姉として
東の空から、うっすらと朝日が昇り始めている。
あんな話を聞いてしまったせいで、結局この日はあまり眠れなかった。
嫁入りってことは……いよいよ、私はあの織田信長の妻になるのか。
おいおいそうなるってことは分かっちゃいたけど、まさかこんなに早いとは……この斎藤家の家族と、もう離ればなれになるのは寂しいなぁ……
「……姉上? もう起きていたのですか?」
「……お蜜ちゃん。ごめんね、起こしちゃった?」
「いえ、私も朝は早いので……皆が起きる前に、軽く運動するのが日課になっていまして」
お蜜ちゃんは軽く伸びをしてから、寝巻姿のまま庭に出て軽い運動をはじめた。
「……やはり、落ち着いてはいられないんです。殿方達が戦場で、この美濃を守るために戦っていることを思うと……私がこんなことをしたところで、自己満足以外の何も得られないのが歯痒いのですが……」
「……大丈夫、きっと皆無事に帰ってくるよ。だからさ、私達は帰ってきた人を笑顔で出迎えてあげよう」
お蜜ちゃんは、優しい子だ。だから戦に出た人達のことが心配で心配でたまらないんだろう。
私が嫁入りすることでこの戦を終わらせられるなら……私は、喜んで『駒』になるよ。
「おはようございます、帰蝶おねえさま」
「おはよーございます! きちょうねーさま!」
「うん、お早う。お貴ちゃん、お幸ちゃん。今日も1日頑張ろうね?」
「「はーい!」」
あぁ……可愛い妹達と会えるのも、もう今日が最後なのかなぁ……こっちに来てまだ1ヶ月も経ってないけど、心が折れずに過ごす事が出来たのは、小見さんやこの子達が支えてくれたからだし……もし、嫁入りして皆と離ればなれになったら私……
「……おねえさま? どうしたのですか?」
「……へ? どうって……」
「ねーさま、泣きそうだよ? 泣かないで?」
……ホントだ。いつの間にか涙目になってる。
いや、だってしょうがないじゃん。1ヶ月かけてようやく斎藤家の皆と仲良くなれて、ここから本当の家族みたいになれたらって時に……誰も知り合いがいない場所に行かされるなんて……
「……ダメだなぁ、私。いつまでもこんな調子じゃこの時代で生き残れるわけないのに……」
畜生、今まで大好きだった戦国時代が大嫌いになりそうだ。自分の生き方を好きに決められる現代が、どれだけ恵まれた世界かを思い知るよ。
「おねえさま……なかないでください」
「……お貴ちゃん? どうしたの、急に抱きついてきて……」
「……わたしも」
「……お幸ちゃんまで……」
「……わたしたちがないてたとき、かあさまはこうしてくれました」
「だからわたしたちも、ねーさまにこうしてあげる。……だからなきやんで?」
……あぁ、本当にこの子達はいい子だ。体は私よりもずっと小さいのに、その懐はとても大きくて……暖かいや。
「……ありがと、もう泣かないよ。私はお姉ちゃんだもん、いつまでも妹に慰められるわけにはいかないよね」
「……はいっ、おねえさまはわたしたちのじまんのねえさまです!」
「ちょっとおばかだけど、いっつもあかるくてやさしいねーさまがわたしたちだいすきだよ!」
「うん。お馬鹿はちょっと傷つくかな? でもありがとね、2人も私の自慢の妹だよ」
その私の言葉に、2人は満面の笑みを返してくれた。
この2人にとって、帰蝶はちょっとお馬鹿でも自慢の姉なんだ。
それなら私も、この2人の自慢の姉であり続けなきゃいけない。
私はもう『帰蝶』なんだから、その立場に応じた責任を背負わなきゃいけないんだ。
「……姉上、父上と母上がお呼びのようです」
「お蜜ちゃん……うん、分かったよ」
「姉上……さっき泣いていたのは、もしかしてこのことを」
「お蜜ちゃん、妹達を宜しくね」
「……はい……」
お蜜ちゃんは、なんとなく察しちゃったか。
それでも、最後は笑って送り出してくれているあたりは流石だなぁ。
きっとあの子はいいお嫁さんになるよ、間違いないね。
……さて、3人の妹に笑顔で見送られた以上、私も逃げるわけにはいかない。
この家の長女としての責任は、果たさなきゃいけないんだ。




