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そうだ、ダンジョンに行こう!②


「ぼ、ボクの研究室……ボクの研究資料……」


 黄ばんだシーツの質素なベッドの上で、膝を抱えて座るミッファーがうわ言の様に呟いている。


「まだブツクサ言ってんのかお前。良い加減切り替えろよ」


 それを椅子に座りながら眺めていたヴルフが、ついに放っておけなくなって口を出した。


 時刻は深夜。

 場所は城塞都市アーハントでも最安値を誇る場末の宿だ。

 歓楽街の端っこに位置するお世辞にも快適とは言えないボロボロのその宿に、泣けなしの銅貨を10枚を支払って宿泊している。

 差し押さえのために雪崩れ込んできた作業員にビビりまくったミッファーがパニックを起こしたため、早急に決めた妥協の宿だ。


「あー、俺の手持ちももうほとんど残ってないし。早めに何か仕事しねぇと借金返すどころか干からびて死んじまう」


 質素な布を丸めて麻紐で口を縛っただけの財布を覗き込みながら、ヴルフは嘆息してテーブルに突っ伏した。


「お前を森に返す旅費も稼がにゃならんしなぁ。明日朝一で組合(ギルド)に行って聞いてみるかぁ」


 アウロ組合長に誘われて冒険者となったヴルフには、駆け出し冒険者と言う時代が無い。

 本来なら新米の冒険者として一定期間講義と研修を受け、認定を受けて発行される冒険者証(ライセンス)なのだが、元々賞金稼ぎとして盗賊や犯罪者を数多く検挙していたヴルフはその辺りを免除されていたのだ。


 そのまま勧められるがままに銀の絆(シルヴァスタ)に入団し、クランに言われるがままに依頼(クエスト)をこなしてきたヴルフにとっては、自分から仕事を探しに行くなんて初体験である。


「へ? ボク、帰らないよ? 今更帰っても何も残ってないし」


「だけどこのままこの街に残ってもどうしようも無いだろ。お前仕事どーすんだよ」


 重度の対人恐怖症を患っているミッファーが、普通に冒険者として活動できるとは思えない。

 クランに所属していない野良の冒険者なんて面倒なことだらけだ。

 依頼者との折衝や、現地での報酬金の値上げ交渉などがある程度認められているのは、そうまでしないと食べていけないから。


 組合(ギルド)の業務は依頼(クエスト)の受注窓口であり。依頼料の回収代行も行なってはいるが、その相場までは操作していない。

 いざ現地に着いて話が違うことなど腐るほどあるし、すべての依頼(クエスト)内容を精査するには人員が圧倒的に足りないのだ。

 だが一度依頼(クエスト)を受領し完遂したら、組合(ギルド)はどんなことがあろうと報酬を依頼者から徴収する。踏み倒しは決して認めない。

 どんなに駄々を捏ねようが、実際に支払える金額が足りなかろうが、ありとあらゆる手段を講じて払わせる。

 だからこそ、組合(ギルド)の存在は絶対に必要とされている。


 これが個人での交渉だとまぁ上手くいかない。

 ごね得を狙われ長期間の対話に応じていると、時間と労力に見合わないと結局冒険者側が押し負けてしまうことが多いのだ。

 冒険者側からしてもそんな交渉に時間をかけるよりも、他の仕事をこなした方が儲かるのだから。


「し、仕事はこれから考えるよ。錬金術師(アルケミスト)と協力して新薬の開発したり……いや、無理だな。お話するの怖い。えっと、魔導学会にボクの特許(パテント)の内の幾つかを……腹立つな。やっぱ嫌だ」


「おいおい、お前にそこまで望んじゃいないって」


「何言ってんのさ。あの秘書さんも言ってたけど、ヴルフの借金の中にはボクが今まで使ってた研究費もふくまれてるんだろ? じゃあ、その借金はボクのでもあるよ」


 自らの『魔装(ドレス)』の呪文で生み出した肩出しワンピースの裾を揺らせて、ミッファーはベッドから軽やかに飛び降りる。

 無造作にした黒髪を踊る様に広げながら、机に突っ伏した状態のヴルフの肩に手を置いて、その背中に頬を寄せた。


「それに、もうボクはキミの味を知っちゃったからね。まだ心も身体も全然純真無垢だったボクに男を教えちゃった責任、最後まで取って貰わないと」


「……いや、確か襲われたのは俺の方だったと思うんだけど」


 最初の逢瀬を振り返ると、どう考えても誘われたのも説き伏せられたのもヴルフだった。


「昔のことなんか気にしなーい。あのね。ボクに少しだけいい考えがあるんだ?」


 ケラケラと楽しそうに笑うミッファーが、ヴルフの背中を人差し指でグルグルとなぞる。

 この少女の時折見せる所作がこんなにも淫靡なのは、やはり淫魔をルーツとしているせいなのか。


「いい考え?」


「そう、あのね? ダンジョンに行こうよ!」


 神造迷宮(ダンジョン)

 ミッファーは軽々しくその名前を出すが、本当の神造迷宮(ダンジョン)を知っている者なら絶対に出さない案だ。


「……アホか」


 一度でも何事かと耳を貸した自分に呆れて、ヴルフはまた溜息を一つ吐く。


「な、なんでさ! 良い案じゃないか! せっかく冒険者証(ライセンス)があって自由に出入りできるのに! 神造迷宮(ダンジョン)攻略こそ冒険者の本懐だろう!?」


 元々広義の意味で冒険者という職業は、『神造迷宮(ダンジョン)を冒険する者』から来ている。


 この世界を治める数千の神の名を一柱づつ冠した神造迷宮(ダンジョン)は、確認されているだけでも最大で地下412階層、地上120階層もの深さ・高さがあり、小さい物だと一つの集落規模。大きい物で言えば実測不可能なほど大きな、この世界とは異なる『異界』を指す言葉だ。


 どの神造迷宮(ダンジョン)も一度足を踏み入れれば、魑魅魍魎・魔獣魔物が跋扈する危険な魔窟。

 なぜ冒険者がそんな場所を嬉々として潜るのかと言えば、神造迷宮(ダンジョン)の最奥には途方もない財宝が眠っていると言われているからだ。


 その為人々は我先にと勇ましく突撃し、そのまま帰ってこない者など今まで数えきれないほど存在していた。


 年々増え続ける無謀な冒険者達の死を少しでも食い止めるべく、国や権力者が冒険者組合(ギルド)が立ち上げたと言う経緯がある。

 志を同じくする者で力を合わせ、然るべき装備と然るべき人員を揃えて神造迷宮(ダンジョン)に挑む冒険者パーティーを取り仕切ることになったのだ。


 依頼(クエスト)は本来、神造迷宮(ダンジョン)攻略に必要な金銭を稼ぐ手段でしかなかった。

 未知である神造迷宮(ダンジョン)が深ければ深いほど準備に莫大な金額がかかり、苦肉の策として隊商の護衛や村々を襲う魔物の討伐などを買って出たのだ。

 その内殺人依頼や傭兵紛いなことをしでかす輩が増えたために、冒険者の健全化を計った事が、現在の冒険者組合(ギルド)の成り立ちの『一つ』である。

 他にも政治的な理由や宗教的な理由が存在するが、それはまた機会があれば論じよう。


 とにもかくにも、神造迷宮(ダンジョン)と冒険者は切っても切れない関係であり、神造迷宮(ダンジョン)踏破は殆ど全ての冒険者の悲願であり目標でもあるのだ。


「あのなぁ……単独(ソロ)しか経験の無い俺と、知識だけ豊富で実戦経験の無いお前。こんなメンツで神造迷宮(ダンジョン)に潜るなんざただの自殺行為でしか無いだろうが」


「そ、そんなの! 要は経験を積めばいい話じゃ無いか! 何も一発で踏破しようだなんて思ってないよ! 単独で巨獣を殺せるヴルフと、忘れ去られた古代魔法を復活させたボク! 実力で言えば申し分ないじゃ無いか!」


「そんなに甘かねーんだよ神造迷宮(ダンジョン)ってのは。そもそも大剣一本持って突出するしか脳の無い前衛(オレ)と、そこらのガキより体力も筋力も無い後衛(オマエ)じゃ隊列(ライン)すら組めないだろうが。俺が前で戦ってる時に後ろから魔物に襲われたら、お前一人でその魔物をぶっ殺せるか?」


「殺せないね! 絶対ビビって動けなくなるね!」


「何偉そうにしてんだこのお馬鹿」


 あくまでも一般的にだが、神造迷宮(ダンジョン)に挑む際は最低でも四人。最適だと六人の戦闘員と二人の非戦闘員が必要だと言われている。


 前者はあくまで戦闘だけを考慮した人数配置で、前衛・補助・回復・後衛を務める適職(ジョブ)構成。

 後者はダンジョン踏破を踏まえて、前衛二人・補助・回復・回復役護衛・後衛(後詰)の戦闘職六名に、食糧や状況に即した装備を運ぶ荷運び人(パッカー)二名という構成だ。


 神造迷宮(ダンジョン)にはそこを司る神の慈悲と配慮か、階層ごとに地上に戻るための魔法陣が設置されている。

 だが深く潜れば潜るほどその魔法陣に辿り着く時間が増えていく。

 下手をすれば丸一日。いや、迷いに迷って一週間や一月掛かる可能性も無いわけでは無い。

 酷い神造迷宮(ダンジョン)に至っては帰還魔法陣が一切設置されていない物もあるのだ。


 二人だけのパーティーで挑むなど土台無理な話であるし、そもそもこの二人は問題がありすぎる。


 現時点で神造迷宮(ダンジョン)攻略など夢のまた夢。

 他の冒険者が聞いたら腹を抱えて笑うことだろう。


「……でも、7000枚もの金貨を稼ぐなんざ普通に働いてたら無理なののも確かなんだよなぁ」


 組合(ギルド)から銀等級の認定を受けているヴルフには、金貨払いな依頼(クエスト)などそうそう転がってこない。

 たまにヤケに金払いの良い依頼者が奮発してくれた時なんかに、一枚もらえるか貰えないかだ。大体道楽貴族か、羽振りの良い商会の主人などで、滅多にあることじゃない。

 それも年に一回あれば良い方で、ここ二年は見たことも無い。


「……ちょっと、前向きに考えてみるか。神造迷宮(ダンジョン)攻略」


「うん! うんうん! 神造迷宮(ダンジョン)なら他に人も居ないし、ボクだって結構やれると思うんだ! 二人で一獲千金目指して頑張ろうよ!」


「とりあえず、また明日考えよう。昨日今日で頭を使いすぎて俺はぐったりだ。もう寝たい」


「そうだね! じゃあ、先に身体洗っておいでよ。その間にボクが魔法でベッドと身体をチャチャっと綺麗にしとくから♡」


 寝ると聞いて途端に語尾を甘くしたミッファーが、いそいそとヴルフの上着を脱がしに掛かる。


「……おい、今日もスんのか?」


「え? だってまだお腹いっぱいじゃないもん」


「昨日あんだけヤっただろうが。今朝なんか腰が抜けて立てなかったのはどこのどいつだ?」


「細かいことはいいんだって。ヴルフだってボクが先に失神しちゃったから、全然満足してなかったろ?」


「……そりゃ、そうだけどさ」


「ヴルフのそういう底なしなとこ、ボク大好きだよ♡」


 あまりにも嬉しそうに笑うミッファーについに何も言えなくなったヴルフは、一切を諦めて考える事を放棄する。


(とりあえず、一回二人で神造迷宮(ダンジョン)に潜ってみて、無理そうだったら他の冒険者を勧誘(スカウト)しよう)


 柄にもなく二日も使ってしまった頭を強制的に休ませて、ヴルフはミッファーに促されるまま服を脱ぐ。





 あんまりにも声と音が大きすぎて隣どころか全ての宿泊客から苦情が来るのは、この9時間後の話だ。


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