォーム”と呼ばれるようになった。
現在2020年7月、約77億人の世界中の人の内、0.000002%に当たる約1万6千人の人にフォームが確認され、そのうち100人ほどが日本で確認されている。
日本では現在33人のフォーム持ちの子どもが確認されており、ほとんどが“オアシス”に入学している。
オアシスとは、フォーム持ちの18歳までの子どもが暮らす学校のようなもので、日本政府の保護下にある学園だ。
しかし、国民のほとんどがフォームの存在もオアシスの存在も信じていない。どちらも都市伝説のようなもの。フォームを目の当たりにした人のほとんどは気味悪がるか恐怖にかられて拒絶するかのどちらかだ。
それも、自分の実の子供や兄弟であったとしても。
そのように家族に拒絶された子どもたちのほとんどは、オアシスに保護されて少年少女時代をオアシスで過ごす。
「――でもねー、ときどき『一人で生きてく』って言う子もいるんだよねえ…それで社会に出て辛い経験をして、結局耐えきれなくて自殺する…何て子も何人か見てきてる。だから僕は、出来るだけフォーム持ちの子どもたちをオアシスに入学させて、しっかり心の準備が出来てから社会に出てほしい……そう思ってるんだ」
窓の外の空を眺めて微笑みながら話す男を、四宮ほまれは尊敬の意も込めて見つめていた。
男の名は水蓮誠。
オアシスの中1担当の教師兼心理カウンセラーの33歳だ。
33歳には見えないようなきれいな顔立ちをしていて、いつも微笑んでいる。
会って4日しか経っていないが、ほまれは相当な信頼を彼に寄せている。
「…だから、私も連れてきたんですか?」
「うん。ほまれみたいに強いフォームを持つ子は特に、フォームが強い代わりに心がすごく脆いから。…いや、脆くなってしまう。フォームが強ければ強いほど、世間からの恐怖や風当たりは強い。
一応、個人情報だからフォームや名前や顔は公開してないんだけど、目撃者が発信することですぐに特定されちゃうんだよ。入学した生徒たちのはなんとか守れてるんだけど、それ以外はこっちも把握しきれてないところがあるからね」
ため息交じりに言う誠に、ほまれは小さい声で尋ねた。
「……先生、私が…殺しかけた子たちは、どうなりましたか?」
「………殺しかけた子は報告されてないよ。ただ、あのとき倒れた子たちはみんな、昨日のうちに元気になって普通に過ごしているらしい」
「……そうですか…良かった」
ほっと息をつくほまれ。
誠は顔を曇らせた。
「ほまれ、あれは君のせいじゃないよ。フォームが発現した直後は、みんな制御が効かなくなる。当たり前のことだ。僕もそうだった。すれ違う人全員の心の中が聞こえて、パニックで我を失った」
「……でも、私は殺しそうになりました」
「………生徒の中には、どうしても殺してやりたい奴がいて、その人がきっかけでフォームが発現し暴走した子もいる。その人は……殺したかった相手は、亡くなってしまったけど」
ひゅっと息を呑む。
「でも、死ななかったから大丈夫なんてことはないはずです…実際、みんな怖がってたし……」
「そうだね…でもさ、近所の人達も、フォームのことを怖がってるでしょ? 怖いっていう先入観があるからそう感じちゃうだけだよ。ちゃんと使えるようになれば、フォームは自分の力になってくれる」
「先生みたいに、ですか?」
「うん。僕はフォームを扱えるようになってこの仕事をしてる。僕の《読心》のフォームがなきゃ、僕みたいなカウンセリングの仕方は不可能だしね」
へらっと笑った誠は、相手には自分の感情を読ませないような雰囲気があった。
ここまで言ってもまだ明るい顔をしないほまれに、誠は言った。
「ほまれはさ、小さい頃に超能力に憧れたりとかしなかった?」
「…すごく憧れてました。テレパシーとか瞬間移動とか…アニメで見るのはすごくかっこよかったんです。でも、フォームにそんな明るい夢はない。…辛いだけです」
誠は「これは頑固だな…」と苦笑した。
――でも、仕方ないか…フォームなんて信じてなかった子が、突然自分に強力なフォームが発現してクラスメート10人を倒れさせちゃうんだもんな……
誠は、4日前のほまれの身に起こった一連の出来事を思い出した。
―――――――――
午後の授業中。
美術室での授業で、突然ほまれの目に異変が起こった。
「先生…! ほまれちゃんが、目が痛いって!」
ほまれと仲の良い寧々が叫んだ。
駆け寄った教師がほまれに顔を上げさせると、ほまれの両目が赤色に光って……
教師と、目を合わせた、寧々を含む9人の生徒が一斉に床に崩れ落ちた。
美術室中に生徒たちの悲鳴が響く。
混乱で状況のわかっていないほまれは、「え……?」とかすれた声でつぶやいた。
ほまれの目から、涙が溢れる。
「い、痛い……痛いッ……助けて、助けて……‼」
みんなの悲鳴にかき消される、ほまれの叫び。
床に倒れた10人は、ピクリとも動けずただただ恐怖に震えながら悲鳴を聞く。
誰かが、叫んだ。
「フォームだ……‼」
その声を聞いた生徒たちは、悲鳴を上げながら転がり出るように美術室をあとにする。
ほまれは、じわじわとフォームだという実感が湧いてきて、更に涙を流す。
両手で自分の目を隠し、大声で叫ぶ。
「お願い……離れて‼ 逃げて‼ 誰も殺したくない…‼」
残った動ける生徒たちも勢いよく美術室を出ていく。
ほまれはガタガタ震えながら目の痛みが収まるのを待つ。
ほまれの荒い息遣いだけが美術室中に響く。
そのとき、小さな声がほまれの耳に届いた。
「…………バケモノ……………………」
その一言は、ほまれの心に、大きなスコップで抉られたような軋みを生んだ。