死亡フラグを立てた女魔導士と男剣士のお話。
「皆、今までよくついてきてくれた!今宵、戦は終結する!いや、我々の手でさせるのだ!最後まで、最後まで共に戦ってくれ!そして、またこの場で生きて会おう!」
王様が演説を終える。周りが歓声を上げる。王様は、士気を高めるのが大の得意なのだ。
……ここは俺も声を出しておくべきか?いや、大きな声を出すのは苦手だしなぁ……
と、敵戦力との交戦寸前にこんな呑気なことを考えられる俺も、士気を高められて余裕ができているのかもしれない。でも、ここまで緊張感がないと、逆に不安が募ってくるよな。
そうやって一人で考え事をしていると、後ろからバンッと軽く背中を叩かれた。
「なにそんな怖い顔してんの!もしかして、ここに来て死んじゃうかもって怖くなってきた?大丈夫よ、あんたは私が守ってあげるから!」
そう言って俺に励ましてくれるのは、レンリ=エルファ。こいつとは小さい頃から村で常に一緒にいた、いわゆる幼なじみってやつだ。
「そうか、ありがとな。じゃ、お前に俺の命預けるから。しっかり守ってくれよ?」
俺が「信じて任せる」ということを言葉で伝えると、レンリは顔を赤らめた。
「い、いいけど、べっっっつにアインのためにってわけじゃないんだからね!あんたが死ぬとおばさんやおじさん、だけじゃなくて、村のみんなも悲しむんだから!それだけだからね!」
早口でまくしたてるレンリの肩をぽんぽんと叩く。ちなみに、アインとは俺の名前で、本名はアルレイン=シュヴァルト。アルレインだと長いので、略している。
「それはお前だって同じだろ。だから、一緒に帰ろうぜ」
「……それもそうね!約束よ!」
周りが解散し始めたのに気づき、俺たちもテントへと戻る。
現在時刻は、手元の懐中時計が午後五時を示している。
進軍開始時刻は、午後八時。まだ三時間あるわけだが、その間とかにすることもないので体力を消費しないようにゆっくりと休む。
後方なら座りながら長距離魔法を撃てばいいから体力は使わないので、今体力を消費したところで支障は出ないが、俺は剣士だから最前線だ。となると、ここで体力を使っていいわけがない。
これはレンリも同じだ。こいつは魔導士なので魔法で戦うが、使うのは短距離の魔法。よって、俺と同様に最前線で戦うことになる。
「じゃ、テントの中で休んでるか」
「そうね」
テントの中に入り、そこまで重くはないが進んで着ていたいものではない鎧を脱ぐ。
「あー……肩こる……」
「ほんと」
ちなみに俺とレンリが寝るテントは同じである。なぜか。俺にもさっぱりわからない。
いや、俺は四六時中レンリと一緒にいたい。でも、こいつは夜中まで俺といたいだなんて思ってないだろう。つまるところ、俺の片想いだ。だから、どうこうなりたいとは思っているけど行動に移していないし、そういう気にならないようにも自制している。
「んー?どうしたの、ぼーっとして。そんなんじゃ、後ろから斬り殺されちゃうわよ?ほら、しゃんとして!」
「はは、そりゃまず……って笑えねえよ」
まあ、ひとまずは今この時間を楽しもう。
「そうだ、この戦争が終わったらアインはどうするの?」
「そうだな……秘密だ」
俺は、戦争が終わったら玉砕覚悟でレンリに告白するつもりでいる。断られるのがオチなんだろうけどな。
「そう?じゃ、今度教えてね」
「……おう。そういうレンリはどうするんだ?」
「…………とりあえず一度村に帰るわ。その時に、あんたに話すことがあるから。その後のことは、それから考えるわ」
「なんだ?訓練中の俺の醜態でも晒すのか?それとも、最初は剣もまともに持てなかった時の『ゴボウ』ってあだ名でも広めるつもりか?」
「あはは、それもいいわね」
「……やめてくれよ」
言うんじゃなかった。
そうして、だいたい一時間ほど経った頃だろうか。
「私、トイレ行ってくるわ」
「あ、じゃあ俺も行こうかな」
二人でトイレの前まで行き、わかれる。
「んっ?腹が痛くなってきた……」
ということで大の方へ。難なく用を済ませ、手を洗う。とはいえ、少し待たせているかもしれないと思い、急いで外へ出……ようとしたところで、悲鳴が聞こえた。
「敵襲、敵襲!各員戦闘配備!」
拡声魔法により、そう伝えられる。
「ッ!」
幸い剣だけは腰に装備していたので、身体強化の魔法をかけてトイレの外へ出る。
「マジックスペル【レインフォースメント】」
周りを見渡すも、砂埃でなにも見えなくなっている。そんな中、後ろから声をかけられた。
「アイン!」
レンリだ。
「無事か!」
「なんとか!マジックスペル【サークルウィンド】!」
レンリが魔法で砂埃を散らすと、お互いの姿がよく見えるようになった。
「とりあえず、蹴散らしながら安全圏まで後退するぞ!」
「了解!」
まず、向こうに移動……
「ふっ!」
剣を抜き、レンリの方へ突き出す。それを知ってか知らずか、レンリもまた俺の方へ魔法を放った。
「「……危ない危ない」」
レンリの後ろにいた敵兵が倒れる。それと同時に、俺の背後でもドサッと音がした。
「気をつけなさいよ」
「お前もな。でも、まあ」
「「ありがと、相棒」」
そう言って振り向き、走り出す。
少し走ると、敵兵が歩いているのが見えた。
「止まれ」
そうレンリに指示を出し、速やかにその敵兵の首を折って処理して下に降ろす。
「行くぞ」
「ッ!アイン、危ないっ!」
その声に、俺が後ろを振り向くと、影から出てきた敵兵が剣を振り下ろしてきた。
……間に合わない!
そう思った時、レンリが俺に抱きついた。
「ぐぅぅぅっ!」
そのまま、俺とレンリが倒れる。
「はぁ、はぁ……」
レンリの背中から溢れ出す血が、地面に赤く模様を描く。
「れ、レンリッ!」
敵兵がもう一度剣を振り下ろそうとしているのを見て、俺はレンリを抱えたまま横に転がり、躱してから敵兵を斬り殺す。
俺はすぐにレンリの上体を起こし、声をかける。
「レンリ、大丈夫か!待ってろ、すぐ助けるから!マジックスペル【ヒール】!」
俺は何度も回復魔法をかけるが、傷は全くと言っていいほど癒えない。
「アイン……もう、いいから……こんなところで、魔力使って……どう、するのよ……」
「うるせえ!【ヒール】【ヒール】!ダメだ、誰かっ!いないか!」
「ねえ、アイン……聞いて」
「黙ってろ!お前の話なら、後でいくらでも聞いてやるから!今は黙って回復を待て!」
「ほんと……言質、取ったからね……」
「おう、何でもとれ!【ヒール】!」
「でも、もう、ダメみたい……」
「なに言ってんだよ!【ヒール】!【ヒール】!」
「……アイン、最期の、お願い……私の話を、聞いて……」
「だから、後から」
レンリが、すっと俺の頬に手を伸ばす。
「ねえ、アイン……私……あなたのことが好き……この、戦いが終わったら、言おうと、思ってたんだけど……」
「ーーッ……」
視界が歪む。レンリの目からは、涙が落ちる。
「な、なに言ってんだよ、レンリ……さっき約束したろ?一緒に帰るって……俺も、お前に言いたいことがあるんだよ!俺がやりたいこと、秘密だって言ったこと、教えてやるって言ったろ!ここで死んだら教えらんないだろ!俺のひどいあだ名だって広めるんだろ!なあ、死ぬなよ!」
「…………ごめん、なさい……約束、守れなくて……」
「ああ、ほんとだよ!お前が死んだら、俺を守ってくれる奴がいなくなるだろうが!だからっ!」
「大丈夫よ……あなた、なら……」
そう、言葉を交わしている間にも、レンリの身体からは血が溢れ出ている。いや、それがどんどん加速しているように見える。
「おい、死ぬなよ!なあ、死ぬなって言ってんだろ!お前が死んだら、俺には何も残らないじゃねえか!俺は、俺も、俺も!お前のことが好きなんだよ!だから、死なないでくれよ!」
「……そう、よかっ……た……あな、た、と……両想いで、いられ、たのね……私……しあ、わせよ……」
するっと俺の頬を温めていた手が落ちる。
「……レンリ、おい、レンリ!」
それは、死を意味する。
それは、永遠の別れを意味する。
それはーー
「許さない。全員、ぶっ殺してやる」
何を、意味していたのだろうか。
レンリの頬にそっと口づけし、剣を握り、立ち上がる。
「もう、何がどうなっても知らねえ」
目の前に建つテントを斬り、突き進む。
正面に、敵兵。数は……幾つだろうか。笑ってしまえるほど、多い。だが、そんなことは関係ない。
「いたぞ!青剣士だ!全員でかかれ!」
青剣士……俺の異名か。今から、正反対の『赤』に変わるってのにな。
正面から突っ込んでくる奴を蹴り飛ばし、空中でそいつの顔を踏んで右前の敵を斬り殺す。それまで、百分の一秒にも満たないだろう。
そうして、俺は視界に入った敵兵を手当たり次第に虐殺した。
そして、気づいた頃には……
「ーー我々の、勝利であるっっっ!」
俺は、敵の王の首を下げて王の隣に立ち、虚空を眺めていた。
戦争が終わり、一週間が経って戦地から王城に戻ってきていた。だが、何をする気にもなれず、どこでどうやって死に、レンリに会いに行こうか……そればかり、考えていた。
そして、それからまた一週間が経過した、ある日。
俺は祝勝の宴に参加することになっている者が宿泊する、王城内の部屋にいた。
俺は何も飲まず食わずでいたのに、どうしてか生きている。早く死んでしまいたい。
そう、『死』の文字だけが頭の中を巡っていると、ドアがノックされた。
「失礼いたします。もうじき宴が始まりますゆえ、ご移動よろしくお願いいたします」
そう言って、入ってきた女性が俺の触る車椅子を王座の間へと押していった。
俺は車椅子を押されたまま王座の間へと入場する。どうやら既に宴は始まっていたようで、鬱陶しい喧騒が鼓膜を揺らした。
笑っている奴らを見ると、全員殺したくなってくる。
そう思っていると、王が俺に気づいたようだった。
「あー、皆のもの。楽しんでいるところすまんが、道を開けてやってほしい。第八星将アルレイン=シュヴァルト、前へ……ああ、そなたが押してきてやってくれ」
「ははは、はいっ!」
俺は玉座の前まで車椅子でやってきた。そこから、玉座が左前に位置する場所に留められる。
「第八星将アルレイン=シュヴァルト。そなたは此度の戦において、最も輝かしい功績を残した。褒美を与える故、しばし目を瞑れ」
別に今更どうされても構わないので、言われた通りに目を瞑る。
しばらくして、左奥ーー少し遠くなったーーから「後五秒したら目を開けてくれ」と王に言われる。
すると、その場にいる宴の参加者が勝手にカウントを始めた。
「「五!四!三!二!」」
今何をもらっても驚きはしないし、俺はすぐそれを返すだろう。
「「一!」」
俺はもう褒美のことなど頭に無く、再びどうやって死のうか考えていた。
ーーーーでも、そんな思考は。
「「零!」」
ーーーー一瞬にして、吹き飛んだ。
「アイン、アインっ!」
その姿を見た瞬間、そいつは、俺に飛びついてきた。
「うそ、だろ……!?」
そんな、なんで……
「嘘じゃないわよっ!」
そいつは、抱きつくのをやめて、車椅子に座っている俺に視線を合わせた。
「アイン、久しぶりねっ!」
「れ、レンリ……!?お前、レンリなのか!?」
なぜだ!?だってお前はあの時……
「死んだ、はずじゃ……」
「はぁ……あのね、私がいつ『死ぬー!』なーんて言ったのよ!」
「ほ、ほんとに、いき、てるのか……?」
「当たり前じゃない!」
俺はよろよろと立ち上がり、レンリの頬に両手で触れる。
「本物、だ……れ、れんりっ、レンリっ!」
ああ、久しぶりに聴いた、この声!久しぶりに見た、この顔っ!もう、一生触れることは、見ることはないと思っていた……この……
「きゃっ!」
人が居ようと知ったことか、目の前にいる人がレンリだと認識した途端、俺は自然とレンリに抱きついていた。
「ああ、レンリ、レンリ……っ!」
「ちょっ、恥ずかしいじゃない……もう、バカっ」
そう言った後、レンリはそっと俺のせなかに手を回してくれた。
その瞬間、王座の間全体から、拍手が巻き起こった。さっきまで鬱陶しいだけだった喧騒が、いつのまにか心地よいものに聞こえる。色を失っていた視界が、再び色で包まれた。
さて、しっかりと自我を取り戻した俺はというと。
「な、何か……た、食べるものを……うう、死ぬ……」
かつてない空腹に襲われていた。普通に考えれば当たり前ではあるが。
俺は玉座の前にある階段をレンリの手を引いて飛び降り、机にある食べ物に食らいついた。
「ちょっと、行儀が悪いじゃない。ほら、もっとゆっくり、噛んで」
それからは、とても楽しい時間だった。いつのまにか位が上がっていたらしい俺とレンリはいろんな人から声をかけられ、宝石なども贈られた。どうやら俺以外はレンリが生きているのを知っていたようで、多くの人がペアルックで贈ってくれた。
「これも、お揃いだな」
「ええ、嬉しいわね」
そんなこんなで宴が終わり、俺はレンリとともに部屋に戻った。
「ふぅ……食った食った」
「ほんと、すごい食べてたわね」
俺がベッドの上に座ると、レンリも「失礼するわね」と言って俺の隣に座った。これ以降、布団を洗うことはないだろう。
しかし……さっきまではレンリの顔しか見ていなかったけど、改めて見るとドレスがとても似合っていて……
「……綺麗だ」
と、無意識に言ってしまった。
「えっ、ちょっ、何よいきなり」
レンリは顔を真っ赤にして俯く。だが、俺の口は止まらなかった。
「なあ、レンリ。この前お前が俺に言ったこと、本当か?」
「えっ、えと、あれは、なんだか急に言いたくなっただけで、その、村に帰っても言いたいことはあれではなかったと言いますか……その、もともと気持ちを伝える気持ちはなくてですね……」
と、彼女は自身の髪をいじりながら言った。つまり、俺を好きってのは本心ってことか。
「……レンリ。俺はお前が好きだ。世界で一番好きだ。俺と、結婚してくれ」
「……ええ、喜んで!」
それからは村に帰って結婚式を挙げ、土地を買って家を建て、畑を耕して……と、あれこれ忙しかった。
まあ、結婚式を終えてから俺が一人で、一日どころか数時間で終わらせたんだけど。
そうして、疲れたので風呂に入ってからリビングのソファに座っていると。
「アイン、お茶を入れたわよ」
と、キッチンからレンリが湯飲みを二つ持って出てきた。
「ああ、ありがとう……レンリ、こっちにきてくれないか」
「な、何かしら?」
レンリは机に湯飲みを置き、隣に座った。
「…………」
俺は、レンリをじっと見つめる。
「な、何かしら。私の顔に何か……きゃっ!」
そして、真顔で抱きついた。
「……かぁぁわいいなぁぁ!レンリ、可愛いなぁ!」
「な、なによ、いきなり!恥ずかしいじゃない!ちょ、離し……んもう!仕返しよっ!」
力ではレンリに敵わない俺はあっさりと押し返され、彼女にマウントを取られる。
「ふへへへへ……手加減しないんだからね……」
と言われ……
ちゅっ。
「……ど、どうよ!私にかかれば、あんたなんてこんなもんなんだから!」
「それだけ?」
俺がそういうと、レンリが今までにないほどたじろぐ。
「えっ、えっ、ええっ?」
俺はレンリをギュッと引き寄せる。
「一瞬のキスが限界なのかー!まだ恥ずかしくてそれが限界なんだな……かぁぁわいいなぁぁ!」
「は、はうううぅぅぅぅ……」
レンリは「ばかぁ……」とぷるぷる震えながら俺とソファの間に手を入れて抱きついてきた。
幸せが、始まった。