プロローグ 胡蝶の夢
ここはどこだろう?
夢か、現実か……分かんない。なんかフワフワした、不思議な感覚だ。
そんな私の目の前にヒラヒラと舞うのは、一匹の蝶。
なんで蝶がこんなトコに? これもさっぱり分かんないけど……なんか綺麗だな……
無意識の下で、私は蝶に向かって手を伸ばす。
よく分かんないけど、なぜかこの蝶に引き寄せられるんだよ。
腕が、体が、心が。
謎の力で私を引き寄せる、美しくも儚い蝶。
それに私の手が触れた途端、私の視界は光に包まれた。
「……お目覚めですか、帰蝶?」
目が覚めたら、すっごく綺麗な人が目の前にいた。誰かは知らないけど。
女優さんなのかな? 着物着てるし、髪長いし、部屋も和風だし、時代劇の撮影でもしてるのかな?
だとしたら、なんで一般人の私がそんな場所にいるのかさっぱり分からないけど。
「……どうかしましたか? まだ木から落ちた時の傷が痛みますか?」
……木から落ちたってのはよく分かんないけど、心配してくれてるのは分かる。いい人だ、私は知らない人相手に何から話そうか悩んでただけなのに……
うん。いつまでも黙っているのは悪いし、なんでもいいから口に出そう。
会話は大事だ。コミニュケーションの第一歩ですから。
「だ、大丈夫です。すみません、心配をかけちゃって……」
「……ならよいのです。流石、この腹から産まれて以来1度も病に犯されたことはないだけありますね」
……ん? ちょっと待って。今この人、自分のお腹をさすりながら言ったよね?
え? 私のお母さん、こんな綺麗な美人さんじゃないよ? もっと小太りの庶民派だよ?
「……どうしたのですか、帰蝶? そんな変な顔をして」
「い、いやその……って、帰蝶? 帰蝶って、私のことですか?」
「あなた以外に帰蝶がいますか? 全く、『うつけ姫』と呼ばれるのはそういうところが……」
……帰蝶? 帰蝶ってさ、あの織田信長の娘の帰蝶だよね? 私歴史には詳しい方だし、絶対間違えてないよね?
その時、私はようやく自分の格好に気づいた。
着ている服は、日常生活では絶対に着ることのない和服。
茶髪のショートボブだった髪型は、目の前の美人さんと同じ長ーい黒髪になっていた。
これは……もうなんとなく分かってしまった。
ここは私の知っている現代日本じゃないし、私も私じゃない別の人間の姿になってる。
そして、その別の人間ってのが……織田信長の妻、帰蝶。
なんてこった。どうやら私は、戦国時代にやって来てしまったらしい!
帰蝶は『美濃国諸旧記』の1535年生まれの設定です。今後もいくつかの出来事、人物の生没年は諸説の中から都合のいいものを取り上げていきたいと思います。